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『鑑定が遅い』と追放された見積士、寿命と原価が見えるので要塞を最強にする  作者: 霧原なぎ
広域経済圏確立編

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第48話:人情という名の投資

グラナード・アカデミーの門前は、異様な熱気に包まれていた。

色とりどりの旗を掲げ、野太い声を張り上げる一団。それはグラナポートに古くから店を構える、旧王都時代の生き残りである老舗商合ギルドの主たちだった。


「アルス・ロベントを出せ! 我々の商売をこれ以上荒らされてはたまらん!」


「アカデミーの小僧どもが安売りを始めてから、客足がさっぱりだ。伝統ある我々の品を『非効率』だと切り捨てるとは何事だ!」


門扉を揺らす彼らの前には、演習を終えたばかりのヴォルガの王子とカイルたちが、困惑した表情で立ち尽くしていた。自分たちが「無駄を省いた」結果、懸命に生きてきた大人たちの誇りを傷つけている事実に、生徒たちの心に迷いが生じていた。

そこへ、アルスがエレーナを伴って現れた。


「……騒がしいな。エレーナ、彼らの主張を要約しろ」


「はい。一言で言えば『努力の報償を寄越せ』です。積み重ねた時間を、最新の効率化で踏みにじるな、と」

ギルドの代表格である恰幅の良い男が前に出た。


「その通りだ! 私の店が焼くパンは、先代から受け継いだ石窯で、手間暇かけて作っている。それを列車の運搬コストがどうのという理屈で、半値近くまで下げられては、我々の誇りはどうなる!」


アルスは無造作に、男が差し出した自慢のパンを一つ受け取り、それをじっと見つめてから、一口食べた。


「……なるほど。このパンが『100』で売れる理由は、味だけではないな」


アルスは店の帳簿を横目でなぞり、生徒たちに向き直った。


「王子、カイル。この店には、お前たちの実習店舗にはない『隠れた資産』がある。……店主と客との間の『信頼』だ」


「信頼……ですか?」


「そうだ。この店主は、病気の客には消化にいいパンを焼き、金のない者にはツケで売っている。一見無駄に見えるが、これは『顧客の囲い込み』と『信用調査』を同時に行っている、極めて高度な人情経営だ。この『人情』という名の潤滑油があるからこそ、この店は長年、貸し倒れも起こさず回ってきた」


店主は驚き、毒気を抜かれたように立ち尽くした。自分たちの泥臭い商売を、この冷徹な男が「高度な経営」と評したからだ。


「店主。お前のパンに込めた『想い』は、この街にとって必要な資産だ。だが、お前はその資産を活かすために、あまりにも多くの『不要な負債』を抱えすぎている」


「負債だと……?」


「お前の想いを届けるために、お前自身が重い小麦袋を担いで歩く時間は、パンを焼く時間ではない。古い馬車でノロノロと仕入れを行う『移動の非効率』。これは誇りではなく、ただの損失だ」


アルスはエレーナに指示を出した。


「エレーナ、このギルドに、アカデミー直営の『物流センター』を優待価格で開放しろ。彼らの仕入れを列車に一本化する。……その代わり、店主。浮いた時間で、お前はもっとパンを焼け。そして、その『人情』を込めたパンを、列車の足を使って、まだお前を知らない遠くの客にまで届けろ」


店主は、自慢のパンを握りしめ、力強く頷いた。アルスの言葉は、彼らの伝統を壊すものではなく、むしろその伝統を「拡張」するための投資だったからだ。


「……王子、カイル。人情はコストではない、投資だ。だが、その投資を活かすためのインフラを整えるのが、俺たちの仕事だ。……分かったら、さっさと店を片付けろ。今日の残差は、次の講義の課題にする」


アルスが背を向けると、ギルドの男たちはもう声を荒らげることはなかった。彼らはアルスのシステムを「敵」としてではなく、自分たちの価値を最大化する「道具」として、初めて見積もり始めたのだ。

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