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誰が悪女を愛したか  作者: 十返香
夜会と婚約破棄

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16/26

兄と弟

「セドリック、ひとつ言っておくことがある」

「何でしょう、兄上」

「俺がいない間、王都で何か起きた場合、おまえが処理を託されることがあり得る。それは分かっているな?」

「勿論です」



——王宮日程記録抄

冬月前月三十日


 王太子アレクシス殿下、出立前日。

 午前、軍務局最終確認。午後、壮行関連の雑務。

 夕刻、第二王子セドリック殿下と私的に面会。

 所要約半刻。記録なし。



——第二王子宮侍従エミール・ハザック私信

姉宛、同日夜


 姉上、今夜のことは書いておかなければなりません。


 出立の前日になって、アレクシス殿下がうちの殿下を呼ばれました。

 公式の面会ではありません。王太子宮の私室で、二人きりです。

 私は廊下の外で待っていましたが、扉の近くに立っていたせいか、声が少し聞こえてしまいました。


 最初は事務的な話だったようです。留守中の王宮の段取り、王族としての公務の引き継ぎ。そういうものは手短に済んだらしい。


 問題は、そのあとです。



——再構成会話

王太子宮私室にて


「軍の話でも、宮廷の話でも、配分の話についてもだ」

「承知しています」


 しばらく間があったようです。

 それから、アレクシス殿下の声が少し低くなりました。


「兄上、エレノア嬢のことですが」

「……おまえから切り出されるとは思わなかったな」

「兄上がおっしゃらないので」


 セドリック殿下のお声は穏やかでした。けれど、ここで引く気はない声でした。


「兄上がお発ちになれば、あの方に王族の後ろ盾はなくなります。婚約破棄の噂はまだ燃えている渦中――実務で結果を出していても、それだけでは宮廷の風当たりは防げません」

「分かっている」

「であれば、兄上から一言あってもよいのではないですか? あの方の立場を守るような——」

「俺があの夜にしでかしたことを棚上げして、『守ってやる』とでも? ふふっ、随分と勝手な話だ」


 アレクシス殿下の声は、自嘲のようでもありました。


「兄上……」

「いい。おまえの言いたいことは分かっている。……だが、俺が今さらあの女のために口を出せば、それこそ余計な枷になるだろう。王太子が出征前に元婚約者を庇った、と。アイツがいちばん嫌いそうな光景だな」

「では、どうなさるおつもりですか」

「何もしない。俺にできるのは、黙って発つことだけだからな」


 長い沈黙がありました。

 扉越しでも、あの沈黙の重さは伝わってきました。


「おまえに頼むとは言わん」

「頼まれずとも気にかけておきますよ」

「……それも厄介だと思うのは、オレの狭量かな」


 セドリック殿下は何もおっしゃいませんでした。

 アレクシス殿下もそれ以上は言われなかった。


 けれど、その沈黙の中に、前とは違うものがありました。

 秋の夜会のあとに聞いた時は、お二人とも踏み込むことを避けていらっしゃった。あの令嬢の名前を、触れてはいけないもののように扱っていた。


 今夜は違いました。


 触れたうえで、そのままに――お互いの気持ちを知っていて、それでもどちらも退かずに、黙っておられたのです。


「兄上。ご武運を」

「ああ。……王都を頼む」


 王都を、とおっしゃいました。

 エレノア嬢を、ではなく。

 けれど、そのふたつがどれほど重なっているかは、お二人ともお分かりだったと思います。



——第二王子セドリック私信

日付なし、宛先なし


 兄上が発たれた後、私は王都に残る。

 残るということは、あの方の近くにいるということだ。


 それを兄上がどう思うか、私はとうとう聞くことができなかった。

 聞けなかったのか、聞かなかったのか、それは自分でもよく分からない。

 ただ、聞いてしまえば、兄上は答えなければならなくなる。

 答えが何であれ、それは私たち兄弟のあいだにしこりとして残る。

 だから踏み込めなかった。


 私は卑怯者なのかもしれない。

 兄上が戦地に赴くというのに、あの方のそばにいることが増えると思うと、私は喜びを抑えられない。

 抑える理由がないからだ。あの方を気にかけることに、誰の許可もいらないのだから。

 けれど、それが本当に「気にかけている」だけなのかどうか、私はもう自分に嘘をつけなくなっている。


 そう――自分でもとうに理解しているのだ。

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