若手役人報告書
「マルク。南門の毛布だけど、昨日との差を読み上げて」
「はい、エレノア様。昨日記載二十六、本日現物二十三です」
「なるほど……三枚足りないのね」
あの方の冷えた声を聞くと、ひどく胃が縮む。
——配分係書記補マルク・ヘッセンの報告書
冬月十四日付
本日、南門受入れ所の在庫照合に同行しました。伯爵令嬢エレノア・ヴァレニウス様の臨席です。
現場は例によって荒れていました。毛布が足りない、薬草束が足りない、帳面が遅い、誰が抜いた、誰が誤魔化したで、朝から怒鳴り声ばかりです。
私は正直、また胃が痛くなるなと思っていました。
そこにエレノア様がいらしたのですから。
来た、といっても大したことはなさらないのです。椅子に座って、帳面を開いて、数字を読むだけ。
だが、それだけで騒ぎが半分ほど静まります。
止まらない騒ぎの半分は、だいたいそのあと黙らせられるものなのですが。
「南門係、三枚足りない理由はなに?」
「えっと……その、搬送中に濡れまして、干し場へ回しましたそうです、エレノア様」
「なら、先にそう書くべきよ。帳面にない三枚は盗難と区別がつかないもの。あなたが書き忘れたのか、それとも誰かが抜いたのか、帳面からでは判断のしようがないじゃない」
「申し訳ありません、エレノア様……」
「謝罪はあと。マルク、干し場の控えを取ってきて」
「はい、エレノア様」
こういう感じです。
怒鳴らない。机も叩かない。なのに、言われた側は妙に縮こまる。
たぶん、曖昧な言い逃れができないからです。ごまかそうとした分だけ、きっちり数字で叩かれてすごすごと戻ってまいります。
——マルク・ヘッセンの報告書 続き
実は、この日の私にはもうひとつ後ろめたいことがありました。
工房宿直分の灯油控えを持っていたのですが、記載を一行ずらしていたのです。
ミスに気づいたのは朝でしたが、直す暇がなかった。いえ、直す暇がなかったのではなく、直さずに済むのではないかと思ってしまった。
ええ、見つかったら終わりだと分かってはいたのですが――
「マルク、この行、ずれているわよね」
「……おっしゃる通りです、エレノア様」
「いつから気づいていたの?」
「今、です……」
「嘘がヘタね。さっきから顔色が悪いもの。朝の時点で気づいていたでしょう? 直す時間がなかったのか、直さなくてもばれないと思ったのか、どちらかしら」
「……後者です、エレノア様」
「初めから素直になりなさいな。次からは、誰かに見つかる前に相談しなさい。直せる間違いを黙っているのが、いちばん高くつくって理解できたでしょう?」
「はい、エレノア様」
「今日は書き直し。干し場控えと灯油控え、両方持ってきて」
「……はい」
「泣きそうな顔をしないの、マルク。誰かに見られたら、私が虐めたと思われちゃうじゃない」
あとで同期にそのことを話したら、「温情をかけられたものだな」と笑われました。
私もそう思います。ただ、怖かったものは怖いのです。
ただ、不思議と理不尽さを覚えることはありませんでした。怒られたあとで、どこが駄目だったかはちゃんと分かる。それに、あの方が帳場に入ると、止まっていたものが妙に流れ出す。
まったく、だからご令嬢には皆、頭が上がらないのです。
——マルク・ヘッセンの私的所感
提出不要書付
エレノア様は恐れられています。これは事実です。
若手はだいたい目を逸らすし、古株ですら背筋を伸ばす。
だが同時に、もめ事が起こった時や在庫が合わない時など、誰かが泣きつく先も結局あの方なのです。
甘いからではありません。
逆です。いちばん容赦がないのに、いちばん帳尻を合わせてくれるからです。
現場にいると、それがよく分かります。
怖かった。でも、あの方がいると、誰もが安心を得られるのです。




