戦場は遠く、飢えは近い
——北部三州連署報告 抄
冬月五日付
徴発継続により、荷馬不足いよいよ深刻。
麦、塩、乾燥肉いずれも、帳簿上の在庫は残るが、運搬手段の欠損により配分遅延を生ず。
とくに北街区および南門受入れ分については、到着予定日と実搬入日との差、最大四日。
なお、各工房より人手不足の訴え多し。壮年男子の不在により、女工および年少者への負担増大を確認。
——市場聞き書き
「麦の値がまた上がったぞ……!」
「当然だ、物が来ないんだからな。金を握りしめて市場に立っても、大店の棚だって空になっちまってる。今日まであった塩だって、朝には売り切れてるかもしれない。次の入荷がいつになるか、店の親父も分からないって言うんだからな」
「需要に供給がおっついてないどころの騒ぎじゃないな……」
「荷が遅れているだけなら可愛いもんさ。なんせ馬も荷車も軍に取られて、街の分は後回しになっちまってるからな」
「それは本当か? これ以上遅れちまったら、荷の到着より先に冬が来ちまうぞ!?」
「なぁに言ってんだか。もうすぐそこまで来てんだよ――冬の野郎はな」
——王都市況控え 冬月六日朝
麦価、前月比一割五分上昇。灯油、二割高。
釘、布、革紐についても入荷不安定。
薬は価格据え置きなるも、質の低下目立つ。
市場にて「値が高い」の声より、「物がない」の声多し。
——荷運び人夫聞き書き
「前線へ送る荷なら通してもらえるさ。王様の兵隊のためだってんで、道も橋も最優先だ。だが町の分はどうなる? こっちだって冬を越さなきゃならないってのに、荷車は取られる、馬は取られる、残った道はぬかるんで車輪が嵌まる。この前なんか、乾燥肉の樽が一つ、搬送中にひっくり返って割れちまった。穴埋めの当てもないんだぜ? 勘弁してくれよ。戦は遠くにあるはずなのに、こっちの暮らしのほうが先に火の車なんだからな」
——南門受入れ帳 余白記載
負傷帰還者、家族同伴の受入れ増。
寝台、毛布、湯、いずれも不足気味。
食糧配分の見直し急務。
伯爵令嬢エレノア・ヴァレニウス様へ照会済み。回答待ち。
——工房組合書付
「織り手が三人抜けました。染め場も一か所止まっています。炊き出し用の布袋の納めは六日遅れ。人手がないんです。油もない。この調子じゃ春先の布だって足りなくなりますよ。兵隊さんは前に出て国を守ってくださっている、それは分かってます。でも、先にやせ細っていっているのは、遠くにいる敵なんかじゃなくて、味方である私たちなんです」
——帳場走り書き
「兵は前へ出てるってのに、後ろの倉から空になっていくんだな」
「エレノア様がうまいことをおっしゃっていたよ。『戦は知らん顔をして背後から忍び寄る』って。帳面を見ながらぽつりとおっしゃったんだ。最初は何のことか分からなかったが、こうして毎日倉が痩せていくのを見ていると、あの言葉が身に染みてよく分かる」
戦の話というと、人はまず前線を思い浮かべます。
けれど、記録の中で先に痩せはじめるのは、たいていはもっと後ろ――守るべき住人側でした。
兵のいる場所より先に、残された町の物資が足りなくなる。
勝ち負けの報せより早く、釘がなくなり、油が尽き、倉の奥が見えてくる。
そしてエレノアの名前は、恋の噂などよりもっと頻繁に、そういう紙の上へ現れるのです。
前線が遠ざかっていくほど、より多く。
——セシリア




