第54話:決済の督促と、バドの「再評価」
ヴォルガ帝国軍のキャンプ。
かつてアルスが「情報の空爆」によって侵攻を阻止したはずの軍勢が、再びここにいた。だが、かつてのような精強さは微塵もない。皇帝が強行した再侵攻の結果、彼らはレオンの「エクス・カリバーン」で最後の食糧と給与を焼かれ、文字通り「破産」していた。
「……まただ。また、あの男の見積もり通りになった」
千人長バド・ザイツェフは、グラナポートの防壁の上から、眼下の地獄を見下ろしていた。
彼はあの事件以来、グラナポートの「鉄道敷設」という未来に賭け、アルスの下で「数字」の力を学んできた。だが、彼が愛した故国は、アルスの警告を無視し、滅びへの道(不採算な戦争)を選んだ。
「バド。……お前の『元同僚』たちの、最新の査定だ」
背後からアルスの冷徹な声が響く。ミラが展開したホログラムには、飢えで動けなくなった帝国兵たちが「損失」として赤く点滅していた。
「……アルス殿。あいつらは、皇帝の狂信的な命令に従わされているだけだ。……俺に行かせてくれ。俺があいつらを『損切り』させてみせる」
アルスは無言で頷いた。
バドは一人、馬を走らせて帝国軍の防衛線へと向かった。
かつて共にヴォルガの旗を仰いだガザル千人長が、錆びた剣を杖代わりに立ち尽くしている。
「……バド。裏切り者の、お前か……」
「ガザル。裏切りと呼びたければ呼べ。だが、俺は今、お前が持っている『ゴミ』を買い取りに来たんだ」
バドは、ガザルの足元に転がっているヴォルガ鉄貨を指差した。
「それはもう、ただの鉄屑だ。……アルス殿がお前たちの『購買力』を半分にしたのを覚えているか? 今、それはさらに下がって『ゼロ』だ。……お前が必死に守っているのは、陛下への忠誠という名の、利息だけが膨らむ『借金』なんだよ」
バドは懐から、一枚の「グラナポート市民証」を取り出した。
「アルス殿は、俺たちに鉄道を引かせた。……汗を流し、線路を繋げば、昨日よりも今日の方が豊かになれる。それを教えてくれた。……ガザル、部下たちを殺すな。お前たちが持っているその『命』は、死なせて損失にするにはあまりに価値が高い資産だ」
バドの声は、空腹で思考を停止していた帝国兵たちの心に、鋭く突き刺さった。
「武器を捨てろ! 鎧を脱げ! ……お前たちの『労働』を、グラナポートが正当な価格で買い取ってくれる。……帝国軍人(不良資産)として死ぬか、グラナポートの市民(優良資産)として生きるか……今、ここで決済しろ!」
ガザルの手から、剣が滑り落ちた。
それが合図だった。一人、また一人と、兵士たちがバドの元へ集まってくる。かつて鉄の規律を誇ったヴォルガ帝国軍が、一兵も殺されることなく、アルスの「帳簿」へと移転していく。
だが、その様子を遠くから見つめていた皇帝の目は、もはや人間のものではなかった。
「……バドめ。余の『駒』を勝手に売り払うとは……」
本陣の中央、皇帝が掲げた漆黒の魔導具が、おぞましい音を立てて脈動する。
それは、投降した兵士たちの背中に刻まれている「帝国の刻印」を通じ、彼らの寿命を逆流させて吸い出す、最悪の「強制徴収」の始まりだった。
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