第107章
107.
ソフィアとアリシアの二人が倒れ伏すマンティコアの首に鉈を当て、大きな切込みを入れている。マンティコアの致命傷となった額の傷が予め若干の血抜きになったとはいえ、瞬く間に首の下の周囲には緑の血の池が生じ、赤茶けた乾いた大地がそれを吸い取るように飲み込んでいる。
前回、俺が毒に倒れた後で倒されたマンティコアはアリシアが消し炭に変えてしまったので、とても魔核の採取なぞは出来なかったのだそうだ。食事の時間を削ってまで先を急ぐ俺たちだが、だが今回は少なくとも魔核の採取だけはやっておこう、そういう話になった。
ソフィアとアリシアの二人は淡々とマンティコアの魔核を採取すべく作業を続けるが、シャーリーあたりではそういうハードな作業は難しいかもしれない。マンティコアの頭は人間の老人の様な顔で、『同田貫』に額を割られた絵面は、かなりおぞましい。ましてその顔は、衝撃で両の目が飛び出していた。作業を続ける二人には申し訳ないが、俺も『同田貫』を振るうまでの意気込みは何処へやら。マンティコアの後始末とロケット弾のチェーンの回収を二人に任せ、シャーリーとエレインの元へと早々に撤退させて貰っていた。
ごめん、ソフィアにアリシア。
このお詫びは、ちゃんと、ゆっくりと電気ヒグマの敷布団を広げられる状況になってからね。それまでは、馬上でお礼が出来るか、試してみるからね。
「何ぞシャーリーはんが落ち込んでいるみたいなんえが、フィレンツェはんの所為ではおまへんでっしゃろか?」
しれっ、と俺に罪を擦り付ける、すまし顔エレインの処罰は後でじっくりゆっくり考えるとして、万が一にも、その謂れのない指摘が正しいなどという事態が生じた場合に備え、まずは状況確認が必要だろう。
馬車に近づく俺を出迎えたエレインだが、シャーリーの方は馬車を降りてもこない。何故にか戦いが終わったのにシャーリーとエレインは近寄って来ないのだろうと訝しんで来てみれば、如何やらシャーリーに原因があったのらしい。
実は『早く寝て翌日に備える』という誓いを守って昨夜は早く寝たのだが、早く寝過ぎた所為で早く目が覚めすぎて、たまたま俺の目の前に無防備に丸まったシャーリー(とその耳)を見つけ、ちょっとだけ、遊んでしまった。シャーリーの寝言がちょっと、いろいろと危なくなってきた時点で、賢明な俺は自制心を働かせてそれ以上は止めておいたのだが。だったら最初から止めとけ、という話ではあるが。
「如何したんだ? もう、マンティコアは倒したから、魔核の回収が終わったらすぐに出発するぞ?」
昨夜は寝る時は俺の右側が定位置のシャーリーが、しがみ付く様に丸まっていて、その頭の天辺辺りが月明かりに見えていた訳だが。そう、月明かりがいけない。今は何故か、馬車の御者席で膝を抱えて丸まっていて、やはり頭の天辺と可愛い耳を見せつけている。頭上から降り注ぐ太陽は、全てを白日の下にさらけ出し、・・・これは、俺を誘っているのか?
そうなのか?
いや、ここはまずは現状把握からだな。
万が一と言う事もあるし。
何か、変な汗が。
俺も御者席に上がって、さり気無くシャーリーの横に腰を下ろす。
「私にも、・・・下さい」
シャーリーが顔を俯かせたまま、何事か呟いた。
正直言って何を言っているのか、さっぱり分からない。これでは『私の耳を食べて下さい』なのか、それとも『駄メイドの私に、メイド服を作って下さい、ご主人さま』なのか、判別がつかない。
・・・どちらもないな。
「如何してほしいんだ? シャーリー?」
取りあえず、(耳は我慢して)シャーリーの頭を撫でる。
何だか分からないが、ひょっとしたら、『私の頭を撫でて下さい』かもしれないし。
・・・ないな、これも。
自分の膝を抱く様にして座るシャーリーの頭を撫でながら、何故故にか非難めいた視線を投げかけるエレインの事を極力意識の外に追い出して、目の前の問題を解決すべく努力する。
何事も、努力だ。
と、努力が通じたのか報われたのか、ガバっ、とシャーリーが頭を上げた。
「私もソフィア姉さまたちと一緒に、戦わせて下さい!」
へっ?
思わず、俺を睨むように、あるいは懇願する様に見つめるシャーリーから視線をそらし、横で呆れた風に俺たちを見ていたエレインと目を合わせる。
エレインは理解出来てるの? 俺のそういう問いが通じたのか、エレインも小首を傾げている。
「私、ソフィア姉さまの次に、ご主人さまにお会いしました。それなのに、ちっとも役に立ててない気がするんです! もっともっと、ご主人さまの、皆さんの、お役に立ちたいんです!」
や、役に立ってるから、その耳とか。
・・・その説明は通じないな、きっと。
それにしても。
何か、めんどくさい娘が多い気が。
気のせいかな。
今頃になって、マンティコアと戦った疲労がドンっ、と体中に重しとなって感じられる気がしてきた。
多分、今日も長い一日になりそうだ。




