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誰が悪女を愛したか  作者: 十返香
婚約破棄後の冬

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26/36

北倉関係覚書

——倉番聞き書き


 北倉の中身が変わり始めたのは、あの令嬢が鍵を持ってからです。


 最初のうちは、どうせ数字遊びだと思っていました。宮廷のお嬢様が倉にある品に口を出して、しばらくしたら飽きるだろうと。

 けれどエレノア様は、数だけではなく、どの樽が先に駄目になるかまで見ておられた。しかも一度きりではありません。開けるたび、並べるたび、前より少しずつマシになっていく。あれは思いつきで口を出している人の手つきではなかったのです。


「そんな置き方じゃ数が合わなくなっちまうんじゃねえか?」

「合うようにキチンと管理しろ――あー、なんだ、書き直せって話だ」

「ったく、誰がんな面倒なことを」

「エレノア様しかいねぇだろうが。文句があるならテメーが冬を止めてこいってんだ」



——北倉関係覚書 抄

作成月日不詳


 北倉第一・第二の出庫順について、従前の帳簿順を改める。

 傷みやすいもの、湿気を食いやすいものは手前へ移し、見かけの数ではなく実際に使える数を先に見立てること。

 なお、再配置後の帳簿修正は後回しを許す。先に倉を回すべく中身の管理を徹底すること。



——倉番聞き書き 続き


 いちばん驚いたのは、出庫先の優先順を変えた時です。


「エレノア様、この毛布は式典倉庫のほうが先ではないのですか?」

「南門が先よ。式典は延ばせるけれど、凍えた人間の命は延ばせないでしょう」

「ですが、上のほうから文句があれば——」

「文句は私のほうで黙らせるわ。そもそも帳面の帳尻さえ合っていれば、彼らが気づくことなんてありえないもの」


 見栄えのよい名目より、夜を越せる先を優先せよ、とのことです。

 おれたちは与えられたお役目どおりに動くことしか考えていませんでしたが、あの方はオレたちの考え方そのものを書き換えようとしたんです。しかも、そっちのほうが確かに効率がいいんです。恥ずかしいけれど。


「おい、肉樽を壁に寄せるな!」

「えっ? 昨日までこうでしたよ?」

「それだと傷みが早くなっちまう。今日からは違うぞ。壁から離せ。あの方が言うには、昼に気温が上がる場所は壁際にある樽の傷みが早くなるんだそうだ」

「……そんな細かいことまで、エレノア様が?」

「だから生き延びれるんだよ。おれたちが大ざっぱにやった分だけ、倉の中身が早く死んじまうってことをこれからは考えるんだな」



——倉番聞き書き 末尾


「エレノア様ってのは、そこらのご令嬢とちょっと違うよな」

「おいおい。ボケっとしてるだけのお飾りが、樽の傷みまで言い当てたりするかよ」

「おう、おれも最初は驚いたモンだぜ」

「おれは今でも慣れねぇよ。けどな、考え無しに呆けている暇があるんなら、さっさと手を動かせってあの方はおっしゃるだろうな」


 北倉第一・第二とも、以後は令嬢の勘定に従うことを、彼らは己の心の中で誓っていた。

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