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『鑑定が遅い』と追放された見積士、寿命と原価が見えるので要塞を最強にする  作者: 霧原なぎ
広域経済圏確立編

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第50話:王子の「見積書」と債務者の「証明」

グラナポートの午後の陽光は、中央広場を白く焼き、そこに落ちる黒鉄の騎兵団の影をより一層濃くしていた。

ヴォルガ帝国の勅使ゼノス将軍が跨る軍馬が、苛立ったように石畳を蹄で削る。その周囲を囲むのは、帝国の威信そのものである重装騎兵たちだ。彼らが纏う鎧の擦れる音、そして重苦しい沈黙が、広場の空気を真空のように薄くしていた。


「……殿下、もはや言葉は不要です」


ゼノスは馬上の高い位置から、アカデミーの制服を纏ったフレデリック王子を冷酷に見下ろした。その手は、腰に佩いた巨大な魔導剣の柄を、獲物を狙う猛禽のように掴んでいる。


「皇帝陛下は、泥にまみれて算盤を弾く身内など必要としておられぬ。陛下が求めておられるのは、帝国の版図を広げるための『確実な領土』だ。貴様を力ずくで引きずり戻し、この不遜な街を帝国の兵站基地に変える。それが陛下の御意志だ」


ゼノスが剣を僅かに引き抜き、魔導回路が低く唸りを上げたその瞬間。

広場を囲む石造りの時計塔、そして隣接する商店の屋上から、規律正しい、だが心臓を直接揺さぶるような金属音が響き渡った。


「――そこまでだ、ゼノス。我らがあるじの『資産』に、無断で指一本触れることは許されん」


ゼノスの頬が引き攣った。その声には聞き覚えがあった。

高台に現れたのは、漆黒の重装甲を纏った集団――債務騎士団デット・ナイツ。その先頭で、ガリウスの手によって無骨に改造された黒鉄の面を跳ね上げた男を見て、ゼノスは絶句した。


「デトモルト……! 貴様、かつての白銀の誇りを捨て、アルス・ロベントの飼い犬に成り下がったか!」


「……犬か。なるほど、貴様の目にはそう映るだろうな」


デトモルトは冷淡な微笑を浮かべ、自らの左胸に刻まれた鈍い光を放つ管理番号を指差した。かつては王都の盾として称えられた男の瞳には、かつての盲目的な忠誠心に代わり、底の知れない「静謐な合理」が宿っていた。


「ゼノス。俺たちはあの日、アルス殿に命を買い叩かれた。以来、俺たちは一度も『騎士の誇り』などという、腹の足しにもならぬ実体のない概念のために剣を振るっていない。俺たちは今、自分自身の『時給』と、残された『返済額』のために戦っているのだ」


デトモルトが手を挙げると、屋上に並ぶデット・ナイツが一斉に魔導重銃を構えた。銃身のシリンダーが回転し、かつて彼らが奪われた魔力が、ガリウス製の回路を通じて高効率な熱量へと変換され、紫電を帯びて唸り始める。


「信じられるか? 陛下のために命を捨てると叫んでいた頃より、今の俺たちの方が、一分一秒の命の使い道に自覚的だ。俺たちはもう、無能な指揮官の気まぐれで、あるいは計算ミスの埋め合わせのために使い捨てられる駒ではない」


その背後から、外套を風になびかせたアルスが悠然と歩み出た。彼は手帳に何事かを書き留めながら、顔も上げずに告げる。


「ゼノス将軍。お前が連れ帰ろうとしているのは、我がアカデミーが莫大なコストと時間を投じて教育している『最重要資産』だ。……回収には応じられない。どうしてもと言うなら、王子のこれまでの食費、宿泊費、そして――お前が今ここで浪費させた俺の時間を、帝国が全額肩代わりするか? ただし、利息は秒単位でつくが」


「貴様……! どこまで我らを愚弄すれば気が済む!」


「愚弄ではない。ただの鑑定だ」


アルスはようやく顔を上げ、手帳を閉じた。その瞳は、ゼノスという人間ではなく、彼が率いる騎兵団という「負債の塊」を透過するように見つめていた。


「デトモルトたちは、すでに自らの負債を労働で返し、この街に不可欠な『防衛資産』へと昇華された。……だが、お前たちはどうだ? 遠路はるばるやってきて、一銭の利益も生まず、ただ威嚇を繰り返すだけの『不良在庫』だ。ゼノス、お前の命に、俺の帳簿を汚すほどの価値があると思うか?」


デトモルトの黒鉄の剣が、ゼノスの喉元に突きつけられた。ゼノスの軍馬が恐怖に怯え、後ずさる。


「……ゼノス、引け。今の俺たちは、かつての俺たちより強い。なぜなら、俺たちの背後には、決して破綻することのない『計算された補給線』があるからだ。精神論に縋る貴様らの剣では、この鉄の論理は断てん」


ゼノスは、かつて英雄と呼ばれた騎士の瞳に宿る、盲目的な忠誠よりも恐ろしい「徹底した合理の殺意」に気圧され、忌々しげに剣を収めた。


「……デトモルト、貴様の変わり果てた姿、陛下に報告してやる。……王子、次は交渉人ではない。帝国の『全軍』を連れてくる。数字で防げぬ暴力の雨を、その時まで楽しみに待っているがいい」


砂煙を上げ、騎兵団が去っていく。

静寂を取り戻した広場で、デトモルトはアルスに向き直り、静かに頭を下げた。


「……アルス殿。あのような振る舞い、今の俺の対価に見合っていたか?」


「ああ。お前がゼノスの戦意を削いだことで、市民の避難コストと、想定された施設の損壊費用、合わせて八千万グラナが浮いた。……その功績を認め、今日の債務騎士団デット・ナイツの食事には肉を約束しよう。……そして王子、今の対峙をレポートにまとめろ。それが次回の講義のテーマだ」


アルスは、夕闇に沈む地平線の先、帝国の影を見つめながら、新たな「戦争の見積書」を書き換え始めた。

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