悪女の作り方
ここまで来ると、もう分かります。
エレノアは最初から「悪女」だったわけではありません。
そう呼ばれるようになったのには、ちゃんと筋道がありました。
まず、目立ちすぎました。
エレノアは有能でした。しかも、人目につきやすい場で結果を出していました。
冬越しの配分、工房の融資整理、北倉の並べ替え、南門の帳面の統一。
実際に人を生かした仕事です。リーデン村の二十七戸は欠けることもなく、配給の間隔も安定させ、飢えずに済んだ人々がいる。
けれど、実際に人を生かした仕事ほど、切られた側の恨みも強く残ります。
第三区の追加配分を退けられた世話役は「あのように迷わず切られれば、切られた側は忘れない」と記していました。炊き出し係は「泣けば増える倉ではありません」と言われたことを、はっきりと覚えています。
助かった側と削られた側の心象は異なる。政とはそういうものです。
――そこへ恋の噂が重なりました。
王太子アレクシスは熱を向けました。夜会の席を三度変え、広間をまっすぐ歩み寄り、出征前夜には西の廊下で窓の外を見つめていた。
第二王子セドリックは気を配りました。茶菓子を覚え、添え状を三度書き直し、断られても置いていける贈り物を選び続けた。
ラウル公爵は署名して通しました。案をそのまま採り、異論は自分が受けると書き、失敗してもお前のせいにはさせないと言い切った。
この三人が、それぞれ違う形で彼女のそばにいた。
それだけでもう、噂は育ちます。
しかも周囲は、実務の話より恋の話のほうが好きでした。北街区の融資再編は「紙幅の都合により次号へ回す」と後回しにされ、恋の噂ばかりが瓦版に載った。酒場では「歌になるほうで決まるんだよ」と言われた。
誰が何を立て直したかより、誰が誰を惑わせたかのほうが、ずっと分かりやすいからです。
そして厄介なのは、どの噂にも少しずつ真実が混じっていたことでした。
アレクシスの本気は本当でした。未送信の手紙は、泥の中で書かれていました。
セドリックの優しさも本当でした。帳面を一晩読み直して、「正しかった」と認めた人です。
ラウル公爵の信頼もまた本当でした。「任せる」と一言で言い切り、エレノアが初めて言い返せなくなった人です。
けれど、本当の断片は、並べ方ひとつでいくらでも形を変えます。
王太子に熱を向けられた女。
第二王子を手玉に取った女。
公爵まで取り込んだ女。
そう並べてしまえば、もう「悪女」は完成します。
婚約破棄の夜、令嬢たちは囁きました。「やっぱりね」「それこそ悪女たる所以だわ」と。あの夜、アレクシスが手を伸ばしかけたことすら、「あの女はいつでも殿下のご判断を惑わせる」という証拠に変えられた。
兄弟がエレノアの名前をめぐって言葉を交わしていたことも、宮廷の誰かは知っていたかもしれません。知っていれば、なおさら面白い噂になる。
政争にとっても、その形は使いやすかった。
有能な令嬢が冬を回した——では角が立ちます。王宮はエレノアの功績を認める文書を作成しておきながら、発布を見送りました。「個人を前に出しすぎる」「別件の噂を刺激する」と書き込んで。
功績で名を上げるより、噂で輪郭を固定しておくほうが扱いやすい。有能は時に便利だが、表に立つ有能な女は別の火種になる——あの署名なしの補足は、そういう計算を隠しもしていませんでした。
恋で騒がしい女の噂なら話が早い。
功績はぼかせる。責任も曖昧にできる。
何より、女一人の性質の問題にしてしまえば、仕組みの話をしなくて済む。
第一話の頃には、たぶん誰もがそう読んだはずです。男を振り回し、場をかき乱し、結果だけは取っていく厄介な女。
そう見えるように、話はきれいに整えられていました。
いえ、誰か一人が整えたというより、いろいろな都合が勝手にそこへ集まっていったのだろうと思います。
恨んだ者がいました。配分を切られた者たちです。
面白がった者がいました。瓦版と酒場の客たちです。
功績を前に出したくない者がいました。王宮の官吏たちです。
恋の噂のほうが飲み込みやすいと思った者がいました。それは、彼女に妬みをもっていたものたちです。
その全部が重なって、通説は固まりました。
だからこそ強固なのです。
一人の嘘なら崩せます。
けれど、少しずつ都合の違う人間が、みな同じ形を必要とした時、その話はひどく丈夫になる。
『悪女エレノア』。
その名前は、そうやって出来上がりました。
彼女は悪女だったのではありません。
悪女という形にしておくのが、いちばん都合がよかったのです。
——セシリア




