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『鑑定が遅い』と追放された見積士、寿命と原価が見えるので要塞を最強にする  作者: 霧原なぎ
広域経済圏確立編

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第51話:債務完了と「対価」の誓い

グラナポート管理局の最上階。窓の向こうには、かつて死の灰に閉ざされていた王都ブランシェットの廃墟を土台に、魔導の灯が整然と並ぶ「垂直都市」の夜景が広がっていた。

アルスのデスクの上には、一冊の重厚な帳簿が開かれている。そこには、ガルア聖王国の誇りでありながら、あの日、この地でアルスに敗北し、「債務」という鎖で繋がれた五千人の騎士たちの、一年以上にわたる労働の全記録が記されていた。

対面に立つデトモルトは、かつての華美な白銀の鎧を捨て、実戦的な漆黒の装甲を纏っている。その佇まいは、もはや敗残兵のそれではなく、この街の礎を守る、研ぎ澄まされた「道具」の鋭さを放っていた。


「……デトモルト。ようやく、この時が来たな」


アルスは羽ペンを置き、一束の「債務証書」を手に取った。あの日、彼らを縛り上げ、強制労働を課すための魔導契約が宿る羊皮紙が、アルスの手によってデスクの上のランプへとかざされる。


「お前たちがこの一年、瓦礫の搬出から地底バイパスの防衛、そして先日のゼノス迎撃で見せた働き……。それらすべてを時給換算し、さらに危険手当を積み上げた結果、お前たち五千人の『救済費用』は、一銭の漏れもなく完済クリアされた」


青白い炎が紙を舐め、複雑な魔導数式が歪んで灰へと変わっていく。その揺らめく光がデトモルトの瞳に、かつてない静かな解放を映し出した。


「今日、この瞬間を持ってお前たちは自由だ。門を開けさせる。ガルア聖王国へ戻るもよし、他国で傭兵として身を立てるもよし。お前たちの『命の所有権』は、今、お前たち自身の手に戻った」


沈黙が部屋を満たす。

自由。それは、国家の命で動く「駒」として生き、敗北すれば「不良在庫」として捨てられる運命だった彼らが、生まれて初めて手にした「自分自身の価値」だった。しかし、デトモルトは一歩も動かなかった。彼は自らの漆黒の篭手に刻まれた、数多の労働と戦いの傷跡を見つめ、不敵な笑みを浮かべて膝を突いた。


「……アルス殿。あの日、お前に命を買い叩かれた時、俺は屈辱に震えた。だが、今は違う」


デトモルトは腰の剣を抜き、その柄をアルスへと差し出した。


「形ばかりの誇りや、保身しか考えぬ聖王国の王への忠誠などという、腹の足しにもならぬもののために戦うのは、もう飽きた。俺が信じるのは、俺たちの価値を正当に見積もり、その働きに相応しい『対価』を支払うお前の論理だ。……提案がある。本日をもって、我ら『債務騎士団デッド・ナイツ』を解散し、新たに『対価騎士団デッド・ナイツ』として契約し直したい」


「『対価』か。面白い言葉を選ぶな」


「俺たちは、命に値段がつくことを知っている。ならば、その値段を自分たちの腕で、どこまで吊り上げられるか試してみたい。……お前の組む『世界』を守り抜くことが、俺たちの価値を最も高める。そう判断した」


アルスはわずかに口角を上げた。感情ではなく、純粋な利害の一致と、プロフェッショナルとしての自負。それこそが、アルスが最も信頼する資産の形だった。


「いいだろう。契約成立だ。……そしてデトモルト、これは契約金代わりの『先行投資』だ」


アルスは一枚の書面を差し出した。そこには、都市北部に建設中の新しい居住区の設計図が記されていた。


「ガルア聖王国に残してきた家族、親族、そして部下たちの身の回りの者……すべてを特定し、この街へ呼び寄せるが良い。住む場所、食料、そして子供たちの教育。これらすべてをグラナポートの予算で保証する」


デトモルトは目を見開いた。


「家族を、この街に呼び寄せて良いのか? 我らは、かつてお前を討とうとした敵国の人間だぞ」


「家族を人質にするのか、と聞きたいのか? 逆だよ、デトモルト。家族という『資産』がこの街にあることは、お前たちにとって最強の福利厚生であり、俺にとっては、お前たちが決してこの街を裏切らないという最高のリスクヘッジだ。……人間、一番大切なものが足元にある時が、最も高いパフォーマンスを発揮するからな」


アルスの言葉には、冷徹な計算と、それ以上に揺るぎない「生活者への敬意」が混ざり合っていた。

デトモルトはその書面を、かつて掲げたどの軍旗よりも重いものとして、恭しく受け取った。


「……感謝する。お前は本当に、底の知れない男だ。……俺たちの槍と盾、そしてこれから呼び寄せる家族の未来すべて。お前の見積もりに預けよう」


その時、ミラの瞳が緊急の警報を告げる赤光を放ち、魔導端末が悲鳴のような警告音を上げた。


主様マスター! ヴォルガ帝国より広域魔導通信を受信。……皇帝の名において、グラナポートを『人類の共通敵』と断定。王都遺産を不当に占拠する逆賊とし、周辺諸国に対し総攻撃を促す大号令が発せられました。……帝国の全軍、および同盟国の騎士団が、こちらへ向けて進軍を開始しています」


アルスはデトモルトを見やり、静かに、だが鋭い眼光で告げた。


「聞いたか。契約した瞬間に、巨大な『負債』が押し寄せてくる。……帝国という名の巨大な不良在庫を、根こそぎ清算スクラップする時が来た」


「……望むところだ。我ら『対価騎士団デッド・ナイツ』の初仕事。……帝国の首に、最も高い値札をつけてやろう」


アルスは手帳を開き、新しい頁に力強い線を引き、書き込んだ。

【案件:ヴォルガ帝国全面清算――予算:無制限】

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