第122章
122.
心の渇きを癒すのは共に歩む事を選んだ四人と、もう一つ、戦いの日々。試してみた訳ではないが、おそらくはどちらか一方だけでも、けして満たされる事はない。安寧の中では戦いに焦がれ、戦いの中にこそ平穏を望むだろうから。
もし、如何にか一命を取り留めたこの屋敷の主『バイルクラウ以遠辺境伯』の様に、何処かに引き篭もり平和な日々の生活を送るのだとしたら、如何だろう? たとえ愛する者が側に居てさえも満たすことの出来ない心の渇きは俺の心を病み、やがて遠い国境を越えて攻め寄せる野盗の群れを寧ろ待ち焦がれ、その悪夢の来訪を望む様になるのだろうか?
ベッドに眠る辺境伯の姿を見ながら、そんな事を考えていた。
「私たち親子の命を救って頂き、ありがとうございます。今はまだ目を覚まさぬ父に代わり、皆様にお礼を申し上げます」
父である『バイルクラウ以遠辺境伯』より軽傷だったとはとても言えはしない伯爵令嬢が、流れる様な動作でフィレンツェたちに深々と頭を下げた。彼女の回復の早さは、年齢の差からくる体力の違いによるのかもしれない。再び首を上げたその頬は、すっかり健康的な赤味を取り戻していて、上品な西洋人形の様な容姿を更に美しく際立たせている。薄いクリーム色のドレスがよく似合う、清楚な印象の令嬢だった。
俺の数少ない経験によれば最近、この世界に於ける肉食系女子比率は急激に上昇しているらしいのだが、流石に伯爵令嬢ともなるとちょっと違う。だが、ここで顔がにやけようものならば、今夜のポニーテール(一部ツインテール)計画に、支障をきたす可能性が高い。ここはいつも通り?厳しい表情で臨む必要があるだろう。
人生、何事も努力が必要だ。
「辺境伯はエルフのアレス王とは、旧知の仲だと伺いました。私たちはこれから『虚無の狼の迷宮』に向かい、その主を斃さなければなりません。アレス王は私達に『バイルクラウ以遠辺境伯』に、助力を乞う様に勧めました。ですが今は、伯爵に何かをお願いするのはとても難しいだろうことは、十分に理解しております」
シャーリーが『辺境伯に会うことを勧めたのは、エゼルさんじゃ?』という疑問を頭に浮かべているのが、手に取るように分かるのだが取り敢えず今はスルーだね。正直なところ、俺としては真相がバレてしまっても『済まないエゼル、ゴメン』で済ませるつもりではあるのだが。俺から明かしはしないが、シャーリーが自分で気付くのは止めようがないと思うのだよね。
何事も物事は、予定通りには行かないものなのさ。
「騎士団すべてを迷宮の巡視に送り出すなど、自殺行為だろう。辺境伯は何故、その様な愚かな真似をしたんだ?」
手厳しいですね、アリシアさん。
言っている事はもっともだが、被害者を鞭打つ様な問いはどうかと思うぞ?
ほら、伯爵令嬢も返答に窮しているし。
「迷宮からこれ以上魔物が溢れるのを抑える事は必要な事だが、それでこの村が襲われては、元も子もない・・・、ひゃっ!?」
アリシアの纏うドレスは、エレインのドレスの様に首から背中に掛けてが大きく開いている訳でもないし、ソフィアの様にお腹の摘み心地が良い訳でもない。ついでに言うなら、シャーリー並に(失礼!)つるんぺたんと薄かったりもする。
・・・となると、物事の必然として、お尻だよね。
つまり、伯爵令嬢に詰め寄るのに背後の守りがお留守で、モデル体系のスラリとした脚の上の引き締まったお尻は、むにっ、とする為の条件が揃っている、多分。
時として物事には、他に選択の余地がない場合も、あるものなのさ。
「何か、騎士団を全部投入しなければならない理由でも、あったのかな?」
まぁ、アリシアが隻眼に涙を浮かべて睨むのは良いとして(実は、それはそれで迫力がある。ちょっとばかり、恐い)何か目の前の、伯爵令嬢にも睨まれている様な。
ていうか、一歩下がりましたね、今。
俺的には、言い過ぎてしまうアリシアから、伯爵令嬢を守ったのだが。
まぁ、何事も善行が万人に理解を得るとは限らないものさ。
「実は『虚無の狼の迷宮』に、新たな入り口が見つかったのです。先月は無かった事が分かっているので、最近開いた入り口のはずです。『虚無の狼の迷宮』は未だ最下層に通じる通路が見つかっていないのですが、父は今回開いた入り口こそが、迷宮の主の住む場所に通じていると、そう考えたのです・・・」
永きに亘り人の探索を拒んできた『虚無の狼の迷宮』に、新たな道が見つかった。手持ちの騎士団すべてを費やしてでも、そのまだ姿を見せぬ主を探さんと、辺境伯は目論んだという訳か。
「でも、誰も見たことがないのに何故、『虚無の狼』が住むと分かったのでしょう?」
す、鋭いなシャーリー。
その鋭さを生かして、ぜひ空気を読んで欲しかった気もするが。
ピクピクと動く耳には触れない様に細心の注意と、『触れたい』という気持ちを抑えるべく多大な努力を払いつつ、シャーリーの頭を撫ぜる。つい我を忘れて、くすぐったそうに、ふにゃ、となったシャーリーを愛でていると、更に一歩、伯爵令嬢が後退なされた様な気がする。
・・・気のせいだろう、きっと。
何事も、気にし過ぎてはいけない、普通ですよ、普通。
合法だし、一応。
「それは、『虚無の狼の迷宮』には、古い言い伝えがあるのです・・・」
伯爵令嬢は、ベッドに横たわる父の顔に視線を落とした。
やがて辺境伯は、意識を取り戻すだろう。
その時、『虚無の狼の迷宮』に挑まんとする俺たちを、如何思うだろうか?
自分の臨んだ成果を横取りする邪魔者か、それとも・・・?
プディングの味は食べてみなければ、分からない。
何事も、後悔するなら、後にするべきだろう。
・・・当たり前か。




