27. チェリーブロッサム
とにもかくにも敵を知り、己を知れば百戦危うからず。
わたしはひとまずエルフィの調査からはじめることにした。
「星座は射手座、趣味は料理とお菓子作り……なんですか、これ」
わたしはジト目になってとなりの席のクラウスをみた。
「ちょっとしたサービスですよ。ゼラさまが気になっていらっしゃるようでしたので」
「わたくしは頼んでおりません。というか、どこで入手したんですか、こんなもの」
「本人に聞けば教えてくれますよ。ほかの人に話してもいいそうなので」
まあ、この内容ならそうだろうけど。
「ほかの人って、殿下のためですか?」
「まさか。あの方は本来そういうのはお嫌いですよ。あなたが監視されているのはそれが必要だからです」
「……はい?」
「危険人物ですからね」
チェシャ猫みたいににまにましているクラウスの頭をノートで軽くはたいてやったところで予鈴が鳴った。よくないなぁ。最近、どんどんこの人のペースにのまれてるきがする……。
教室に入ってきた外国語の先生はトーキングの練習をするから二人一組になるようにいった。
クラウスは当然のようにわたしのほうをみた。いいけど。ほかに組んでくれる人もいないんだけど。殿下にはケヴィンもついてるからお仕事ないんだろうし。
…………。
そこまで考えて、わたしは教室を見回した。
エルフィはだれと組むつもりなんだろう。
編入早々から学園の王子さま()とおしゃべりしていたことで女子の反感を買ったエルフィは四月なかばにして早くもクラスから孤立しかけている。
みればエルフィのまわりだけエアポケットみたいにだれもいない。となりの席にいたはずの女の子は椅子だけもって近くの女の子とペアを組んでいる。生徒は偶数だからだれかが彼女とペアになるはずなのに、三人で組になっているところがあるのか、一見してだれがあまっているのかわからなかった。
どうしよう。
所在なさげにうつむいているエルフィをみて胸が痛んだ。
わたしがここで出ていくわけにはいかない。そんなことをしたらヒロインをいじめていじめていじめぬくというわたしの計画がおじゃんになってしまう。
だれかあまっている子がいるはずだ。だれだろう。教室を見回すと殿下と目があった。ケヴィンと組んでいた殿下もエルフィがあまっていることに気がついたらしい。
まずい。
ここでエルフィがメインヒーローである殿下となかよくなってしまうと、まだファーストコンタクトすら果たしていない弟の出る幕は完全になくなってしまう。
わたしは思わず立ち上がった。
「ごめんなさい。わたくし、ちょっと行ってきます」
クラウスは要領がいいから自分のめんどうくらい自分でみられるだろう。
わたしがとなりに椅子を引きずっていくと、エルフィは驚いたように顔をあげた。
「ここ、よろしくて」
「は、はい」
ふりかえってみればクラウスのとなりにはどこからか出てきた女の子が寄っていくところだった。どうやら三人組になってごまかしていたらしい。そんなことだと思った。わたしはためいきをついた。エルフィがわたしをみた。
「ごめんなさい、ゼラさま。お気遣いありがとうございます」
「べつに。てきとうな相手がいなかったものだから」
「でも、あの眼鏡の方と組んでいらっしゃいましたよね」
エルフィはクラウスのほうをみた。どうやら下ばかり向いていたわけでもないらしい。
「クラウスはいいの。ひとりになって困るようなかわいげはないから」
「なかがいいんですね」
不本意ですけどね。
ひとりごちて、わたしはクラウスも攻略対象だったことを思い出した。
言動にいろいろと難があるので忘れがちだが、あれでも容貌は整っているし、頭の回転は文句なしにはやい。性格は腹黒だけど苦労性でよく気がついて憎めないやつだし。
エルフィにはできるだけ近づけないようにしておかないと。
「あのね、エルフィ。クラウスには気をつけたほうがいいと思います」
「え? ゼラさまのお友達なのですよね。もしかして……あの方も、高貴なお方だったりするのですか」
エルフィはなにか思いあたったように声をひそめた。その推測はまちがってるけど、高貴なお方だったら近づかないほうがいいと考えるあたり、エルフィはちゃんと常識をもちあわせているらしい。この子の爪の垢を煎じて殿下に飲ませてやりたい。
「彼自身はそこまでだけど、殿下の側近ですから。うかつに近づくと女の子たちの反感を買ってしまいます」
「ああ、なるほど。ありがとうございます。気をつけます」
わたしにとって都合のいいところだけを抜き出した回答をエルフィは素直にしんじてくれたらしい。
まあ、クラウスの仕事に身辺調査が含まれていることとか、エルフィだって知らないほうがしあわせだろう。そう、これはみんなの心の平穏のため。けっして欺瞞なんかじゃない。
「その……この学校は中等部からの持ち上がりがほとんどで、ちょっぴり排他的なところがありますから。途中から編入していらした方には居心地のよくないこともあるかと思いますが、あまりおきになさらないことです」
ちょっぴりどころか京都とむこうをはれる排他社会だが、そこはオブラートに包んでおく。エルフィも心得た顔でうなずいた。
「わたしみたいなよそ者が王子さまとお話させていただくのはよくないですよね。わかります。以前いた学校でも、人気のある男の子とお近づきになった女の子はよく思われていませんでしたから」
想像していたよりもずいぶんとものわかりがいい。これで身分ちがいの恋は……たいへんそうだな、おもにヒーローのほうが。そしてイベントをセッティングするシナリオライターも。わたしはこれからのことを考えて遠い目になった。
このヒロインをほっとくと友情エンドにしかたどりつけないきがする。
ノーマルエンドでもループを回避できるのか、ロキに確認して……って、もういないんだった。
無礼千万なしゃべる黒猫を思い出し、わたしはブルーになった。
週末の夜、わたしは殿下に星のテラスに呼び出された。
「早かったな」
言いながら、殿下は白い封筒を差し出した。どうやら毎年恒例、王宮で行われるお誕生日会の招待状らしい。
「ご用件はこれだけですか?」
「悪いか。教室で渡したらおまえは怒るだろ」
「靴箱に入れておいてくださればよかったのに」
殿下は肩をすくめた。
「手紙をくれるやつには悪いが……おれはあれが嫌いだ。毒を仕込まれたことがある」
…………。
そういえば、この人は中等部に入学した当初からずっと護衛を連れてたな。やばいくらい攻撃的だったし。こうみえていろいろと苦労してるらしい。
わたしが黙ってしまったせいだろう。殿下は苦笑して、「それに、こうやって直接話したほうが顔がみられていいだろ」と取りなした。
「会えてよかった。……ちょっと疲れることがあったから、フィーネの声が聞けたらいいなと思ってたんだ」
「わたくし、そういうのはいらないので」
淡々と返すと、「平常運転だな」となぜかたのしそうな声が返ってくる。よほど疲れているらしい。
「そうだ、先日はありがとうございました」
「なにが?」
「クラウスさまです。あの人がわたくしを監視しているのは殿下のご指示だったでしょう。先日は助かりましたから」
「おまえ、だんだん開きなおってきたな……」
殿下はあきれた顔になった。
「ふつうの人間は監視をつけられると拒否反応を示すものだぞ」
「だってわたくし、ほかに友達とかいませんし」
「クラウスとは友達になれるのにおれとは友達になれないのか」
「あの人、話してみるとけっこうおもしろいですよ。本気と冗談の区別がつきづらいのが困りものですけど。今日もわたしに監視がついてるのは危険人物だからって……」
てっきり笑い飛ばしてくるかと思ったのに、殿下の顔からいっしゅん表情が抜け落ちた。
…………。
え。なにこの間。
ここって笑うとこじゃないの?
「おまえ、それはわざといってるのか?」
殿下は真顔でたずねた。こうやって正面から問いただされると、もしかしてまちがってるのは自分のほうなのかと不安になってくる。
「あれって冗談じゃなかったんですか?」
「…………冗談だ」
ぼそりとつぶやいて、殿下は夜空を見上げた。表情がみえない。
「冗談は冗談だってわかるようにいってください。わかりにくいです」
「悪い。おまえ、しょっちゅうおれのことおちょくって遊んでるからな。たまにはやりかえしてやろうと思って」
軽い調子でいって、殿下はポケットからなにか取り出した。濃紺の小箱を開けてみると、暗くてよくわからないけれどなにか紫っぽい石のネックレスが入っている。
「当日に付ける分。備品として渡すんだからつっかえすのはやめてくれ」
最初にプレゼントを断って以来、殿下は明らかに経費では落ちそうにない備品をこうやって公務にかこつけて押し付けてくる。
「備品っていうのは使い終わったらもとあった場所に返却するものなんですよ。というか、あなたのお誕生日にわたくしがものをいただくのはいろいろまちがっていると思うのですが」
「きにするな」
これをきにしなくなったら立派な悪女だろう。
あれ? てことはきにしないほうがいい??
だんだんめんどくさくなってきて、わたしは素直にお礼をいって受け取ることにした。




