第49話:再起動リブートのその先へ
グラナポート管理局。アルスは窓の外、広場に集まる人々を見下ろしていた。
地下の「心臓」の拍動は、管理局にいるアルスには、微かな振動として常に伝わっている。それは、あの日深度五百メートルで共に死線を越えた、レオンとセリアの鼓動と重なって聞こえるようだった。
「……ミラ。北区の不満指数が上昇している。セリアを広場へ出せ。彼女を『精神的な安全弁』として機能させる。護衛にはレオンを付けろ」
「了解しました、主様。彼らのバイタル、および魔力波形は、あの再起動時のログを基準に常に監視下に置きます」
広場では、セリアが人々にスープを配っていた。
かつて王都で見せた、逃げ惑う民を突き飛ばしたあの弱さはもうない。今の二人は、自分が「魔力を通すための管」であり、「毒を吸い出すフィルター」であることを受け入れた上で、その機能を自らの意思で使いこなそうとしていた。
そこへ、アルスが現れた。群衆は「救済者」セリアに感謝するが、アルスが歩くと、その冷徹な威圧感に気圧されて道を開ける。
「……アルス。また効率の話か? セリアは、あの地下の暗闇を、心臓の重圧を知らない奴らの『心』を救ってるんだ。……お前なら、この価値が分かるだろ」
レオンが不敵に笑う。あの日、アルスに「死ぬ暇など与えん」と拘束具に打ち込まれたことで、レオンは自分の命を「正義」という曖昧な言葉で飾るのをやめた。今の彼は、アルスのシステムを支える「最後の一線」としての自覚を持ってそこに立っている。
アルスはレオンを一瞥し、それからスープを配るセリアの前に立った。
「セリア。お前が今日ここで配っているこのスープ。……それを支えているのは、お前自身が『フィルター』として消費する精神エネルギーだ。お前という高価値資産が、管理外で自己摩耗することを俺は許さない」
「……わかっています、アルス様。私は、ただのスープを配る女ではありません。人々の不安という『魔毒』を中和する、この街の浄化装置ですから」
セリアは微笑んだ。それは、かつて魔潮の第2波を撃退した時に見た、覚悟の表情と同じだった。
「……なら、その機能を『持続可能な仕事』に昇格させろ。セリア、お前を『グラナード厚生局』の責任者に任命する。お前の慈悲を『公的扶助』として予算に組み込み、公式に俺のシステムの一部として運用する。……お前を、誰の目にも見えない場所で擦り切れるだけの聖女で終わらせるつもりはない」
セリアの瞳に、強い光が宿る。それはかつて「装置として機能するだけ」と言っていた絶望の返事ではなく、アルスの右腕としての自認だった。
「レオン。お前もだ。その剣を振るう時は、俺の許可を得ろ。お前という『ノズル』の出力は、この街の治安維持における最大火力だ。……私情で浪費させるな」
「……へっ、相変わらずうるさい見積士だ。……分かってるよ。お前の計算、一分一秒も狂わせないさ」
アルスは背を向け、管理局へと戻っていく。
かつて王都を「損切り」し、地獄の地下で彼らを「部品」として再起動させたアルス。
だが、その冷徹な管理の裏側には、彼らを二度と「ただの使い捨ての英雄」に戻さないという、見積士としての絶対的な責任感があった。
地下では、心臓が力強く拍動を続けている。
三人の鼓動は、今やグラナポートという巨大な経済圏の「動力」として、完全にシンクロしていた。
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