出征命令
——王令 抄
冬月前月二十七日付
王太子アレクシスに、北方戦線第一軍への随行を命ず。
任は名目上の視察にあらず。軍議立会い、物資受渡し確認、ならびに前線慰問を含む。
出立は冬月初日、払暁。
——近衛副官ルスラン・ベルデン卿書簡
旧友宛、同日夜
勅令が下りた。
冬月の頭に発つ。北方戦線の第一軍へ随行だ。
アレクシス殿下はお聞きになって、うなずかれた。それだけだった。
驚きもなければ、動揺もない。王族が戦時に前線へ出るのは当然のことだと、あの方は最初から思っておられる。国が兵を出しているのに王太子が宮殿にいるほうがおかしい——そういう考え方をする方だ。
怖がっているのは、むしろ周りのほうだ。
側近の連中はもう朝から落ち着かない。佩剣の手入れを三度やり直した者がいるし、外套の留め具を確かめながら手が震えている若い奴もいた。王太子宮の侍従長に至っては、殿下に「どうかお気をつけて」と言いかけて、途中で声が詰まっていた。
殿下はそれを見て、「おまえたちのほうが心配だ」と笑っておられた。あの方はそういう時に笑う人だ。自分のことより、周りが怯えていることのほうが気になるらしい。
俺は怖くないかと聞かれれば、怖くはない。
殿下のおそばにいるのが俺の仕事だから、行くべき場所に行くだけだ。
ただ、殿下が勅令を聞いた後、ほんの一瞬だけ窓の外を見られたことは書いておく。あの方角に何があるかは、もう言うまでもないだろう。
壮行の夜会は縮小。挨拶も最小限。
その代わり、殿下は私的な面会願いを二件出された。いずれも未記載扱い。つまり、公式には存在しない面会だ。
相手の名は書かない。書けと言われても書かない。
「アレクシス殿下、夜会はどうなさるおつもりで?」
「時間もないことだからな。顔をだすだけに留めるつもりだ」
「ご挨拶だけでも増やされますか」
「いや。壮行に来たい者は来ればいい。来たくない者を呼びつけるつもりはない」
「では、どなたかお呼びに?」
「……ルスラン、おまえは何が言いたいのだ?」
「いえ、なにも。ただ、何事も準備というものがございますので」
「相変わらず謀がヘタだな、其方は……」
殿下は窓の外を見たまま、低く笑われた。笑ったというより、息をついただけかもしれない。
「顔を見ておきたい人はいる。だが、呼べば余計にややこしくなる。あいつは目立つことを好まないし、俺が呼んだとなれば、また噂が出回ってしまう。出征前にそんな話を残していくのは、あいつにとって好ましくない」
「では、お呼びにならない、と」
「くどい。……だが、名簿に名前があるかどうかは、確かめておいてくれ」
「確かめるだけ、でよろしいですか?」
「良い。……いいか、くれぐれも余計な気を回すようなことはするなよ?」
——壮行準備控え
礼装外套、佩剣、手袋、予備徽章、すべて整う。
王太子宮より追加の差し入れ品あり。宛先記載なし。
受取は側近預かりとする。
——王宮日程記録抄 追記
冬月初暁、王太子アレクシス殿下出立予定に変更なし。
第一軍随行、冬月初日発。




