第109章
109.
自分と利害の異なる者の説得を試みる時、簡単に言えば脅し、すかし、何とか双方が納得する妥協点を探る。落とし所が見つかるまでの道程は、正しく戦いに等しい。ビジネスの世界ではネゴシエーションという一分野を形成し、商取引から人質の解放交渉まで、元いた世界では幅広く行われている事ではある。基本的には多くの戦いがそうである様に、ボロ勝ちもボロ負けも余り起こり得ず、双方が血を流し、流した血の量が少ない方が勝利を得る。
俺がかつて、元いた世界でやっていた事だ。自分の望む仕事をする為には、この手の交渉は必要な事だ。たとえ苦戦を強いられたとしても、ツンデレの小娘ごときに、俺が遅れをとる訳がない。
・・・皆、実は俺より年上な気もするが。
ここは一つ捲土重来を期し・・・、否、最初から撤退してどうする。
不退転の決意で望むのだ。
「分かった。不本意だが、どうしてもシャーリーの代わりに、私に下がれというなら仕方ない。だが、私とエレインが後衛だと言うなら、その代わりに一つ頼みがある」
アリシアの漆黒の隻眼が、真っ直ぐ俺を射抜く様に見詰める。
アリシアとソフィア、どちらを下げるか。
散々逡巡した挙句、最後は、えぃっ、ヤァー、と決めてしまった。
何となくだが、ソフィアを相手にするより、アリシアの方が勝利を得る可能性が高い気がする。狡猾な元ドラゴンより、単純なサラマンダーでしょ、ここは。
だが。
単純な分、ひょっとして、文字通りに『気に入らないので、憂さ晴らしに、一飲みにバクっ、て行って良いですか?』とか。
生きた心地がしない。そんなこと、しようものなら、お仕置きだ! ・・・俺が生きていたら、だが。
「・・・その、だな。あー、つまり。ソフィアとシャーリーが嵌めているその指輪、私とエレインにも欲しいんだが」
アリシアが横に並んだソフィアの左手を取って、俺に見せる。ソフィアがしている指輪は一つだけ、かつてリリチルカの街で買った俺とお揃いの物で、シャーリーの左手を飾るのも大きさ以外は同じ指輪だった。ドワーフの手による装身具は、シンプルだが繊細な気高さを感じさせる。
一瞬の沈黙が辺りを満たした後、ソフィアがサッ、っと手を引くと、そのまま両手を自分の頬に当てる。
「アリシア、意味が分かって言ってるの? この指輪はね。シャーリーのしている首輪と一緒で、夜でも昼でも人前でも。フィルの好きな時に、されちゃうっていう、隷属の呪いの指輪なのよ?」
ソフィアが頬を紅く染め、恥ずかしそうに問う。
えっ!?
何ですか、その鬼畜な設定? 聞いてませんけど。
て、言うか、相変わらずその路線ですか?
何処から持ってくるの、その品の欠片もない展開は?
『今なら、まだ、間に合うわ・・・。わたしみたいに、道を誤ってはダメよ』遠い目をしたソフィアが呟く。
まぁ、そんな呪いの掛かった指輪があれば、確かに喜んで贈るけどな。
「そ、そうだったのか。僅かに魔力を感じたが、それ程の物だったとは。だが、今と余り差異はなさそうだし、では、指輪でお願いする」
アリシアが頭を下げる。
えぇっ!?
今のを信じるんですか?
というか『今と差異はない』って何?
「そっかぁ。だから私、拒めなかったんですね。耳とか、凄く恥ずかしいのに・・・」
ちょっと待て、何でシャーリーまで納得してるの?
それは、ちょっと悪戯したけどさ。
シャーリーが、ぽっ、と頬を赤らめ、両手で頬を覆い隠した。
「バイルクラウの村で、手に入ると良いですね」
・・・エレイン、何故エレイン迄、頬に手を当てる?
だいたい、口元が明らかにニヤついてるし。
周りをキョロキョロと見回したアリシアが、何か慌てた様に頬に手を当てた。
別に、取り残された訳じゃないからね。
それはそれとして。
思わずため息が漏れる。
・・・お前ら、全員、お仕置きだ。




