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誰が悪女を愛したか  作者: 十返香
婚約破棄後の冬

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32/48

悪女らしく見える瞬間

「エレノア様、子どもが――」

「……承知しています」

「なら、どうして…………!」



——炊き出し係の証言

冬月二十二日


 第三区外れの共同炊き出し小屋から、乾燥麦の追加を半樽ぶん申し立てを受けました。

 流入者が増えて、幼子が二人衰弱しかけていたからです。

 エレノア様は帳面を見て、一つだけ確認なさいました――前週の分配控えが出ているかどうかについてです。

 そんなもの、どこにもありませんでした。こちらの不備です。それは認めます。

 けれど、子どもが弱っている時に、記載の不備を理由に退けられるというのは——正直に言えば、理屈では分かっても、感情がついていかないのです。


「分配控えが抜けたままでは増やせません」

「しかし、エレノア様。子どもが衰弱しかけているんですよ。そんな話は後でしたって——」

「今だから言うのです。不備を残したまま追加を通せば、次に困る者の分まで曖昧になります。この炊き出しだけの話ではないの。在庫に抜けが生じれば、そこから全体が崩れるこもある。だからこそ、いま言うのです」


 あの方は、感情で判断を鈍らせたりはしません。

 せめて一度でも検討するなりしてから断ればいいのに、それすらしてくれない。

 彼女の判断は正しいのかもしれない。いえ、たぶん正しいのでしょう。

 でも、言われたほうは心が冷えるのです。



——とある住人の覚書


 伯爵令嬢エレノア・ヴァレニウスは、幼子の話にも顔色を変えなかった。

 連絡の不備はこちらの落ち度だとしても、あの場であの言い方はない。

 困窮を訴える者に向かって、涙も飢えも計算に入らぬような口ぶりであった。

 あれでは誰もが口を閉ざしてしまう。

 だから彼女を『悪女』だと呼ぶ者がいるのも納得してしまう。



——炊き出し係の証言 末尾


 最後に、私はもう一度だけ頼みました。


「エレノア様……」

「――皆に、涙を見せるな、とは言いません」


 そこでエレノア様は、すっと私に耳打ちなさいました。


「ただ、感情の赴くままに行動したところで、助かるものは貴方の良心くらいしかないの」


 その一言を聞いて、私は黙るしかありませんでした。

 正直に言うと、もうついていけない、とすら思いました。


 でも、あとになって分かったのです。あの方は私たちに冷たくしたかったのではなく、私たちが怠った在庫管理のせいで、次の誰かが削られることを防いでいたのだということを。


 ――分かったとしても、あの時の胸の冷たさと住人からの非難するような視線は、いつまでも脳裏から消えなかったのですけれども。

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