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誰が悪女を愛したか  作者: 十返香
婚約破棄後の冬

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25/34

戦場より先に崩れるもの

——冬月の物資経路図(推定復元)

注記のみ、図面は散逸


 王都から北街区へ至る主要経路、三本。

 うち一本、西川沿いルートは橋板破損のため使用不能。

 残る二本のうち、北回り道はぬかるみがひどく、荷車の通行に支障あり。

 南回り道のみ辛うじて機能するが、軍用荷が優先されるため、民生用の通過は日に二回に制限。


 結果、北街区への物資到着は予定より三日から五日遅れ。

 南門受入れ所への経路はさらに細く、中継所の夜間見張りが凍傷で二名離脱したため、盗難の懸念も出ている。


 ――この図を見れば分かるのですが、物が足りないのではなく、運ぶ道が整っていないのです。倉にはまだモノはある。けれど、届けられない。届かなければ、人は死んでいく。そういう葛藤(ジレンマ)を抱えていたのでした。


——セシリア



——北部三州人員不足報告 抄

冬月十日付


 徴発継続により、壮年男子の不在、さらに増加。

 荷運び、倉入れ、炊き出し、橋板修繕、いずれも人手足りず。

 欠を埋めるため女工、年少者、高齢者を回すも、作業速度の低下著しい。


「朝までに降ろせません! オレたち作業者の数は変わらないのに、荷は昨日の倍も届いてやがるんだから!!」

「いいから降ろせ! 次の荷が詰まっちまう!!」

「手が足りないんですってば! 男はみんな前線に行った。残っているのは婆さんと子どもと、腰の曲がった爺さんだけなのに!!」

「人でが足りないのはどこも同じだ!」



——南門受入れ所書付


「湯はまだですか? 子どもが震えています!」

「釜が保ちません! 大鍋が底抜けしたんです。ひび割れたのも二つ。代わりがないんですか?」

「このままでは、冷えた者から先に倒れてしまいます――」



——地方短報 一

西川沿い村役場発


 橋板破損いまだ直らず。麦袋、川向こうで滞留。

 往来の細道はぬかるみ深く、荷車転倒二件。

 薬草束、湿気を吸い使用量増。



——地方短報 二

北丘麓集落発


「炊き出しの肉が来ない。もう三日目だ。代わりに豆を煮ているが、鍋が足りないため一日一回しか炊くことができぬ。薪もあと数日で尽きるだろう。そうなれば、煮炊きそのものができなくなってしまう……」



——地方短報 三

南倉中継所発


 夜間見張り二名、凍傷にて離脱。代替なし。

 見張り減により、盗難未遂一件。

 灯油不足のため、夜半以後の見回り間隔を延ばす。


「……戦はいつ終わるんだ」

「終わる前に冬が来ちまうぜ」

「なに言ってだ。もうそこまで来ているよ」

「……じゃあ、何から諦める? オレたちは、どうすればいいんだ……?」



——帳場合算メモ


 止まりかけているのは、一つではない。

 運ぶ者、煮る釜、燃やす油、縫う手、直す釘、眠らせる毛布。

 どれか一つ欠けるだけでは済まなくなっている。

 どこも持ちこたえているように見えて、その実、全部が少しずつ遅れている。


 荷馬不足。燃料不足。鍋釜不足。働き手不足。

 戦争によって前線が破られる前に、人々の暮らしのほうが先に崩れ始めていたのであった。

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