25. チェリーブロッサム
高等部三年生の春、四月。
春休みが終わって寮に戻ってきたわたしは部屋で荷物を解いていた。
高等部に上がるときに四人部屋から二人部屋になったけど、わたしは部屋が余っているとかで二人部屋をひとりで使わせてもらっている。
「ひとりのほうが気楽でいいよね。話をするたびにまわりを気にしなくてもいいし」
「あれで気にしてるつもりだったの?」
容赦なくいって、ロキはカーテンレールからベッドに飛び降りた。毛布が沈みこんで埃が勢いよく舞いあがる。
わたしは派手に咳きこんだがロキは上機嫌でしっぽをパタパタふった。
「まあ、話し声を気にしなくちゃいけないのも明日で最後だよ」
「……そう、だったね」
ヒロイン・エルフリーデは明日、王立学院附属高等学校に編入してくることになっている。
「ロキ、たのしそうだね」
「やっとだからね」
「そう……」
平民出身でクラスになじめないエルフリーデは校内でみかけた黒猫となかよくなり、わたしにいじめられて弱っているときにロキになぐさめられることで信頼をはぐくんでいく。
少女漫画でよくある「いじめられて困っているところにタイミングよく現れて助けてくれる友達」だけど、今回は思いっきり仕込みなわけだ。こういう裏事情はできれば知りたくなかった……。
「あ、そうだ。ボクがエルフィのとこに行ったあとは、校内でボクをみかけても話しかけないでね。仕込みがバレるとよくないし」
「はいはい」
わたしがいじめてロキがなぐさめる、これをマッチポンプという。
ロキのアドバイスで学校になじもうとしたエルフリーデは四人の攻略対象と出会ってなかよくなる。
わたしの使命は本編どおりにエルフリーデをいじめること、どのルートにもなかったイレギュラーを回避すること。
「あと、エルフリーデとアルトゥールをくっつけること、ほかの三人のじゃまをすること……」
「しなくていいしなくていい」
「するの」
わたしがなおも言い募ると、ロキはうんざりした顔になった。この議論はここ数日何回もくりかえしている。
「しなくていいって。きみね、ルートをひとつに絞ったら難易度は格段に上がって消滅するリスクが大きくなるよ。保険をかける意味でも四人みんなの好感度を上げさせておくのがいいとは思わない?」
「思わない」
即答。
「好感度四人分も上げるのたいへんだし、うまくやらないとほかのキャラの好感度下がっちゃったりして難易度も高いし、だいたい四人分ぜんぶ上げる必要あるのって隠しキャラくらいじゃない。そこまでいらないよ」
難易度高いっていうか、壮絶にめんどくさかったので途中で積んでそれっきり。ちなみに隠しルートが終わらなかったのでファンディスクはパッケージを開けてすらいなかった。
ごめんねロキ。
「そこまでいらないにしても、ほかをじゃまする必要はないでしょ。ジークフリートはともかくクラウスとヨアヒムのルートはきみにとって無害なんだし」
「わたしはアルトゥールに幸せになってもらいたいの。これはアルトゥールがわたしの推しだからってだけじゃなくて姉としての責任とかこれまでいじめてきた贖罪とかもろもろ含めての結論なの。異論は認めません」
ロキは肩をすくめた。
このやりとりも明日で終わり。そう思うと、なんでだろう、べつに永遠の別れでもないのに淋しくてたまらなくなる。どうやらわたしは、思いのほかこのしゃべる黒猫に依存していたらしかった。
かくして、物語は冒頭に戻る。
「おっそーい。ほんとうに今日来るんだよね」
「予定ではね。というか、彼女が遅いんじゃなくてきみが早すぎたんだと思う」
時刻は午前八時前。一時間近く木の上にいたわたしはいいかげん待ちくたびれていた。
今日はだいじなこのゲームのオープニング。
編入してきたばかりで右も左もわからないヒロインは、この桜並木で通りすがりの攻略対象に道をたずねることになっている。
「来た」
「あれは……きみの弟かな」
「そう。困ったなぁ。どうしてエルフリーデが来るまえにアルトゥールが来ちゃうの」
わたしはオペラグラスで弟を観察しながらためいきをついた。
中等部一年生の夏休み以来、弟はほとんど口をきいてくれなくなった。思春期の男の子というのはわたしが思っていた以上に複雑なものらしい。お姉ちゃんは悲しいです。
「…………姉上?」
木の下から声がした。
みればうるわしい弟が立ち止まってこっちを見上げている。
向こうから声をかけてくるなんてめずらしい。正直、これだけで早起きしたかいがあったと思ってしまう。
「その……そこでなにをしていらっしゃるのですか」
「なにって、見ての通りの木登りだけど」
「それはわかります。…………その、もしもお気づきでなければ……見えていらっしゃいますが」
弟は礼儀正しく視線をそらしながらいった。
「え? …………って、ああっ!」
わたしは悲鳴をあげてスカートを直した。
「あ、ありがとうアルトゥール」
「いえ」
そっけなく返して、弟はさっさと背を向け去って行ってしまった。ああ、やっぱりいつもの弟だ。一瞬だけ反抗期終わったかと思ったのに。切ない……。
「……って、どうしよう! 行っちゃった!!」
「もう彼は諦めたら? ボクとしてはエルフィさえ幸せなら四人のうちのだれと付き合ってもかまわないんだけど」
「わたしがかまうの!」
「わざわざ自分の破滅するルートを選ぶきみの気が知れないよ」
呆れたようにいって、ロキはパタリとしっぽをふりおろした。
無視してオペラグラスをのぞきこんだわたしは、そこにキャラメルみたいにあまくてやわらかそうな色の髪をみつけて歓声をあげた。
「来た、今度こそ」
ロキは黙って目を細めた。
さすがはヒロイン。ただ歩いてるだけで絵になる愛らしさ。髪とおなじキャラメル色の瞳は小動物みたいに大きくてものめずらしそうにくるくると周囲を見回している。
「どうしよう、なんとかしてアルトゥールを連れ戻さないと」
すっかり小さくなった弟の影を追いかけてひとりごちる。そこでわたしはとんでもないことに気がついた。
「ちょっと待って、エルフリーデの後ろから歩いてきてるあれって……」
「殿下だね」
ここで会ったが百年目、わたしの天敵にして婚約者、王太子ジークフリート殿下である。
きさくで、やさしくて、気遣いができて、それでいてときおりのぞかせる独善的なところが王者の風格を思わせると男女を問わず熱狂的な支持を集めている。外面をとりつくろうことをおぼえた殿下が、生まれもった容姿を利用して人を魅了したり強烈なカリスマを発揮したりできるようになったのは事実だけど、わたしにはどうにも残念な印象がぬぐえない。やっぱり第一印象って大切なんだなと思う。
「なにやってるの殿下、いつもはこんな早い時間に来ないじゃない」
「こういう日に限って理由もなく早く目が覚めちゃっていつもより早く出たら偶然運命の出会いをしちゃうのはお約束だから」
「うわーん、どうしよう……」
殿下のとなりには側近のクラウス、後ろには護衛のケヴィンが控えている。非常にまずい状況だ。
「どうしよう。早くなんとかしないと」
「きみの頭がどうしようだよ」
ロキが冷たい~~。
わたしが隠れている桜の木の真下、十字路で立ち止まったエルフリーデはキョロキョロと左右をみて首をかしげている。素直で健気でおひとよし、ちょっぴりドジで方向音痴。まさに王道ヒロインだ。
……って、感動してる場合じゃない。
立ち止まっているエルフリーデの後ろから殿下が近づいてくる。
うわーうわーお願いだからそのまま通り過ぎて!
通り過ぎなさい!!
あなたは王太子でイケメンで三拍子も四拍子もそろってるんだからなにもしなくても女の子が寄ってくるでしょ。ふつうの人は「遅刻遅刻~」って走っててもすてきな転校生とぶつかったりしないし「親方、空から女の子が!」もないんだからね。あなたはこれ以上恵まれなくていいんだよ。
わたしのかわいい義妹(予定)に手を出すんじゃない!
「盛り上がってるところ余計なお世話かもしれないけど」
となりに座っていたロキが身を起こし、ぴょんとひとつ上の枝に飛びあがっていった。
「この時期の桜の木にはちょっと気をつけたほうがいいと思う」
「?」
足下のイベントに夢中になっていたわたしはロキのことばに顔を上げた。
目の前になにか黒っぽいものがぶらさがっている。
~~~~毛虫!!
ふらつきそうになる身体をどうにか支える。これでもちゃんと鍛えているのだ……立派な悪役令嬢になるために。
わたしがちょっと目を離したすきにエルフリーデは後からやってきた殿下に気がついたようだった。
「すみません。ちょっとおたずねしたいんですけど――――」
って、なんでそこでケヴィンを選ぶの?
その人モブだよ。まあその三人だったらわたしもケヴィンを選ぶけど。まちがっても殿下には声かけないけど。
エルフリーデに道を教えていたケヴィンがふっと顔を上げた。こっちをみている……気づかれた!
動揺したのがまずかった。ミシリ、すぐ近くで嫌な音がする。次の瞬間、折れた枝といっしょにわたしの身体は真っ逆さまに落ちていた。
「――――っ」
小さくうめき声をあげて手をつく。受け身は失敗したがそこまで運が悪くもなかったらしい。落ちたところはなにかやわらかいものの上だった。
なにかは上に乗ったわたしを抱き起こし、顔にかかる銀色の髪をそっと払いながらささやいた。
「びっくりした。空から天使が降ってきたのかと思ったよ」
瞬間、画面いっぱいに薔薇の花が咲いた。効果音が入る。キラキラキラキラ~。
さすがはメインヒーロー。アップに耐えるビジュアルは素直にすごいと思う。でも寒い。寒すぎる。あいかわらず残念な人だ……。
前言撤回。最悪だ。わたしが落ちたのはよりにもよって殿下の上だった。
「怪我はない……って、なんだおまえか」
わたしは殿下のうえから跳びのいた。
「たいへん失礼いたしました」
「おまえ、いまどこから落ちてきた?」
「申し訳ございません。不幸な事故がありまして」
「いやそれはいいんだが、いったいなにがあったんだ? 空から降ってきたようにみえたんだが……」
サクッと無視したわたしはエルフリーデの姿を探してあたりを見回した。めっちゃ遠くなってる。
そっかそっかケヴィンはちゃんと道を教えてくれたんだね。地味だけどふつうにいい人だもんね。わたしも鑑賞するなら断然アルトゥールだけど現実に結婚するならこういう人がいいと思う。
「殿下。あなたは運命の出会いというものを信じますか?」
「……どうしたんだいきなり」
なぜそこでおまえが赤くなる。
「第一印象は大切ですよね。それが新しい世界ではじめて出会う相手ともなればなおさら」
「……それは、まあ、そうかもしれんが」
わたしはこぶしを強く握った。
ありがとう殿下。あなたのおかげでもう少しがんばってみようと思えました。わたしは彼女を追いかけます。
決意を新たにすると立ち上がって制服についた砂埃を払った。
「ありがとうございました。次からは気をつけます」
「次からって……おい、待て!」
ふりかえらずに走り出した。




