戦場より先に崩れるもの
——冬月の物資経路図(推定復元)
注記のみ、図面は散逸
王都から北街区へ至る主要経路、三本。
うち一本、西川沿いルートは橋板破損のため使用不能。
残る二本のうち、北回り道はぬかるみがひどく、荷車の通行に支障あり。
南回り道のみ辛うじて機能するが、軍用荷が優先されるため、民生用の通過は日に二回に制限。
結果、北街区への物資到着は予定より三日から五日遅れ。
南門受入れ所への経路はさらに細く、中継所の夜間見張りが凍傷で二名離脱したため、盗難の懸念も出ている。
――この図を見れば分かるのですが、物が足りないのではなく、運ぶ道が整っていないのです。倉にはまだモノはある。けれど、届けられない。届かなければ、人は死んでいく。そういう葛藤を抱えていたのでした。
——セシリア
——北部三州人員不足報告 抄
冬月十日付
徴発継続により、壮年男子の不在、さらに増加。
荷運び、倉入れ、炊き出し、橋板修繕、いずれも人手足りず。
欠を埋めるため女工、年少者、高齢者を回すも、作業速度の低下著しい。
「朝までに降ろせません! オレたち作業者の数は変わらないのに、荷は昨日の倍も届いてやがるんだから!!」
「いいから降ろせ! 次の荷が詰まっちまう!!」
「手が足りないんですってば! 男はみんな前線に行った。残っているのは婆さんと子どもと、腰の曲がった爺さんだけなのに!!」
「人でが足りないのはどこも同じだ!」
——南門受入れ所書付
「湯はまだですか? 子どもが震えています!」
「釜が保ちません! 大鍋が底抜けしたんです。ひび割れたのも二つ。代わりがないんですか?」
「このままでは、冷えた者から先に倒れてしまいます――」
——地方短報 一
西川沿い村役場発
橋板破損いまだ直らず。麦袋、川向こうで滞留。
往来の細道はぬかるみ深く、荷車転倒二件。
薬草束、湿気を吸い使用量増。
——地方短報 二
北丘麓集落発
「炊き出しの肉が来ない。もう三日目だ。代わりに豆を煮ているが、鍋が足りないため一日一回しか炊くことができぬ。薪もあと数日で尽きるだろう。そうなれば、煮炊きそのものができなくなってしまう……」
——地方短報 三
南倉中継所発
夜間見張り二名、凍傷にて離脱。代替なし。
見張り減により、盗難未遂一件。
灯油不足のため、夜半以後の見回り間隔を延ばす。
「……戦はいつ終わるんだ」
「終わる前に冬が来ちまうぜ」
「なに言ってだ。もうそこまで来ているよ」
「……じゃあ、何から諦める? オレたちは、どうすればいいんだ……?」
——帳場合算メモ
止まりかけているのは、一つではない。
運ぶ者、煮る釜、燃やす油、縫う手、直す釘、眠らせる毛布。
どれか一つ欠けるだけでは済まなくなっている。
どこも持ちこたえているように見えて、その実、全部が少しずつ遅れている。
荷馬不足。燃料不足。鍋釜不足。働き手不足。
戦争によって前線が破られる前に、人々の暮らしのほうが先に崩れ始めていたのであった。




