宛先不明の手紙
貴方にだけは、言っておくべきことがあると思いました。
そう書き出しておきながら、私はまだ 【判読困難】
——セシリアの注
紙質、筆跡ともにエレノア・ヴァレニウス本人のものと見られます。
ただし宛名はなく、封緘の跡もない。
下書きとして折られた形跡があり、削除と書き直しが多く、完成稿ではなかった可能性が高い。
これは送られなかった手紙です。
——宛先不明の手紙 抄
【欠損】決まってしまう気がしたからです。
あるいは、決めてしまうには惜しかったのかもしれません。
私は長く、よく見られることより、正しく使われることを好んできました。
そのせいで損をしたことも、嫌われたことも、一度や二度ではありません。
けれど、それ自体を悔いたことはないのです。
私が耐えがたかったのは、冷たく扱われることではなく、軽く扱われることでした。
【この二行、強く削除】
——貴方は私を救おうとした。
——けれど私は、救われる者としてだけ見られるのが苦しかった。
優しい方はいます。
外套をかけようとしてくださった方。断っても、次には手袋を届けてくださる方。心配していると言いたいのを我慢して、天気の話だけを書いてくださる方。
熱を向けてくださる方もいます。
広間をまっすぐ歩いてきて、手を伸ばしかけて、それでも伸ばしきれなかった方。帰れたなら、と泥の中で書いた方。
けれど、優しさだけでは足りません。
熱だけでも足りません。
私はたぶん、慰められたいのではなく、並べる相手を欲していたのでしょう。
——草稿断片 一
もし貴方が、私を休ませたいのなら、それはありがたいことです。
けれど、休んだあとの私が何を背負うかまで見てくださらなければ、私はたぶん、貴方の手を取りません。
もし貴方が、私を高いところへ置きたいのなら、それもまた光栄です。
けれど、置かれた先で私の足元に何があるかを見ないままでは、私は笑えません。
——宛先不明の手紙 続き
私は面倒な女だと思います。
可愛げがないとも、自分で分かっています。
労われれば素直に受け取ればよいのでしょうし、差し出された好意には、もう少し柔らかく報いるべきだったのでしょう。
ですが、それができないのは、私が不親切だからではありません。
たぶん、そこを曖昧にすると、自分が自分でなくなるからです。
【ここより数語、削り跡多く判読不明】
貴方の前では、説明をしすぎなくて済む時がありました。
飾らない言葉で足りた。理由を問い返されなかった。分かった、と言われた時、本当に分かっていた。
それが私には、思っていたより深く——
【末尾にかけて書き直し】
——草稿断片 二
気にかけてほしい、とは思いません。
理解してほしい、と言うのも少し違います。
ただ、私の持つものを、重いまま受け取ってくださるなら。
私が先に計算し、先に切り、先に嫌われることを、性の悪さではなく役目として見てくださるなら。
その時はきっと、私は貴方に対してだけ、少しだけ【判読困難】
——セシリアの注
宛先の推定は定まりません。
王太子アレクシス、第二王子セドリック、ラウル公爵、いずれにも読みうる文言が残っています。
ただし、この手紙が本当に問うているのは相手の名ではなく、相手のあり方でしょう。
——宛先不明の手紙 末尾
私を軽く扱わない人であれば、それだけでよいのです。




