第121章
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領主の屋敷の大広間は四方を漆喰の厚みのある白い壁に取り囲まれ、柔らかな魔法の明かりが灯る幾つものシャンデリアで照らされていた。天井に穿たれた明り取りの窓は今は黒く沈んでいるが、日中であれば屋外の陽光を部屋の中に導くのだろう。部屋の中は古風なアンティーク調の家具が配置され、落ち着いた雰囲気を醸し出している。そんな居心地良さげな家具たちを持ってしても隠しきれない物々しい雰囲気は、この広間が屋敷の中でも独立した、最後の砦としての機能を持って造られた事に依るのだろう。敵に屋敷の中に攻め込まれても、最後まで味方の救援を待って立て籠もるという意図は、この屋敷が立てられて初めて、その機能を実地に検証する事となった。
「おい、大丈夫か!?」
広間に居たのは男が二人、女が一人、何れも中央に置かれた長方形のテーブルの周囲に倒れている。フィレンツェは入口に近い位置に倒れたチェニックを着た男の体を起こしながら尋ねるが、目が追うのは、もう一人の革鎧を纏う男だった。そこにあるのは、警戒か恐れか?
同じくソフィアも皮鎧の男に視線を向けつつ、倒れた女を助け起こす。女の淡いピンクのドレスの裾がふわりと広がるが、胸には鮮血が滲んでいる。
「この娘は、まだ息があるわ。でも、傷は深いみたい、このままじゃ、助からないわね。回復薬を使うわよ?」
ソフィアの声が聞こえたのか、フィレンツェの腕の中で僅かに男が身じろぎした。ソフィアが助けようとしているのは、この男の娘なのかもしれない。男は身なりこそ他の者たちと変わらない麻地のチェニックだったが、指には幾つもの金や輝石の指輪を嵌めている。ひょっとすると、この男が領主なのだろうか?
「ああ。こちらの男も、まだ息がある。傷は、それ程深くはなさそうだ。問題は、その革の鎧の男だが・・・」
一旦、娘程には急ぎの治療は必要なさそうなチェニックの男を仰向けに、そのまま床に寝かせて革鎧の男に近づく。同田貫を手に慎重に爪先で男の体を転がすと、鎧の隙間から短剣で貫かれて血を流す、初老の男だった。先ほどのチェニックの男の手が血塗られていたのは、この鎧の男に短剣を突き立てたからだろう。だとすると革の鎧の男、つまり野盗はこの屋敷の主の想定外の反撃にあって斃れたということかもなのしれない。野盗は脇腹から血を流し、両手の指にも擦った様な血の跡がある。
両手の、血の跡・・・?
革の鎧の野盗は、既に虫の息だ。開かれた指の根元には、血のりとはまた違った、くすみがある。
「ソフィア、『魔法』回復薬があれば直ぐに娘から、ここで何があったのか、話が訊けるな?」
革鎧の野盗の男に屈みこんだまま、ゆっくりと噛みしめる様にソフィアに話し掛ける。
肩越しに感覚が鳥の翼の様に広がって、部屋の全てを覆い尽す。ぴりぴりと、背骨を削り取られる様な、視線。
同田貫を左手に引き寄せ、鯉口を切る。
「死ね!!」
怒号と共に背後から斬り掛かってきたチェニックの男を、振り向き様に切り捨てる。同田貫が鞘走ると一瞬遅れて血しぶきが舞い、首を横薙ぎに割かれた男が、振り上げた短剣を取り落した。
どさっ、と前のめりに倒れ伏す。
「フィルっ!?」
娘を抱き起しているので身動きが取れないソフィアが今更ながらに慌てているが、大事はない。
ふぅっ、と止めていた息を吐く。
「大丈夫だ。こっちにも、回復薬をくれ。多分、チェニックの男の方が野盗で、こちらの革鎧男が、この屋敷の主『バイルクラウ以遠辺境伯』だ」
着ていた衣装を入れ替えただけで、済ませれば良かったのに。
領主が嵌めていた指輪まで奪い自分の指に嵌めなおした時に、野盗は領主の指に血の跡を残した。そして指輪を奪われた領主の指の、血のりの赤に交じって長年指輪を嵌めて出来た、くすんだ跡を奪う事は出来なかった。後は、直ぐにも娘が回復して真相を語ると、そう嗾けるだけ。
野盗が領主の指輪を奪ったのは単に欲に駆られたのか、それとも偽装に完璧を求めたのか。
何れにせよ、全てを求めるのは良くない。『求めるところは少なく』、まして自身に完璧を求めてはならない。
何故ならば、最も信じられない物こそが『自分』なのだから。
そう、求めるべくは、可愛い娘のポニーテールだけ。
いや、まぁ、他にも求めるけどな。




