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28. チェリーブロッサム

 放課後の図書館。


 閲覧室のなかでも入口からすこし離れた古代文学の棚のまえで、白金色の髪の青年が文庫本を開いている。

 あいかわらず反抗期継続中の弟、アルトゥールである。

 この席が定位置になっているのは知っていた。わたしがいつも使っている自習室にぬける通路になっているのだ。金曜日はだいたいここにいることが多い。


 わたしは書架のかげに隠れてエルフィが来るのを待っていた。

 綿密に計画を練った結果、わたしは彼女のロッカーに手紙を入れておいた。


「午後5時 図書館 古代 文学 ノ 前 で マつ 1 人 て くる こと」


 筆跡を隠すために校内新聞を切りぬいて貼りあわせ、文面を考えながら文字を並べる作業はたのしかった。

 フォントがそろいすぎると見栄えがしないから、図書館の入口に積んであった部活の勧誘チラシや食堂に置いてあった今月の献立表なんかも使った。

 ロキがいたらできばえを自慢できたんだけど。あの困った猫がいないと、やりがいがなくてつまらない。


 とにかくわたしはがんばった。


 差し出し人のない手紙に呼びだされてやってきたエルフィは待ちぼうけをくらい、まわりの席にいた人にだれか自分のことを待っていなかったかたずねるはずだ。

 そこで親切な青年が登場し、いっしょに待ってくれることになる。

 閉館の音楽がながれても待ち人はあらわれない。

 からかわれたことを知って傷つくエルフィを親切な青年がなぐさめ、ふたりはなかよくなる。


 うん、完璧!


 読みかけの推理小説をめくりながらわくわくして待っていると、いきなりうしろから肩を叩かれた。


 ……え?


 なんで殿下がここにいるの。


「エルフィに図書館の場所を聞かれたから案内してきたんだ。入口のところでクラスのやつに会って話してたらいつのまにかいなくなってたんだが、みかけなかったか」

「いえ、まったく」


 まーたこの人はいらんコミュ力を発揮して……。


「ところでおまえはここでなにをしてるんだ」

「ちょっと本を読んでおりまして」

「それはみたらわかるんだが……なんで推理小説を読むのにわざわざ古代文学の棚のかげにいるんだ。しかもみるからに挙動不審……」


 そのときエルフィが現れた。


「あ、エル……もがっ」


 秒速で殿下の口をふさぎ、どこか隠れられそうな場所がないか探す。当然ながらみつからない。

 エルフィは指定の鞄を肩にかけ、わたしが靴箱に入れておいた手紙を片手にキョロキョロとだれかを探しながら書架のあいだを歩いてくる。


 うわーうわーうわー。


 背に腹はかえられない。わたしはとっさに殿下の制服をつかみ、彼のかげに隠れた。


「……おまえというやつは」

「静かになさい」


 頭ひとつ分は背の高い殿下に毅然と言いつける。

 いまの悪役っぽかった。

 自画自賛になるけどいまのはめっちゃ悪役っぽかった。


 さすがわたくし!


 殿下はためいきをついて、こぶしを握りしめるわたしを抱きよせて影に入れてくれた。

 わたしは耳をダンボにして棚ひとつはさんだ通路のようすをうかがった。


 エルフィの足音が止まる。

 古代文学の棚のまえ。そこにいるのはひとりだけ。


 さあ、声をかけなさい!


 しかし、エルフィがアルトゥールに声をかけることはなかった。

 椅子を引く音がして、それから鞄を開ける音、なにかを取り出す音。

 本のページをめくる音……。

 エルフィが待ちに入ったのがわかる。


 沈黙がおりる。


 ……ぱらっ。


 ……ぱらっ。


 ……ぱらっ。


「…………」


 わたしは無になった。


 どうしてふたりとも一言もしゃべらないの……?


 答えは自分でもわかってる。

 初対面だからね。

 そりゃそうだ。乙女ゲームなんだしそれらしい状況さえセッティングすればどうにかなると思ってたけど、現実はゲームみたいに都合よくできてない。

 あんな怪しげな手紙に呼びだされてやってきて、そのへんにいる人に「この手紙を出したのはあなたですか」なんて訊いてまわれない。

 むしろあの手紙を読んで来てくれたことのほうが奇跡だ。


 わたしがいうのもなんだけど……エルフィ、世のなかには悪い人がたくさんいるんだからね、きをつけたほうがいいと思うよ。


 わたしが棚のむこうに耳をすませていると、それだけで殿下はなにかを察したらしい。かがみこんで耳元でたずねてきた。


「おまえが偵察してたのはアルトか? それともエルフィのほうか?」


 いまさらだけど、距離、近くない……?


 低い声でささやかれると背筋がぞくぞくする。

 偵察って……この人、暗殺されかけたことは何回かあるらしいけど、まさかするほうもやったことあったりする? きのせいかな。……あまり深く考えないほうがいいような。

 黙秘をつらぬくと殿下は書架のかげから出ていこうとした。わたしはとっさに彼の腕をつかんだ。


「どちらもです」

「なるほどな」


 もうやだこの人…。


「それで、おまえはふたりをどうしたいんだ」

「どうもしたくありません」

「つまり、じゃまをしてくればいいんだな」

「そうではなくて、わたくしがどうこうするのではいけないのです。あくまでもふたりの意思で、自然に……」

「思いきり不自然だと思うんだが」


 反論できない。


「というか、くっつけたいんだな」


 殿下は意外そうにつぶやいた。


「いけませんか」


 できるだけフラットをこころがけたつもりだったけど、どうしても冷たい言い方になってしまう。


「いけなくはないが……なんでまたそんな自傷行為を」


 刺さるなぁ。


 殿下は弟となかがいいので、わたしが弟を好きすぎることにきづいてるんじゃないかとおもうときがある。

 でも、わたしと弟は血のつながった実の姉弟なので、わたしが弟をほかのだれかとくっつけようとしてもそこまで不自然ではないはずだ。


「エルフィの読んでいた小説が弟の愛読している作家さんの作品でしたので。わたくし、弟にはもっとお友達がいてもいいんじゃないかと思うんです」

「おまえがそれをいうのか」


 うるさい黙れ。


 わたしがうつむくと殿下は目にみえてうろたえた。


「わ、わるい。いまのはおれが悪かった」


 なんでそんなに動揺しているんだろうと困惑していると、目のまえにハンカチが差し出される。それでようやく、わたしは目尻に涙が浮かんでいることに気がついた。


 え……なんで?


 ロキがいなくなったことは思いのほかこたえていたのかもしれない。


 わたし、淋しいのかな。


 ぼんやりして書架にもたれるとバタッと嫌な音がした。続けざまにバタバタバタバタと本が倒れる音がして、あふれた数冊が頭上からふってくる。


 ぶつかる!


 とっさに目をつぶったけど覚悟した衝撃はなく、かわりに大きなかげが覆いかぶさるようにわたしを包んだ。


「っ…………。怪我はないか」

「わたくしはだいじょうぶです。あの、殿下は……」


 わたしはかがみこんで床に落ちた本を拾った。殿下は踏み台もなしに散らばった本をもとあったとおりの順番で棚に戻している。背が高いって得だ。


「だいじょうぶですか?」


 遠慮がちに声をかけてきたのはエルフィだった。

 さすがはヒロイン。歩く親切、おひとよしのかたまり。この人に近づいちゃダメだよっていったのに。

 みればエルフィのうしろにはうちの弟も立っていた。ひどく冷ややかな瞳をしている。よほど大きな音だったらしい。


「なにやってるんだ」

「ちょっと、そこの上のやつが取りたかったんだが」


 殿下はわたしが倒した段のひとつうえを指差した。それはちょうどいま授業でやっている作品が入っている全集で、アルトゥールはあっさり納得したらしい。

 そんなとこまでチェックしてたのか……。

 殿下の有能さに震えあがるわたしにきづくはずもなく、弟は目的の一冊を取って差し出した。


「ほら。これでいいか」

「ありがとう。助かった」


 そのやりとりで、わたしは弟の身長がまた伸びていることにきがついた。殿下とほとんど変わらない。


「騒がせて悪かったな。ふたりも資料を?」

「いや、俺は本を読んでただけ。このあたりはあまり人が来ないから集中できる」


 殿下はエルフィをみた。

 わたしもエルフィをみた。

 エルフィはすこし困った顔をした。

 弟はひとり興味がなさそうだったが、立ち去るでもなくそこにいる。


「なにかあったのか」


 殿下がたずねた。わたしは自分が訊問を受けているきぶんになった。


「ええと、その……」


 エルフィは鞄から例の手紙を取り出した。


 それをそいつにみせちゃダメ!


 わたしは泣きたくなった。

 うわーん神さま仏さま。

 悪いことはするもんじゃない。


「この手紙が靴箱に入っていて……その、いちおう来てみたんですけど」


「午後5時 図書館 古代 文学 ノ 前 で マつ 1 人 て くる こと」


 一瞥して殿下は断じた。


「いたずらだな」

「やっぱりそう思われますか」


 エルフィはがっかりしたようなほっとしたようなようすで手紙をたたんだ。


「編入生は目立つからな」

「すみません」

「謝ることじゃないだろ」


 ふっとことばを切って、殿下はアルトゥールをみた。


「そうだ、エルフィはおまえが読んでたのとおなじやつを読んでるぞ」

「え、ブラウン?」

「そう。それです。わたし、好きなんです。こどもっぽいかもしれませんけど、古くから伝わる妖精のお話」

「そう? それじゃ、俺のほうがこどもだな。全巻読破してるから」


 弟の笑顔なんてひさしぶりにみた。


 そこからふたりはわたしにはわからない本の話をはじめた。

 わたしはとまどいながら殿下をみた。

 これは手を貸してくれたことになるんだろうか。さっきのやりとりから、わたしの意図を汲んでくれたことはたしかだけど。

 見透かすような深紅の瞳に、さきほどの会話がよみがえる。


――――なんでまたそんな自傷行為を。


 どうしてだろう。

 心がゆっくりと冷えていく。


 底知れない淋しさがじわじわしみこんでくるようで。


 こうしてふたりは出会った。わたしの計画通りに。











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