未発布文書
「……個人を前に出しすぎる」
王宮未発布文書の欄外には、そう書き込まれていました。
——王宮未発布文書 抄
冬期配分再整理、工房融資統制、南門受入れ所維持につき、伯爵令嬢エレノア・ヴァレニウスの進言と実務関与、顕著なり。
よって、その功を記し、王宮名義にて労を認むる文案、下記のとおり作成——
【ここで文面中断】
——差し止めの痕跡
朱線の脇に、走り書きが続いています。
「現時点で不要」
「別件の噂を刺激する」
末尾近くには、紙を剥がした跡がありました。
誰かが何かを貼り、また誰かがそれを剥がした。剥がした側の名前は残っておりません。
——功績承認を避けた文案 抄
冬期施策の安定運用は、王宮諸機関の連携によるものとする。
特定の進言者、立案者の名は記さず。
配分調停および融資整理についても、個別の裁量に帰する表現を避けること。
なお、下問あらば「現場判断の集積」として答えること。
——署名のない補足メモ
令嬢の名を立てれば、逆に目立つ。
目立てば、王太子殿下および第二王子殿下との件まで掘り返される。
功績で名を上げるより、噂で輪郭を固定しておくほうが扱いやすい。
有能は時に便利だが、表に立つ有能な女は別の火種になる。
——王宮未発布文書 末尾控え
文案作成済み、ただし発布見送り。
ラウル公爵は、エレノアの名を前に出しました。
王宮は、その名を消しました。
どちらがあの人にとって正しかったのかは、今でも分かりません。
ただ、消された名前は、消された場所で別の形に育つのだということだけは、もう分かっています。
——セシリア




