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誰が悪女を愛したか  作者: 十返香
夜会と婚約破棄

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19/28

あの夜の不自然さ

——夏季大舞踏会観察メモ 断片

筆者不明


 開宴前、中央列席次に二度修正あり。

 伯爵令嬢エレノア・ヴァレニウスの席は、当初より王太子アレクシス殿下寄りへ改められた。修正理由の記載なし。

 同時に、給仕控え一名が別室待機へ回される。


「また席が変わったの? 今夜だけで二度目よ」

「アレクシス殿下のお考えですって」

「だとしても、席を動かすだけならまだしも、給仕まで外すものかしら? まるで、何かを人目から隠すような……」



——使用人聞き書き


 いつもなら開けておく西廊下の脇扉が、その夜だけ途中で閉じられました。

 鍵までは掛かっていませんでしたが、通るなと言われたのと同じです。あのあたりは王太子アレクシス殿下の控室と、小広間へ抜ける近道でしたから、閉じるというのは妙な話です。


「なぜ閉めるんです?」

「今夜は使わないからだ」

「えっ!? そんなこと、誰が決めたのですか?」

「いいから黙って持ち場へ戻れ。……それ以上聞くと其方のためにならんぞ」


 聞くな、と言われると余計に気になるのが人というものです。

 けれど、あの夜はそれ以上聞ける空気ではありませんでした。



——席次修正記録 抄


 修正前 伯爵令嬢エレノア・ヴァレニウス、中央寄り左列三席。

 修正後 同令嬢、中央寄り左列二席。

 追記 第二王子セドリック殿下側随員の導線確保。

 なお、変更理由の詳細記載は不要とする。


「"詳細記載は不要"? なんだこの記述、こんなの初めて見たぞ?」

「席を一つ動かすだけで、なんだか大仰だな……」

「一つだからだろ。大きな動きは目立つけれど、小さな体裁ほど、あとで見えにくくなるものだからな」



——使用人聞き書き 続き


 広間の空気が変わったのは、言上の少し前でした。

 音楽が止むにはまだ早いのに、給仕がすっと壁際へ下がったのです。誰かが合図したように見えました。あれは偶然ではありません。

 何かが始まる。広間にいた者は皆、そう感じていたはずです。


「何か始まるの?」

「たぶん、殿下のお言葉よ。壮行の挨拶でしょ」

「……でも、挨拶にしては、なんだか仰々しいわね。あんなふうに皆を下がらせるなんて」



——参列者覚え書き


 王太子アレクシス殿下の言上ののち、広間は騒然となりました。

 まさかあの場で婚約を破棄されるとは、誰も思っていなかったのですから。


 伯爵令嬢エレノア・ヴァレニウスは、取り乱しませんでした。

 顔色は白く、返答は短かく。

 ただし、扇を持つ右手が小さく震えておりました。


「まあ、婚約破棄ですって!」

「やっぱり、あれだけ好き放題していたから、愛想をつかされたのよ!」

「エレノア様のあの顔、見てご覧なさいな。……ふふ、可哀そうにお手が震えていらっしゃるじゃない」

「こんなときに涙も見せないなんて……泣いたら負けだとでも思っていそうよね」

「負けも何も、もう負けているじゃないの」

「それでも思わせぶりな態度をとっているのが、あの女の厄介なところよ。憎たらしいったらありゃしない」


 第二王子セドリック殿下は、言上の間じゅう、杯を持ったまま動かなかったと、隣席の者が記しています。

 お顔は穏やかなままだった。いつもの柔らかい表情のままだった。

 けれど、杯を握る指だけが白くなっておりました。

 あとで見れば、殿下は言上の間、一口も飲んでおられなかったことが分かります。


 ラウル公爵は後方列におられました。

 公爵が何をしていたかについては、ほとんど記録がありません。

 ただ一つ、使用人の走り書きに、こうだけあります。

 「ラウル公爵閣下、言上の間、一度もお席を動かれず。ただし、言上の直後、不機嫌なご様子を隠そうともせず、席を立たれて退出なされた」と。



——廊下口立番控え


 言上直前、小広間側より出た者一名。

 名札確認漏れ。

 本来なら止めるべきところ、人の動き重なり見失う。

 事後照会、該当者不明。



 あとから見返すと、目立つのは強い言葉ではありません。

 閉じられた扉。消された理由。いなくなるはずのない者の不在。

 エレノアがその夜、どう過ごしたのか。そして彼女を取り巻く三人の殿方は何をしていたのか。


 そのことを知るものは、誰もいないのです。


——セシリア

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