悪女らしく見える瞬間
「エレノア様、子どもが――」
「……承知しています」
「なら、どうして…………!」
——炊き出し係の証言
冬月二十二日
第三区外れの共同炊き出し小屋から、乾燥麦の追加を半樽ぶん申し立てを受けました。
流入者が増えて、幼子が二人衰弱しかけていたからです。
エレノア様は帳面を見て、一つだけ確認なさいました――前週の分配控えが出ているかどうかについてです。
そんなもの、どこにもありませんでした。こちらの不備です。それは認めます。
けれど、子どもが弱っている時に、記載の不備を理由に退けられるというのは——正直に言えば、理屈では分かっても、感情がついていかないのです。
「分配控えが抜けたままでは増やせません」
「しかし、エレノア様。子どもが衰弱しかけているんですよ。そんな話は後でしたって——」
「今だから言うのです。不備を残したまま追加を通せば、次に困る者の分まで曖昧になります。この炊き出しだけの話ではないの。在庫に抜けが生じれば、そこから全体が崩れるこもある。だからこそ、いま言うのです」
あの方は、感情で判断を鈍らせたりはしません。
せめて一度でも検討するなりしてから断ればいいのに、それすらしてくれない。
彼女の判断は正しいのかもしれない。いえ、たぶん正しいのでしょう。
でも、言われたほうは心が冷えるのです。
——とある住人の覚書
伯爵令嬢エレノア・ヴァレニウスは、幼子の話にも顔色を変えなかった。
連絡の不備はこちらの落ち度だとしても、あの場であの言い方はない。
困窮を訴える者に向かって、涙も飢えも計算に入らぬような口ぶりであった。
あれでは誰もが口を閉ざしてしまう。
だから彼女を『悪女』だと呼ぶ者がいるのも納得してしまう。
——炊き出し係の証言 末尾
最後に、私はもう一度だけ頼みました。
「エレノア様……」
「――皆に、涙を見せるな、とは言いません」
そこでエレノア様は、すっと私に耳打ちなさいました。
「ただ、感情の赴くままに行動したところで、助かるものは貴方の良心くらいしかないの」
その一言を聞いて、私は黙るしかありませんでした。
正直に言うと、もうついていけない、とすら思いました。
でも、あとになって分かったのです。あの方は私たちに冷たくしたかったのではなく、私たちが怠った在庫管理のせいで、次の誰かが削られることを防いでいたのだということを。
――分かったとしても、あの時の胸の冷たさと住人からの非難するような視線は、いつまでも脳裏から消えなかったのですけれども。




