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誰が悪女を愛したか  作者: 十返香
夜会と婚約破棄

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15/25

出征命令

——王令 抄

冬月前月二十七日付


 王太子アレクシスに、北方戦線第一軍への随行を命ず。

 任は名目上の視察にあらず。軍議立会い、物資受渡し確認、ならびに前線慰問を含む。

 出立は冬月初日、払暁。



——近衛副官ルスラン・ベルデン卿書簡

旧友宛、同日夜


 勅令が下りた。

 冬月の頭に発つ。北方戦線の第一軍へ随行だ。


 アレクシス殿下はお聞きになって、うなずかれた。それだけだった。

 驚きもなければ、動揺もない。王族が戦時に前線へ出るのは当然のことだと、あの方は最初から思っておられる。国が兵を出しているのに王太子が宮殿にいるほうがおかしい——そういう考え方をする方だ。


 怖がっているのは、むしろ周りのほうだ。

 側近の連中はもう朝から落ち着かない。佩剣の手入れを三度やり直した者がいるし、外套の留め具を確かめながら手が震えている若い奴もいた。王太子宮の侍従長に至っては、殿下に「どうかお気をつけて」と言いかけて、途中で声が詰まっていた。

 殿下はそれを見て、「おまえたちのほうが心配だ」と笑っておられた。あの方はそういう時に笑う人だ。自分のことより、周りが怯えていることのほうが気になるらしい。


 俺は怖くないかと聞かれれば、怖くはない。

 殿下のおそばにいるのが俺の仕事だから、行くべき場所に行くだけだ。

 ただ、殿下が勅令を聞いた後、ほんの一瞬だけ窓の外を見られたことは書いておく。あの方角に何があるかは、もう言うまでもないだろう。


 壮行の夜会は縮小。挨拶も最小限。

 その代わり、殿下は私的な面会願いを二件出された。いずれも未記載扱い。つまり、公式には存在しない面会だ。

 相手の名は書かない。書けと言われても書かない。


「アレクシス殿下、夜会はどうなさるおつもりで?」

「時間もないことだからな。顔をだすだけに留めるつもりだ」

「ご挨拶だけでも増やされますか」

「いや。壮行に来たい者は来ればいい。来たくない者を呼びつけるつもりはない」

「では、どなたかお呼びに?」

「……ルスラン、おまえは何が言いたいのだ?」

「いえ、なにも。ただ、何事も準備というものがございますので」

「相変わらず(はかりごと)がヘタだな、其方は……」


 殿下は窓の外を見たまま、低く笑われた。笑ったというより、息をついただけかもしれない。


「顔を見ておきたい人はいる。だが、呼べば余計にややこしくなる。あいつは目立つことを好まないし、俺が呼んだとなれば、また噂が出回ってしまう。出征前にそんな話を残していくのは、あいつにとって好ましくない」

「では、お呼びにならない、と」

「くどい。……だが、名簿に名前があるかどうかは、確かめておいてくれ」

「確かめるだけ、でよろしいですか?」

「良い。……いいか、くれぐれも余計な気を回すようなことはするなよ?」



——壮行準備控え


 礼装外套、佩剣、手袋、予備徽章、すべて整う。

 王太子宮より追加の差し入れ品あり。宛先記載なし。

 受取は側近預かりとする。



——王宮日程記録抄 追記


 冬月初暁、王太子アレクシス殿下出立予定に変更なし。

 第一軍随行、冬月初日発。

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