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誰が悪女を愛したか  作者: 十返香
夜会と婚約破棄

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18/28

夏季大舞踏会記事

「見て、エレノア・ヴァレニウスよ」

「ほんとうにお綺麗。……淡い青の衣装に、装身具は真珠だけ。黒髪を高く結ってるだけなのに……どうしてあんなに目を引くのかしら?」

「本当に……。羨ましいことね」



——王都社交新報 夏季大舞踏会記事 抄


 昨夜、王宮大広間にて夏季大舞踏会が開かれた。

 列席者は例年より多く、とりわけ王太子アレクシス殿下の御前は終始人の輪が絶えなかった。白金の燭台、青玻璃の高窓、南方織の幕布と、この夜のしつらえは近年でも指折りの華やかさであったという。



——参列者聞き書き


「エレノア様ったら、どこにいらしても話題に事欠きませんわね」

「周りがどれだけ飾ったところで、あの方の引き立て役にしかなりませんわ。憎たらしいこと……」

「でも今夜は、あの方だけが主役というわけでもないでしょう? ほら、王太子アレクシス殿下をご覧なさいな」

「ああ……白金の飾緒に、青の夜会服。あの方が広間に立つだけで、もう絵になるわね。あの金のお髪が燭台の光に透けるところなんて――ため息しか出ないわ」

「でも、その殿下の視線も、さっきからずっとエレノア嬢のほうを向いていませんこと? それって、やっぱり……」



——列席者記録 抜粋


 王太子アレクシス殿下、中央列。

 第二王子セドリック殿下、右列。穏やかに微笑んでおられたが、兄君ほど視線を集めてはいなかった。栗色のお髪に落ち着いた礼装。華やかさとは別の、安心するような佇まいだった。

 ラウル公爵、後方列。黒の外套に銀の留め具一つ。飾りがないぶん、背の高さと目つきの鋭さだけが目立つ。今日も何やら難しい顔をしておられた。

 伯爵令嬢エレノア・ヴァレニウス、中央寄り左列。

 なお、当初案より席次一部修正あり。



——社交欄抜粋


 当夜、王太子アレクシス殿下より宴の半ばに言上ありとの噂が、開宴前から広間の端々でささやかれていた。

 壮行に先立つ挨拶であろうという者もあれば、伯爵令嬢エレノア・ヴァレニウスに関わる何かではないかと声をひそめる者もいる。


「アレクシス殿下、またエレノア様をご覧になったわ」

「ええ、今夜は隠そうともしないのね」

「壮行の夜にあれでは、誰だって期待するでしょうに……。何かおっしゃるつもりなのかしら」

「そうでなければ、あんなに真剣なお顔をされるものですか」


 広間の期待は、否が応でも膨らんでいく。



——侍女聞き書き


 宴の半ばごろのことでした。

 王太子アレクシス殿下が、まっすぐにエレノア様のもとへ歩まれたのです。


 広間の誰もがそれを見ていました。

 楽の音が少し遠くなったように感じたのは、周りの人々が息をひそめたせいだと思います。

 殿下はあの金のお髪を揺らして、堂々と歩いていらっしゃいました。踊りを申し込むおつもりだったのだろうと、誰もが思いました。


 けれど、エレノア様は殿下のお手が届く前に、静かに扇を閉じて、会釈だけなさいました。

 深くもなく、浅くもない。ただ、拒絶するような――そんな雰囲気を感じました。


 殿下は一瞬、笑おうとなさいました。

 いつものように、華やかに、余裕のあるお顔で。

 けれど、笑えなかった。

 口元は形を作ったのに、目がついていかなかった。


 そのまま殿下は、何もおっしゃらずに踵を返されました。

 広間がざわめきました。何が起こったのか、皆が口々に囁いていたことを覚えています。


 エレノア様は、殿下が去ったあとも姿勢を変えませんでした。

 扇を持つ右手だけが、ほんのわずかに震えていました。

 あの方も、平気ではなかったのではないでしょうか。

 けれど、それを見せるわけにはいかなかったのでしょう。あの広間で、あの視線の中で――



——社交欄抜粋 続


 伯爵令嬢エレノア・ヴァレニウスの評判は、相変わらず二つに割れていた。


「王太子アレクシス殿下にも、第二王子セドリック殿下にも顔が利くのでしょう?」

「そのうえラウル公爵まで、ですって」

「まあ、嫌だ。ほんとうに歌劇に登場する悪女みたい――」

「みたいじゃなかったとしたら? あの冷たさ、あの美しさ、そして己の意のまま実務を取り仕切る手腕――悪女そのものじゃない」



——献上品受納覚え


 壮行のための献上品、多数。

 王太子宮預かり分、剣飾一、酒二、香料三。

 差出人不記載の小箱一件あり。受納のみ、開封記録なし。



——王都社交新報 記事末尾


 なお、当夜は王太子殿下御出立前の壮行も兼ね、例年以上の盛会となった。

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