第114章
114.
『バイルクラウ以遠辺境伯』の住むバイルクラウの村は広大な伯爵領の、ほぼ中心に位置している。『バイルクラウ以遠』という言い方でも分かる通り、帝国からすると仮に伯爵が更に西方にその領地を広げるならば、それはそのまま伯爵に領地として下賜する事を約しているとも言える。ただ、現実にはもう何百年もの間、伯爵領の、あるいは帝国西方の国境には変化がない。それは、伯爵領に接するのがランス王国と呼ばれる古き王政の国であり、ランス王国もまた領土的な野心を抱かなくなって久しい事に依る。
『魔物』の存在がもたらす疲弊が、この世界の国家を拡大政策ではなく、消極的な現状維持へと向かわせる。間接的にではあるが『魔物』の存在が、この世界のバランスを規定している。それを一律に悪として『魔物』を廃する事が本当に良いのか、俺には未だに答えが見いだせないでいる。
単に、優柔不断なのかもしれないが。
「も、もし折角目的地に着いたのに、村の外に締め出された事が気に食わないのなら、何なら私が城門くらい焼き払ってやるのだが・・・。そうだ、今から行ってくるから、夕飯も村で食べれば良いじゃないか」
アリシアの声は悲痛に震え、日頃は相手を射殺す様なその隻眼も、泳ぐ様に中空を彷徨う。
チェーン付きロケット弾の欠点は、何と言っても、その取り回しが難しい事だ。ランチャーと三脚を組み立てるのは手間だし、たかだか射程15メートルの短距離前提でも、三脚がないと照準精度が上がらない。ロケット弾に内包された鋼鉄のチェーンの重量で、震える手持ちでは無理だろう。
そもそも俺がシャーリーに遅れをとったのは、マンティコアを発見してからの準備に時間が掛かったからだ。チェーンをなくせば、電撃の誘導は出来ないが大幅な軽量化と小型化が可能だろう。
「かて、城門を壊してしもたら村の連中は怒って、夕飯は貰えへんんやんでっしゃろか?」
人差し指を立てて正論を説くエレインに、一瞬憎々しげな視線を送ったアリシアだが、『ぐぅー』という腹の音と共にがっくりと首を垂れた。
電撃に依る麻痺と無力化が期待できないならば、ロケット弾の威力自体を高める必要がある。生半可な打撃では、マンティコアを地上に落とす事が出来ないことは、ソフィアの鋼鉄の矢でも落とせなかった事で実証されている。弾頭を炸裂弾と考えるならば、ロケット弾の威力を高めるのは火薬を増すか、それとも・・・。ロケット弾の大型化を避けたい俺は、悩んだ末にロケット弾の外側を覆う鋼鉄のチェーンの代わりに、少量の銅貨を魔物の革に貼り付ける事にした。前作よりは軽く。それが要件だ。
「あ、やっぱりソフィア姉さまが、そのチェインメイルを脱いで『これをお使い下さい』って、差し出す必要があるんじゃないかと」
パンっ、と手を打ち合わせて、シャーリーが持論を披露する。ピクピクと動く耳が『私ったら、良いこと思い付きました!褒めて褒めて!』と主張している。
空中のマンティコアを落とすならば、近接信管に相応する仕組みを作る必要がある。チェーンがあった時は、延びきったチェーンがその役目を果たした訳だが、今回は燃焼室の先端を薄くして、発射時は固めた黒色火薬そのものが空気流入の遮蔽となる様にする。調節が難しいが遮蔽が燃え穴が空くことで外気を吸い込む量が一気に増して、空中で爆発に至る。勿論、マンティコアに当たって先端が裂けてくれても良い。
「な、なんでわたしなのよ!? 嫌よ、そんなの。アリシアが脱げば良いじゃない。きっと、昨日、小川でアリシアだけ、泳がなかったのがいけないんだわ」
これで、アリシアから始まった会話は無事に一周した事になるのだが、相変わらず『それなら、今日は私が代わりに料理しましょう』という会話にはならない。
丘陵地帯の踏破二日目の、マンティコア遭遇数は3回。その全てが、シャーリーの風の刃の露と消えた。
それに対して、俺のロケット弾が放たれたのは、僅かに1回だけ。
間に合わなかったのだ、毎回々々!
だが!
このままでは、終わらせんぞぉ!
「出来た・・・。あ、あれ? 何やってるの、みんな?」
気が付くと、何故か4人が俺を睨んでいる。
何か、前にもこんな事があった様な。
まぁ、良いか。
そう言えば、何か急にお腹が空いてきた気がする。
ご飯にしようかな、妙なデジャヴュがあるが・・・、きっと楽しい食事になるだろう。




