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誰が悪女を愛したか  作者: 十返香
夜会と婚約破棄

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17/27

戦場は遠く、飢えは近い

——北部三州連署報告 抄

冬月五日付


 徴発継続により、荷馬不足いよいよ深刻。

 麦、塩、乾燥肉いずれも、帳簿上の在庫は残るが、運搬手段の欠損により配分遅延を生ず。

 とくに北街区および南門受入れ分については、到着予定日と実搬入日との差、最大四日。

 なお、各工房より人手不足の訴え多し。壮年男子の不在により、女工および年少者への負担増大を確認。



——市場聞き書き


「麦の値がまた上がったぞ……!」

「当然だ、物が来ないんだからな。金を握りしめて市場に立っても、大店の棚だって空になっちまってる。今日まであった塩だって、朝には売り切れてるかもしれない。次の入荷がいつになるか、店の親父も分からないって言うんだからな」

「需要に供給がおっついてないどころの騒ぎじゃないな……」

「荷が遅れているだけなら可愛いもんさ。なんせ馬も荷車も軍に取られて、街の分は後回しになっちまってるからな」

「それは本当か? これ以上遅れちまったら、荷の到着より先に冬が来ちまうぞ!?」

「なぁに言ってんだか。もうすぐそこまで来てんだよ――冬の野郎はな」



——王都市況控え 冬月六日朝


 麦価、前月比一割五分上昇。灯油、二割高。

 釘、布、革紐についても入荷不安定。

 薬は価格据え置きなるも、質の低下目立つ。

 市場にて「値が高い」の声より、「物がない」の声多し。



——荷運び人夫聞き書き


「前線へ送る荷なら通してもらえるさ。王様の兵隊のためだってんで、道も橋も最優先だ。だが町の分はどうなる? こっちだって冬を越さなきゃならないってのに、荷車は取られる、馬は取られる、残った道はぬかるんで車輪が嵌まる。この前なんか、乾燥肉の樽が一つ、搬送中にひっくり返って割れちまった。穴埋めの当てもないんだぜ? 勘弁してくれよ。戦は遠くにあるはずなのに、こっちの暮らしのほうが先に火の車なんだからな」



——南門受入れ帳 余白記載


 負傷帰還者、家族同伴の受入れ増。

 寝台、毛布、湯、いずれも不足気味。

 食糧配分の見直し急務。

 伯爵令嬢エレノア・ヴァレニウス様へ照会済み。回答待ち。



——工房組合書付


「織り手が三人抜けました。染め場も一か所止まっています。炊き出し用の布袋の納めは六日遅れ。人手がないんです。油もない。この調子じゃ春先の布だって足りなくなりますよ。兵隊さんは前に出て国を守ってくださっている、それは分かってます。でも、先にやせ細っていっているのは、遠くにいる敵なんかじゃなくて、味方である私たちなんです」



——帳場走り書き


「兵は前へ出てるってのに、後ろの倉から空になっていくんだな」

「エレノア様がうまいことをおっしゃっていたよ。『戦は知らん顔をして背後から忍び寄る』って。帳面を見ながらぽつりとおっしゃったんだ。最初は何のことか分からなかったが、こうして毎日倉が痩せていくのを見ていると、あの言葉が身に染みてよく分かる」



 戦の話というと、人はまず前線を思い浮かべます。

 けれど、記録の中で先に痩せはじめるのは、たいていはもっと後ろ――守るべき住人側でした。

 兵のいる場所より先に、残された町の物資が足りなくなる。

 勝ち負けの報せより早く、釘がなくなり、油が尽き、倉の奥が見えてくる。

 そしてエレノアの名前は、恋の噂などよりもっと頻繁に、そういう紙の上へ現れるのです。

 前線が遠ざかっていくほど、より多く。


——セシリア

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