第118章
118.
もし領主たる者、その治世に平穏を望むというならば、領地に住まう領民を安寧に導く必要があるだろう。もちろん暴虐に振る舞う事は領地に混乱を招き、同様に民が苦しむ様な高い税を課したりしても民の反発を招くだけだ。
まずはどんな領主も、領民の繁栄をこそ考える。
だが、どれほどの名君であっても、この世界では魔物ともう一つ、野盗といった非正規軍を抑えるだけの軍事力の維持がなければ、民の安寧は望むことが出来ない。
善政だけでは、どうにも不足だった。
寧ろ国家に属する軍が領土的な野心を余り強くは持たない中、ある程度の組織的な軍事力を国家間のしがらみにも囚われず行使する野盗の群れや窃盗団は、この世界では国家に次ぐ影響力を持つとも言える。その野盗の群れの想定外の越境は、もし元いた世界で例えるならば、近隣にISの一個師団が出現した様なインパクトがあった。接触を受けた村は生存を掛けた防衛戦を行う以外には、他の選択肢がありはしなかっただろう。
この村の領主の判断に誤りがあったとするならば、村を守る役割を香木という、いささか融通の聞かない手法に頼り、どのような想定外の状況にも対処出来る人間の軍隊を手元に残さなかった事だろう。日頃から戦い続ける魔物という存在以外に、これまで一度として現れた事のなかった野盗の群れを、領主が頼る駐留軍抜きで戦わなければならない事などという事態を、元より考えていなかったという事だった。
「チャンスだ、野盗たちが浮き足立っている。シャーリーは俺の走る前方に『風の魔法』を撃ってくれ! ソフィア、アリシア、エレイン! 突っ込むぞ!」
エレインが『えっ? 私も?』という顔をしたが、説明は後だ。
『リ・エル・ソラート!』後方から俺たちの背中に、シャーリーの緊張した声が投げられた。徐々に間隔を開けて、徐々にその可愛い声を苦痛の色に染めながら繰り返す。その詠唱は6回。それが、今のシャーリーの限界なのだろう。俺には目で見る事は出来ないが、次々と放たれるカマイチタチが鋭い金属音だけを残して走る俺たちの横を追い越し走り抜け、前方に密集する野盗の背中から切り裂く。血飛沫が舞い、切断された上半身が地を転がり、手足を失った野盗たちが苦痛にのたうちまわる。館を取り巻く野盗共の中でも、直接は館の門に触れられもしていなかった後ろの10人くらいが、シャーリーの『風の魔法』の血祭りとなる。エゼルから受け継いだ力で、前より威力が上がっている。・・・過去最大の虐殺だが、数発で魔力切れを起こしたシャーリーが連射を止める。
それでも、残酷だが人の体は、防壁となる。一人目の人の体を切り裂いたカマイチタチは、その先の二人目を切り裂く力は残ってはいない。だが、元より重なる野盗の隊列の中央を抉る事が目的だ。これで良い、良くやった、シャーリー! 後は俺たちに任せて、今夜の俺のご褒美を楽しみにしていてくれ!
「アリシア、シャーリーが開けてくれた辺り、地面に向けて『火の魔法』を放て! エレインは同じ場所、上空に『水の魔法』を頼む!」
『リ・メル・フィーラ!』アリシアが真っ赤な髪を波立たせ顎を引き、少し腕を下げ気味に突き出した。
『リ・シル・ツェール!』エレインがドレスの襟から銀の鱗に覆われた首を伸ばすかの様に上げ、斜め上方へと両の腕を伸ばす。
アリシアとエレインが立ち止まり、それぞれが詠唱を完了させると、倒れ伏す野盗に向けてアリシアの火炎放射が。その上空から弧を描くようにエレインの水流が降り注ぐ。両者が合わさった地面では灼熱の炎で一瞬にして熱せられた大量の水が、爆発が起きたかの様に、もうもうと水蒸気の帳を作り出した。
二人に望むことは、持続だ。その力が尽きるまで、まるでこの村の周囲を覆う香木の煙の様に、この地のすべてを覆い尽くす白き帳を降ろす事。
「ソフィア、いくぞ! 俺の目になってくれ!」
俺の呼び掛けに藍色の瞳に金色の輝きを宿し、ソフィアが凄絶な笑みを浮かべる。
左手に同田貫。
右手を、ソフィアの、か細い手に伸ばす。
ここからは、俺とソフィアの戦いだ。




