助かった村
「庄屋殿、今度は本当に来るのかねえ」
「来るさ、婆さま。通達があっただろう?」
「去年も通達はあったじゃないか。それなのに――」
「ああ、去年は遅れたな。だが、今年は遅れんだろうて。あの方が御名で約束なされたのだ。それだけで十分じゃろうて」
——リーデン村庄屋の陳情書
冬月二十日付、北方街道脇リーデン村庄屋名義
ご領主さまに申し上げます。
今冬の配給見直しにつき、当村は当初、割当減を恐れ申し立てを行いました。
老人が多く、働き手が少なく、蓄えも薄い村です。例年であれば冬半ばより蓄えに不備が出ます。去年はそれで二人亡くなりました。その前の年は三人。小さな村ですから、一人欠けるだけで家が一つ暗くなっていきます。
されど、今冬は様子が違いました。
伯爵令嬢エレノア・ヴァレニウス様による再配分ののち、乾燥麦、塩、薬草束、薪束の到着日が遅れなくなったのです。
一度あたりの配給量が増えたわけではありません。それは前年とさほど変わらない。
ただ、届く間隔が安定した。
たったそれだけのことで、皆の心がこれほどまで落ち着くなんて、思ってもみませんでした。
——リーデン村の声
「母ちゃん、今日は汁に豆が入ってる……」
「嬉しいだろ、ミナ。昨日届いた配給に入っていたんだ。さぁさ、たくさんお食べ」
「……明日もご飯は食べれる?」
「勿論だよ。去年はどうなるか分からなかったけど、今年は滞りなく配給が届いてるからね。伯爵家のご令嬢に感謝しながら頂こうじゃないか」
庄屋宅裏手の離れに住む老女エッダは、咳が続いていましたが、薬草湯が途切れなかったおかげで、冬月十七日には自分で歩けるようになりました。
粉挽き小屋脇の双子は身体が弱く、前の冬は胸を冷やして寝込みましたが、今年は毛布の配当があったためか、比較的健やかに過ごしています。
老爺トマは冬月九日に転んで足を痛めましたが、隣家から薪を分けてもらい持ち直しました。隣家に薪の余りがあったのも、配給が途切れなかったからです。
夫を戦争にとられたサラは、幼子の夜泣きが続いていましたが、粥が絶えなかったおかげからか、母子ともどもなんとか暮らしていけています。
——越冬人数の記録
リーデン村戸口改め
前年冬入り時 二十七戸 総員八十九名
本冬 冬月二十日時点 二十七戸 総員八十九名
欠落記載なし。
行き倒れ受入れ一名、容体安定。
老人三名、衰弱見らるるも生存。
乳児二名、ともに存命。
——リーデン村庄屋の陳情書 末尾
当村のような小さな村は、しばしば領主からの庇護を後回しにされてしまいます。
今年の配給も覚悟していましたが、それは思い過ごしでした。
配給が増えたわけではありません。
ただ、途切れぬこと、読み違えられぬこと、届くと決まった日に届くこと――
それだけのことで、村民の命が大過なく繋がれております。
村の者どもは伯爵令嬢の御名を知りません。
庇護をお与えになった方がどなたなのかも存じません。
でも、今年は鍋が空の日を数えずに済んでいる。
名簿の端に、番人がこう書き添えておりました。
「今年はまだ、誰の家からも灯が消えていない」と。
前年冬二十七戸。本冬二十七戸。村民、今だ欠けなし。




