第113章
113.
乾燥した荒地の続く丘陵地帯を抜け『バイルクラウ以遠辺境伯領』を西進する俺たちは、森林地帯の外縁を発ってから二日目の夕刻、ついにバイルクラウの村に辿り着く事が出来た。当初三日と想定した行程はシャーリーの活躍もあり、ほぼ丸一日分短縮されている。
昨夜は小川で水浴びを楽しみ、無駄とは思いつつも俺もお手製のロケット弾の消費分を回収したチェーンで再生し、ゆっくりと休息と睡眠に充てる事が出来た。
うん、きっともう使わないね、ロケット弾。
自分の自信作が不要となった不遇を顔に出さずに、ひたすらシャーリーの頭を撫でる。ついでに、時折、耳も。『何か、ご主人さまが怖いです・・・』シャーリーが何か呟いていた様な気がしないでもないが、気のせいだろう。大人の俺はあくまでも、にこやかに。
・・・単に不気味なだけかも。
「わぁあ、何か凄い景色ですね!」
馬車に並んで一人、栗毛に跨るシャーリーが、はしゃいでいる。
シャーリーは何故か、夜のうちに調理した串焼き弁当を歩みを止めずに食べた昼食後、アリシアに代わって単騎での先行を買って出た。若干、俺の文字道理の魔手から逃れる意図があったと思われるが、その浅知恵は今夜、後悔させてやろうではないか。フッフッフッ。
と、一人決意を新たに前方を見る。
これまで色彩に乏しかった丘陵地帯が、今は夕日の色に染まっていて、鮮やかだ。何より、村の周りをオレンジ色の雲が取り囲んでいる様に見える。丘の上から見下ろす村は、村の周囲を夕日に染まった霧に取り囲まれた様に、あるいはオレンジの深海の底に沈み込む様にして在った。
「バイルクラウの村を取り巻いているのは、『魔物避けの香木』の煙だ。街道をこのまま進むと煙の先に城壁の様な壁があるが、入口の門が開くのは昼だけだ。今からだと、煙に咽ながら門までたどり着いても、中には入れて貰えないんだ」
馬車の荷台から、アリシアが説明してくれる。日中のアリシアは平常運転で不親切な訳ではないが、いたって無愛想だ。
その態度は、やはり今夜、反省を促す必要があるな、フッフッフッ。
『魔物避けの香木』というのは、迷宮に潜る冒険者たちも使う、魔物の嗅覚や知覚を麻痺させる魔力を含んだ煙を起こす香木で、比較的安価に手に入れる事が出来る。概ね冒険者向けの薬屋で、焚火に投ずる1時間分の香木が銀貨3枚程度で、つまり感覚的には3千円程度。そうなのだが、村を取り囲む程の煙を発生させるとなると、如何なのだろう?
「あんなに焚いて、村の財政で賄えるのか?」
思わず、疑問が口をついて出た。
アリシアの『バイルクラウ以遠辺境伯』の評価は最低ラインだったが、実は経営者としては長けた人物なのかもしれない。それとも、村人に厳しい税を課しているのか。辺境伯の地位は領地の課税権を認められているはずで、手の付けられない様な暴君である可能性もある。これから助力を請いに伺う以上、知っておきたい事ではある。
「香木は、『虚無の狼の迷宮』で採れる魔力を含んだ土を乾かして粉にしてから、樹液で練り固めたものなんだ。ここは原産地だし、彼らからしたらタダみたいなものだろうな」
げっ、それを他の迷宮に潜る冒険者にも売り捌いているのか。特産品だとしたら、良い商売だな。『バイルクラウ以遠辺境伯』は、実は商才ありと見える。
俺も濡れ手に粟の商品を開発して、冒険者稼業を引退して、ソフィアたちと桃源郷を築く事を第二の人生の目標にするのも良いかもしれない。
結局、どのルートの人生でも、最後は腹上死が待っている訳だが、
「リシタの『深淵の竜の迷宮』に倍する大きさがあるとも言われる『虚無の狼の迷宮』は、立ち込める『魔力』が濃いのよ。その分、魔物も強いらしいけど」
元『深淵の竜の迷宮』の主が、少し悔しげにそう、呟いた。ソフィアとしては、何か思うところがある様だ。
いっその事、俺たちも対抗して難攻不落の迷宮を築きましょうか、ソフィアさん?
『深淵の竜の迷宮』の『竜の間』に、行方不明だった魔竜が復活!みたいな。幸い、サラマンダーとか『深海の乙女』とか、合法ロリとかも冒険者を迎え撃つ、とても魅力的な迷宮になるだろう。
まぁ、いい。
取りあえず、今夜も村には入れず野宿が決まったみたいだし、まずはそこからだな。




