第120章
120.
同田貫で人を切ったからといって、フィレンツェの心の内に何時も人ならぬ魔物を斃すのとは違った強い感慨があるかというと、そういう訳でもない。どちらかと言うと妙な自責の念を背負い込まぬ様、心を閉ざしたままで同田貫を振るい続けるのが常だった。ロボットの様な感覚が、すぅっ、と元の血の通った驚愕や悲しみに戻るのは、心を閉ざしたままでは勝てぬ相手に突き当たった時。ドラゴンの姿をしたソフィアや、決闘を求めるエルシャナ、あるいはボス若しくは準ボスクラスの魔物たちの無言のプレッシャーこそが、フィレンツェの心をこの世界の現実に繋ぎ留め、燃え立たせるのだった。それはこの世界に来て身に付けた、あるいは覚醒した、フィレンツェの偽らざる素直な感覚だった。生きる為にはソフィアたちを愛するのも魔物たちを斃すのも、同じ程の強い心のあり様をフィレンツェに強いる。
それ故に、同田貫を振るい切り進むフィレンツェを止められる者は、いない。
「屋敷の中に、生き残っている者はいないのか?」
革の鎧を身に付けた野盗、普段着なのだろう麻のチュニックを纏った屋敷の住人。時折、廊下の曲がり角や小部屋で待ち伏せる盗賊を返り討ちに斃すものの、床に倒れ伏す双方には生存者はいない。結果として、未だ屋敷の生存者は一人も見当たらなかった。たとえば先程、仰向けに起こした中年の男が辺境伯その人であったとしたならば、わざわざバイルクラウの村まで会いに来た目的は永遠に失われてしまったと言う事になるだろう。
「アリシアを呼ばないと『バイルクラウ以遠辺境伯』が生きているのか如何かも、さっぱり分からないわね。一旦、屋敷の入口に戻って火矢を撃ってみるわ」
火矢だけでは呼ばれているのがアリシアなのかエレインやシャーリーもなのか、細かい事までは分かるまい。既に野盗たちの組織的な抵抗は失われているので、3人が纏まって来てくれる分には大丈夫だと思うが、シャーリーやエレインを一人でこの屋敷まで来させるには、まだ危険が過ぎる。ついでに言うならば、屋内でアリシアの『火の魔法』を放つのは、自殺行為な気がする。寧ろ、こっちの方が危険だ。
「3人を呼ぶのは、屋敷の探索が終わってからにしよう。皆を呼ぶのは、せめて屋敷の中から盗賊を一掃してからだ」
だが、これだけの人数の野盗を率いて荒地を渡りバイルクラウの村を襲った野盗たちが、何も得る物なく霧散してしまう事など、あるのだろうか? 相手の数が分からないだけに、何とも言えないのだが。
「そうね、このままじゃあ、ご飯も食べられないわよね」
えっ?
ソフィアが悩ましそうに首を振った。ポニーテールが小動物の尻尾の様にフルフリと揺れる。
それって、朝ご飯ですかね?
まだ、夜明け前ですけど。
ていうか、別にこの屋敷に来たのは、ご飯が目的ではないのですが。
それはまぁ、夜明け前から働いたら、お腹も空くけどね。
相変わらず野盗の襲撃より余程、俺の不意をついてくれている気もするが、この程度では俺はめげない。・・・慣れたからね。
さり気なくやり過ごして、とりあえず屋敷の探索を続行。
「この扉、内側から鍵が掛かっているな。開けられるかな?」
廊下の突き当たりには、両開きの大きな木の扉があった。魔物から守る為の街にあるような丈夫な代物ではないが、いかにも貴族の館らしい凝った装飾。如何やら、この屋敷の大広間の入り口の様だ。
「この、中央の部分の鍵を壊せば、開けられそうだが・・・」
他の部屋を先に探してみても良いのだが、通り過ぎた後で背後を突かれるのもうれしくない。同田貫なら真鍮製の鍵ごと切れるとは思うが、まずはナイフで、こじ開けられるかやってみよう。
「ふんっッ!」
ナイフを出そうと一歩下がった俺の横で、ソフィアが華麗な十六文キックを見せた。
・・・一見華奢な足はどう見ても十六文はないのだが、威力は十分だったらしくダーン、と派手に扉が毛破られ、両側に勢い良く開く。ついでに目の前で、跳ね上がったポニーテールが揺れる。
良いね、ポニーテール。
マンティコアの時のシャーリーといい、最近、皆、俺の意図に反して活躍しますよね。
お父さんは、ちょっと寂しい気がするよ・・・。
『ほら、こうやれば、簡単に開くだろう?』ちょっと自慢げに爽やかな微笑みを浮かべ、ナイフを片手にソフィアを振り返る自分の姿が目に浮かぶ。
この寂しい気持ちはきっと、今夜は皆をポニーテールで並べて愛でるしか、癒される事はないだろう。但し、約1名、悪女はツインテールで。
まぁ、良い。
とりあえず、探索の続きだ。




