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誰が悪女を愛したか  作者: 十返香
選択と婚姻

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セドリックとラウルの交差

「報告と現場は違うのです、ラウル公爵!」

「殿下が何をご覧になったかは、おおよそ想像がつきますが……」



——配分調停会議録 断片

冬月末、王宮南棟小会議室


 出席者。

 第二王子セドリック殿下(王族代理として同席)。

 ラウル公爵。

 会計吏二名。北街区世話役一名。南門受入れ所係一名。

 記録、家令補佐。


 議題は、年明けまでの配分最終調整。


 残った備蓄で、どこまで何を持たせるか。


 いつもなら、ラウル公爵と現場の人間だけで済む話です。


 この日に限って、セドリック殿下が出席なさったのは、慰問の折に見た療養棟の状況を直接伝えるため、とのことでした。



——再構成会話

会議室にて


 殿下は、療養棟の話から始められました。


「……先日の慰問で、南門の療養棟を見てまいりました」

「承知しています」

「毛布が足りていません。薬も底が見えている。子どもの咳も止まらない――」


 会議室の空気が、ほんの少し変わりました。


 セドリック殿下は穏やかな声のままでしたが、語尾だけが硬かった。


 ラウル公爵は椅子の背に体を預けたまま、表情を変えませんでした。


「であれば、なおさらお分かりでしょう、殿下。見たものすべてに応えられるだけの備蓄が、もう残っていないことも」

「それでも、子どもの枕元に毛布がないのを見て、なにもするなとおっしゃるのですかっ!?」

「現物が無ければ、毛布を持ってくることもできません」


 殿下が少し黙られました。


 怒りではなかったと思います。


 ただ、噛み合わない歯車を前にした機械のような沈黙でした。


「ラウル公爵。私は配分を増やしてほしいのです」

「どこを削ります?」

「いや、削る話をしているのではなく――」

「そうしなければ、帳尻が合わないでしょう。殿下」

「では、数字に収まらぬ者は見捨てろと!?」


 ラウル公爵は、ゆっくりと殿下のほうを見ました。


 目つきはいつもどおり鋭く、声はいつもどおり低く――


「数字の中に収めるのが、あの令嬢の仕事です」


 あの令嬢。


 エレノア・ヴァレニウスの名前は出ませんでした。


 けれど、この部屋の全員が、誰のことか分かっていました。



 セドリック殿下の表情が、ほんのわずかに動きました。


 驚きではありません。もっと静かな、何かを確かめるような目でした。


 あの令嬢、とラウル公爵が呼んだその二音の中に、殿下は何かを聞き取ったのだと思います。



「……あの方は、ずいぶん重いものを背負っているのですね」

「できるからやっている。それだけです」

「それだけ、ですか」

「ええ」


 殿下は、それ以上踏み込まれませんでした。


 ラウル公爵も、それ以上語りませんでした。



 会議はそのあと、帳面の照合に戻りました。


 結局、配分はほぼ現行維持。南門の毛布だけ、式典備蓄からの差し替えで二枚増。


 殿下が求めた規模には遠く及びませんでしたが、殿下はそれを呑まれました。



——家令補佐の所感


 あの会議のことは、何度思い返しても不思議な感覚が残ります。



 お二方はどちらも礼儀正しく、声を荒らげることはありませんでした。


 配分の話も、数字の話も、全てまっとうな議論でした。


 けれど、あの部屋にいた者なら誰でも気づいたはずです。


 あの会話の下に、もう一本、別の線が走っていたことに。



 セドリック殿下はやさしい方です。


 現場を見て、苦しむ人を見て、もっとできることがあるはずだと思う方です。


 その気持ちは本物ですし、誰にも否定できません。



 ラウル公爵は冷たく見える方です。


 数字で区切り、感情を退け、残った分だけで回そうとする方です。


 けれど、あの方が冷たいのは、そうしなければ全体が崩れるから――



 お二方の間に、言葉にならない線が一本引かれたように見えました。


 その線の真ん中に、あの令嬢がいました。


 名前は出ませんでした。 出なかったからこそ、よく分かったのです。



 殿下は、あの令嬢を守りたいのだと思います。


 ラウル公爵は、あの令嬢と並んで立っているのだと思います。


 守ることと並ぶことは、似ているようで違います。


 あの日の会議で見えたのは、たぶんその違いでした。

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