第玖話 円形闘技場4
競技場を後にしようとした羅生。しかし、何かの気配に気が付き咄嗟に飛び退く。
「『死神の鎌』」
フランの唱えた防御無視の物理系呪文が、羅生の右脚のアキレス腱を切断する。
「くっ...!お前、まだ生きていたのか!」
叫ぶと同時に振り向く羅生。そこには、脇腹をかなり抉られた状態で立っているフランの姿があった。
服はもちろん体全身が土にまみれており、抉られた脇腹からはとめどなく血が溢れている。
「『絶対零度』」
自分の傷口に出力を抑えて魔法を使い、一時的に出血を止めるフラン。回復魔法を使えないためにとった、苦肉の策だ。
だが、既にかなりの量の血が失われており、その体を冷気が蝕む。
おそらく、このまま戦ってもフランの死は免れないだろう。だが、その前に羅生を殺せばいい。そうすればフランは勝利することが出来る。
その時、ゾクリとしたものを感じる羅生。羅生とフランは戦時中からの知り合いであり、幼なじみに近いものがある。
フランとは何度も戦ってきたし、その度に何度も殺し、殺されてきた。しかし、それはあくまでも自分の力を高めるためであり、少なくとも羅生にとっては修行の一貫のであった。
魔法使いと格闘家など、異色の組み合わせだ。だが、それで稽古をするからこそ、自分の苦手な相手とも勝負することが出来てきた。
自分たちはいい好敵手だと思ってきたし、事実そうだった。しかし、共に稽古をしてきたこの数百年、ここまで殺意に充ちた表情を見たことがない。
今思えば、羅生は最近リヒトとばかり稽古をしていた気がする。自分の苦手な相手との稽古も必要だが、肉体的技巧や肉体能力そのものの稽古も必要だったからだ。
その間、フランは一人で稽古をしていたらしい。
今日の戦いは羅生にとってもそうだが、フランにとっても修行の成果披露のようなものだった。
そしてフランとっては、自分が羅生に打ち勝ち、自分との稽古が最も有益であることを知らしめるためのデモンストレーションになるはずだったのだ。
だがフランは今瀕死の状態だ。それでも、負ける訳には行かない。
その極限状態がフランの鬼気迫る形相を作り出しているのだろう。
「『神雷』」
「『無への回帰』」
「『大爆発』」
「『無限の剣』」
立て続けに雷系、光浄化系、爆裂系、物理系の極大呪文を発動するフラン。
上手く狙いが定められないのか、時折観客席を吹き飛ばしながらも羅生を狙って攻撃を仕掛けてくる。
呪文の連続使用は、単発で発動するよりも遥かに魔力を消費する。だが、そのようなことは今のフランには関係の無いことだ。
「ちっ!」
血を失って理性を一部失っているのか、普段の魔法と較べれば交わすのは容易い。
だが、これだけの使用されれば話は別だ。
焼かれ、切られ、消滅させられ、羅生は体力をかなり消耗していた。
それからもフランは魔力の消費など頭にないかのように複数の魔法を使用し、羅生を追い詰める。
ついにひとつの魔法が羅生に命中し、そのダメージに膝をつく。
次に魔法を喰らえば羅生が敗北する。絶好のチャンスが訪れたその時、フランが地面に座り込んだ。
やっと諦めたのか。
そう思ったが様子がおかしい。まるで、何かを呟いでいるようだ。
「これは...まさか詠唱か!」
フランほどの魔法使いになれば、基本的には魔法の名称を叫ぶだけで発動できる。それは極大呪文であっても例外ではない。
しかし、そのフランが詠唱しなければならないほどの呪文。もしそれが発動されれば、競技場どころか下手すれば円形闘技場そのものが吹き飛ぶだろう。
(だが、それでこそ面白いというもの!)
そう考えた羅生は全魔力を解放する。真っ向からうち砕こうというのだ。
羅生の魔力に触れ、前列観客の一部が気圧される中、羅生は妖力を自分の体へと収束させていく。
その間もフランの詠唱が続き、魔法陣が一つ二つと増えている。
妖力を収束させ終わった羅生は、黒い闘衣を纏っていた。
『死闘鬼衣』。羅生の全妖力を収束させて作り上げた鎧だ。
『死闘鬼衣』を着ている羅生は肉体能力と基礎魔力が飛躍的に向上する。さらに、それは防具としての役割も果たす。
そして、その頃にはフランも詠唱を終えていた。
上空に浮かぶ108もの魔法陣が1つの魔法を紡ぐ。その魔法陣から放たれるのは極大呪文の上にある究極呪文。
「『聖者殺しの紅槍』ゥ!」
その魔法は槍とは名ばかりの、僅かに槍の形状をした巨大な魔力の塊を相手にぶつける無属性の究極呪文である。
その大きさは術者の力量にもよるが、フランが使えば闘技場を超える大きさとなる。
「おいおい冗談だろ。これは闘技場どころか町すら危ないな...。だが」
そう言って迎え撃つ構えをとる羅生。
正直なところ、これを受け止めることなど出来ないだろう。
それよりは躱す方が遥かに賢明だ。
今の羅生であれば、魔法効果の範囲外に脱出することも不可能ではないからだ。
しかし、それでもやらなければならない。それこそが小神として、人々を守る者の役目だ。
別に人が死ぬこと自体は構わない。どうせ死んでも復活するのだから。
だが、家屋が破壊されるのは問題だ。当然のことながら、家屋は破壊されても再生する訳では無い。
家の寿命より人の寿命の方が長いこの世界では、独力でも建て直しが簡単な木造建築が主流だ。だが、それでも建て直しにはそれなりの時間がかかるだろう。
それに、家にある全ての物が破壊されるわけであるのだから、財産も失うことになる。
そんな状況に多くの人物が陥れば、負の感情がどれほど湧くか分からない。その為にも、止めなければ行けない。
「かはぁぁぁあああ!」
体内に溜まった熱を吐き出す。
あるのは死への恐怖ではなく圧迫されるような使命感だ。
「ウオォォォォォ!」
そのプレッシャーを跳ね返すように『聖者殺しの紅槍』を受け取める。
『聖者殺しの紅槍』は巨大な魔力の塊であり、その魔法の真価は塊で押しつぶす事ではなく、塊が一定以上の面積、何かに触れると起こす爆発である。
つまり、地面に付けることさえなければただの魔力の塊だ。
などと単純な話ではない。
「くっ...」
あまりの魔力量に片膝をつく羅生。首と肩で支えているがそろそろ限界が来たらしい。
爆発が真価だと言ってもやはりそこは究極呪文である。単なる魔力の塊でも羅生を押しつぶすことなどわけはない。
圧力に負け、大腿骨が砕けたことにより羅生の体勢が前のめりになる。
体勢が崩れた今となってはもはや止めるすべがない。
『聖者殺しの紅槍』が羅生を呑み込む。
と、その瞬間に魔法が解除された。
何が起こったのか。当たりを見回して気が付く。
魔法陣が消滅し、フランが倒れている。死んだ、という訳だ。
「はーぁ。なんだったんだよ俺の頑張りは」
そう言って羅生も競技場に倒れ込む。
羅生が辺りを見回した時に気がついたことだが、この闘技場にはいつの間にか結界が貼られていた。
恐らくは美麗の妖力、魔力などのあらゆる非物理的なエネルギーを吸収する「鏡吸符」による結界だろう。
この結界は非物理的な攻撃では決して破ることが出来ない。それがたとえ究極呪文だとしても。
つまり、羅生のしたことは闘技場を守っただけに過ぎなかったという訳である。
(まあ、それでも充分やったじゃないか)
そうして意識を失う羅生。その顔にはやり切った者だけが浮かべることの出来る満足感に溢れていた。
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「...イヤ、ナンダッタノ?アレ」
あまりの出来事に片言になる直巳。その両手は無意識に馨射の腕を抱きしめていた。
「さっきのか?あれは『聖者殺しの紅槍』といって...」
「説明を聞いてるんじゃないですよぉ!あれ!どう見ても観客ごと殺す気でしたよ!殺す気ですか!?殺す気ですよねぇ!?えぇ!?」
死への恐怖からか、興奮気味に捲し立てる直巳。
「別にいいじやねえか。死んだって甦るんだし」
「あぁ、そう言えばそうでしたね。...って、そういう問題じゃないですよ!?」
馬鹿じゃねぇのコイツ、と思いながら返事を返す直巳。
生き返るから死んでもいいなど、たとえ残機無限のゲームであっも思ったことは無い。
「そうか?じゃあ聞くが、なんで死んだらダメなんだ?」
「そんなの決まってるじゃないですか!えーっと...」
(あれー?なんでダメなんだろう...)
頭ごなしに死ぬことを拒否していた直巳だったが、良く考えれば死んではいけない理由が見つからない。
「...痛いから?」
「あの呪文の爆発で吹き飛んだら、痛みを感じる暇もないだろうな」
(え、何?あの呪文爆発すんの?でかいのが取り柄なだけじゃないの?ほーほー。そりゃそうだわー。それなら痛くないよねー。って、そういう話じゃない!)
心の中で謎の漫才をしながら考える直巳。その時、直巳に一筋の光明が見えた。
「ほ、ほら!死んだら負の感情が何とかじゃないですか!だから...その、死んだらダメなんですよ!」
どことなくあやふやな言葉を紡ぐ。しかし、この世界のことをあまりよく理解していないのだから、仕方ないといえば仕方ない。
「あぁ、それか。そもそも、死ぬことで負の感情生み出すのはお前くらいだろうな。」
「アハハハハハ、冗談が上手いですね馨射さん」
「いや、嘘じゃないぞ?」
「え、嘘だろ?マジか?マジなのか?」
一瞬素になって凜音と銀想の方をむく直巳。
すると、銀想も凜音も首を縦に振った。
「死ぬことなんて怖がってたら円形闘技場には来れませんよ!本戦なら真ん中あたりの席にいて、二回くらい死ぬのが相場ですからね!」
「そうだな。その辺は死ぬことに慣れている俺たちと直巳では違うのかも知れん。だがまあ、そういう事だ。この世界では死ぬこと自体はそれほど恐ろしいことではない」
凜音と銀想の驚きくべき言葉に絶句する。
(死ぬことに慣れている...か)
確かに、考えてみると死ぬ事のデメリットがこの世界には少ない。
死んでも蘇生する世界で死ぬ事のデメリットと言えば、死ぬ時に苦しむことくらいだろう。
だが、どれくらい苦しむかは死に方による。
下手すれば、気づかれないうちに殺されて蘇生するよりも、タンスの角に小指をぶつける方が苦痛と言えるだろう。
これが、500年という永い時を生きてきたもの達なりの死生観なのだろうか。
見た目的にも実歳の年齢的にも小娘の直巳には、直ぐには辿り着けない境地だ。
「ま、そのうち慣れるよ。どうだ?死ぬことになれる為にも、いっちょアタシに喰われてみないか?」
そう言いながら直巳の頬を撫でる馨射。
元の世界では女性とあまり接することのなかった直巳は、その妖艶さにゾクリしてしまう。
たとえそれが、意味深な意味の食べるではなく、物理的な意味の食べるだとしても。
「馨射さん、冗談がすぎますよ!良いんですか?直巳さんに人喰い鬼と思われて避けられても」
馨射の危険な誘惑を止めに入る凜音。ちょっとなら馨射になら食べられてもいいかも、などと思った1分前の自分を殴りたくなる。
「うっ...。折角の話し相手が減るのは勿体ない、か。ゴメンな、直巳。これやるから許してくれよ!」
そして直巳の頭を撫でながら、青い林檎のようなものが入っていた袋をあさる。
(あれ、おかしいな...結構残ってたはずなんだけど)
そう思いながら袋の奥まで手を入れると、やっと一つだけ残っていたのを見つけることが出来た。
そしてそれを直巳の手のひらの上に置く。
「あの、馨射さん、これ...」
「ん、どうした?」
言われて改めて直巳の手のひらの上を見ると、そこには最下級の悪霊がおり、キシャーと直巳を威嚇していた。




