第47話:マーケットの「血液」を回せ
グラナポート中央通り。そこには「グラナード・アカデミー直営実習店舗」という看板が掲げられた、ガラス張りの真新しい商店があった。
店内に並んでいるのは、最寄りの農村から魔導列車で運び込まれたばかりの野菜や果物、そして生活必需品だ。
今日の演習参加者は、ヴォルガ帝国の王子と、スラム出身の奨学生カイルを含む数名のグループである。彼らの手元には、アルスから手渡された「1000グラナ」の運営資金があった。
「いいか。今日一日、この店の棚割りと価格設定をお前たちに任せる。目標は『利益の最大化』ではない。この1000グラナを、いかに停滞させず、市場の中で『回し切るか』だ」
アルスは店の隅で腕を組み、冷徹な試験官の目で生徒たちを見守っている。
「先生、価格を下げれば客は来ます。ヴォルガの方式なら、他店より一分でも安くして市場を独占すればいいはずです」
王子が息巻いて、リンゴの価格を相場の半額に書き換えようとする。だが、スラム出身のカイルがその手を止めた。
「待って。そんなことをしたら、隣の八百屋さんが潰れちゃう。あそこが潰れたら、あのおじさんがうちの店でパンを買うお金もなくなっちゃうよ」
「……フン、それは競争だろう。負ける方が悪い」
「競争ではなく『循環』を見ろと言われたはずだ、王子」
アルスの静かな声が飛ぶ。
生徒たちは顔を見合わせ、再び手帳の数字と格闘し始めた。
「……あ、そうか! 価格を下げるんじゃなくて、売れ残る『時間』を減らせばいいんだ」
カイルが気づいた。彼は列車の到着時刻表と、夕方に買い物に来る労働者たちの動線を照らし合わせる。
「夕方、仕事帰りの人たちが一番お腹を空かせている時間に、すぐ食べられるカット野菜を並べる。その代わり、午前中の暇な時間は価格を少し上げて、余裕のある人たちに『鮮度』を売る。……そうすれば、商品は棚に留まらずに回転し続ける!」
生徒たちは必死に動いた。王子のプライドは「効率的な品出し」へと転換され、カイルの知恵は「客のニーズ予測」へと昇華される。
夕暮れ時、店の在庫は完璧に掃け、手元の資金は「1200グラナ」に増えていた。
「……先生、できました。利益も出ましたが、それ以上に、この店を通してお金が流れていく『手応え』がありました」
王子が額の汗を拭いながら報告する。アルスは差し出された報告書を瞥見し、短く頷いた。
「『1000』が『1200』になった。だが重要なのは、その増えた『200』がどこから来たかだ。……お前たちが無駄を省き、需要を最適化したことで、客は『安い』と感じ、店は『儲かる』と感じた。誰も奪い合っていない。ただ、最適化という摩擦の軽減によって、新しい価値が漏れ出しただけだ」
アルスが店を去った後、王子は売り切れた棚を眺めながら、隣で掃除をしていたカイルを呼び止めた。
「おい、カイル」
「……はい、王子」
王子はカイルの顔を見ようとせず、不器用に棚を拭きながらボソリと呟いた。
「……お前の言う通りだった。ゴミを拾うだけの視点だと思っていたが……現場の飢えを知っている者の方が、数字の『熱』に気づくのが早いらしい。……次は負けんぞ」
「……! はい、受けて立ちます」
二人の間に、階級を越えた「同じ目的を持つ技術者」としての奇妙な連帯感が生まれていた。
アルスは店の外、夕闇に沈む街の喧騒の中で、その様子を冷淡に、しかし確かな手応えを感じながら手帳に記した。
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