表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/40

37. 宮廷円舞曲

 会場のホールに到着すると、殿下はエルフィのドレスをみて目をまるくした。

 ファッションにうとい殿下もさすがに自分が贈ったものだから見覚えがあったんだろう。縫いつけられていた石はすべてはずしたし、胸元は布を足してもらってかなり豊かになったけど、ウエストからふんわりと広がるシルエットは殿下が選んだものそっくりそのままだ。


「エルフィ、それ……」

「貸してもらったんです。殿下は白がいいといっていたけど、仕立て屋はまにあわなかったし、白はこれしか持っていないからって」

「そっか。よく似合ってる。花の妖精みたいだな」


 よくもまあ、こういうせりふが照れもせずに出てくるものだ。それから、殿下は青色のドレスを着たわたしを非難するようにみる。


「何色がいいかって、そういう意味だったんだな」

「もしかして、わたくしも白でそろえたほうがよかったですか?」

「いや、いい。こうなる気はしてた。慣れてるからな」


 なにそのためいき。

 まあ、エルフィが白ならわたしも白でそろえるか赤で対にしたほうがよかったかも。編入生のエルフィは友達が少ない。わたしが彼女の味方であることは明らかにしておいたほうがよかったかもしれないな。


「悪いけど、フィーネはおれが借りるから。アルトがいるからだいじょうぶだよな。ふたりでたのしんでくれ」


 殿下はわたしの手を引いて歩き出した。いちおう婚約者なので、こういう場ではそれらしくふるまう必要がある。


「もう少しお話されてもよかったのでは?」

「じゃましたら悪いだろ。せっかくエルフィがきれいにしてるのに」


 殿下の目にもそうみえるのか。

 それじゃこれはやっぱり隠しルートじゃなくてアルトルートなのかな。

 わたしはこれから破滅一択。バッドエンドでアルトゥールの剣に倒れる、ノーマルエンドでもアルトゥールの剣に倒れる、トゥルーエンドで処刑される……。だいじょうぶ。覚悟はできている。


 きっとわたしはよほど悲愴な目をしていたんだろう。あの殿下が気遣わしげに切り出した。

 

「あのな。あー……なんだ。たまには頼ってくれてもいいんだぞ。おれだって話を聞くぐらいならできるからな」

「はい?」


 聞き返すと、殿下は去っていったふたりのほうを目で示した。


「おまえの失恋一回分はおれのを引き取ってもらった分だからな。それくらいの義理はある」


 思わず足が止まった。


 なんで知ってる……って、知ってるか。以前ふたりをくっつけようとするわたしをみて自傷行為と評したのは殿下だった。どしゃぶりの雨のなかからわたしを回収してきたのも。

 この人、どっちかっていうと鈍いほうだと思ってたんだけど。

 なんでいちばん気づいてほしくないことだけ気づくかなぁ。

 というか、それ、わたしのなかではすでに終わったことなんですよね。

 ……うん。この人、やっぱりどっちかっていうとじゃなくものすごく鈍いほうだな。


 でも、気遣ってくれたのは正直うれしかった。

 それを素直に出せるようなかわいげある性格はしていないけど。


「そういえば、そんなこともありましたね」

「忘れてたのかよ」

「え、まさかずっとおぼえていらしたんですか?」

「……おれは義理堅いんだ」


 知ってるけど。それを自分でいうのか。


 ホールに入るとそこはゲームのスチルでみた舞踏会そのものだった。

 まばゆいほどにかがやくシャンデリアの明かりに照らされて、絹と宝石で着飾った青年貴族たちがそこかしこで孔雀のように羽根をひろげ談笑している。

 ガラスでできた彫刻は最近のはやりで、反射光を最大限引き出すよう計算しつくされたオブジェがあやうい均衡をたもちながら天井近くまで手を伸ばしていた。通りすぎていくドレスの色彩を映しこんだガラスは万華鏡のようにくるくると色を変え、表情を変える。まるでクリスタル・パレスだ。

 毎年のことだけど、この学校の授業料っていったいどうなってるんだろう。

 ヒロインが圧倒されるのも当然だ。

 エルフィがたのしめてるといいんだけど。


 気になって会場を見回すと、エルフィはすみっこのほうでアルトと話していた。

 なんだ。ふつうにいいふんいきじゃないの。

 心配して損した……と、思っていたらわたしに気がついたエルフィがアルトを置いて駆けよってくる。


「ゼラ……話があるの」

「え。いま?」


 これからダンスがはじまるのに? わたし、いちおう殿下のパートナーなんだけど。殿下もわたしのとなりで困惑を隠せないでいる。


「いま」


 エルフィは真剣だった。


「いやなかんじがする……魔力が近づいてきてる。魔法使いじゃない。人じゃないわ。あれはたぶん……」


 いいながらエルフィはふりかえった。

 ホールのドアが音を立てて開き、旋風が駆けぬける。エルフィは険しい表情で一点をみつめている。わたしはその視線を追いかけた。


「……ロキ?」


 どうしてこんなところにいるんだろう。

 ホールのまんなか、ひときわ大きなテーブルのうえにいるのは深紅の瞳をした黒猫だった。


 目があった。


 と、思うまもなくロキは視線をうえへとすべらせる。

 燦然とかがやくシャンデリア。

 クリスタルでつくられた繊細な細工のなかに無数の明かりがともされてゆらゆらと危うげにゆらめいている。

 その光が……風もないのにたよりなくゆれはじめる。


 ……なにこれ。


 遠くで風が、森が、ざわめいている。大きく切られた窓のそと、青かったはずの空はいつのまにか鉛色。嵐の色をしている。

 こんなのシナリオになかった。4人の攻略対象の、だれのルートにも。

 天井からはガラスのぶつかりあう高い音が響いている。凶兆と呼ぶにふさわしい不協和音。


 落ちてくる。


 わかっていて動けずにいるわたしの手を、だれかが強く引いた。


「フィーネ、危ない!」


 つぎの瞬間、ガラスのくだける音がとどろいた。


「……っ」


 なにいまの。Anotherだったら死んでた。

 ひとりごちるけど、Anotherじゃなくても死んでるよってつっこんでくれる声はない。


 痛みをこらえて目を開けると、わたしをかばうように殿下が倒れていた。肩から胸にかけて服がザックリ裂けていて、近くに血塗れのガラス片が散らばっている。

 滲みだす赤に血の気がひいた。

 あたりに散らばった赤、赤、赤……。

 見慣れた顔に表情はなくて、白金色の髪には粉々になったガラスの粒が絡まってきらきら煌めいている。白皙はまるでつくりもののように精気がなくて、よくできた彫刻かなにかをみているようだった。心臓が温度をなくして凍りついていく。

 ゆらさないように気をつけてそっと身を起こす。ふるえる手で手を包みこむと、わずかに握りかえされる。

 よかった。


 状況はまったくよくないようだけど。


 メインの照明が消えたせいでホールは薄暗く、それなのにわたしたちのまわりだけがやけに明るくみえていた。

 なにかが光っている。

 目を凝らすと、黒猫がいたテーブルのまえに大きな獣が立っていた。実在する動物に似ているようで似ていない、強いてあげるならヒョウのせなかにオオワシのつばさを広げたような、あたかも物語に出てくる魔物が降臨したかのような光景だ。漆黒の毛並みは鱗粉を散らしたようにうっすらと青白くかがやいていた。なにか神聖な生きものみたいに。


 わたしはこの生きものを知っていた。

 解放できずに挫折した隠しルート、SNSでちょこっとだけみかけたロキの本性。

 大魔法使いソールの使い魔、ロキ。


「ごめんね、ゼラ」


 ロキはいった。こんなすがたになっても声はかわいらしいままだった。


 だから、反応が遅れた。


 わたしが状況を正しく認識するよりも早く、ロキはエルフィに近づいた。アルトがエルフィをかばうようにまえに出る。エルフィはアルトの手を引きながら叫んだ。


「ダメ! さがって!!」


 エルフィのくちびるが呪文をとなえはじめる。ロキはかまわず跳躍した。詠唱が終わるまえにふたりは正面からぶつかって……アルトが消えた。


「うそ……」


 それは、文字通り消失だった。


 倒れたわけでも、食べられたわけでもない。ロキとぶつかったアルトの輪郭は空気に滲むようにしてぼやけ、ロキとおなじ青白い光をまとってゆらめいてから、つないでいたエルフィの左手に吸いこまれるようにして消え失せた。まるで手品をみているようだった。

 目をみはったエルフィが空になった左手をきつくにぎりしめる。それから差し出した両手でなにかを包みこむようにしてもういちど唱えた。

 ホールに小さな星が生まれた。

 目を開けていられないほどにまぶしいかがやきがみるみる膨張して魔物のかげを包みこむ。星の光にかき消されるようにして、ロキもすがたを消した。


「まさか、そんな……」


 ロキのことばを思い出す。


――――この世界は分岐をまちがえると消える仕様になってるんだ。あんまりはずれるとこの世界からはじきだされて消えちゃうよ。


 そんなわけない。いまのがそんな自然の摂理みたいなこの世界のルールのはずがない。


 ロキはうそをついている……。


 頭のなかが真っ白になる。だって、サポートキャラのロキがうそをつかないことは公式設定がうそをつかないのとおなじくらいわたしのなかで確かな真実だった。常識となっていたはずの前提がガラガラと音を立てて崩壊する。


――――消滅して最初に戻る。うまくいくまで何度でもやることになってる。


――――戻せなければやりなおしだよ。ボクはいいかげんくりかえすことに飽きたんだ。きみ、自分が破滅するルートを何回も何回もやりたい?


 やりなおし……くりかえし。


 なんのためにくりかえすの?


 そこまで考えて気がついた。


 つい最近、おなじようなフレーズを耳にした。くりかえし……くりかえせば、魔法は増幅する。


 ロキのかげを消し去った星の光……あれはエルフィの魔法だ。通常ルートのエルフィは魔力もちではあるけど魔法はうまく使えない。この世界から魔法がすがたを消してずいぶんとたってるし、エルフィは魔法をならったことなんてなかったんだから。

 使えるようになるのは隠しルート。4つのグッドエンドをコンプリートして4人の好感度が一定以上の状態で特定のイベントを発生させると解放される。いまのエルフィは4人とそこそこに友好的な関係を構築できていて魔法もそれなりに使うことができる。

 もしもくりかえしがエルフィの魔法を強化するためなら。エルフィの魔法が強化されることでなにかいいことがあるのは……隠しルートの攻略対象か、そのさきのファンディスクにルートがあるロキ。だってファンディスクまでいかないとロキは人間のすがたになれないんだから。


――――きみしかいないんだよ。これはこの世界の外側からやってきたきみにしかできないことなんだ。


 ようやく腑に落ちる。ああ、そうか。この世界をくりかえしてたのはロキだったんだ。そのためにロキはくりかえしつづけてきたんだ。長い長い冬のなかで夏への扉を探すみたいに。何度も。


 周囲に遠ざかっていたざわめきが戻ってくる。


 ……魔女だ。魔物を連れた魔女だ。


 声は、実際に魔法を使ったエルフィではなくわたしのほうを向いていた。無理もない。ロキがわたしの猫だったことは、みんなが知っていたわけだから。


 ……災いをもたらす悪しき魔女がいる。


 ……黒の魔女を捕らえろ。


 だんだんと大きくなる声は、わたしを意識の戻らないままの殿下から引き剥がし、手枷をかけて異端審問官に引き渡した。


 どうやら、世界が本編どおり進行するにしろ本編からかけはなれた方向に迷走するにしろ、わたしは破滅の運命を避けられないらしかった。











評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ