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24. 星のテラス

 しばらくして期末試験の結果が貼り出された。


 めんどうごとに巻きこまれるのはごめんなので、わたしは見に行かなかった。四時限目が終わって食堂へと歩いているとほかのクラスの子たちがこっちをみてなにかしゃべっているのは気づいたけど。あまりいいかんじはしない。


「ほら、あの子」

「中間試験も首席だったんでしょう」

「いつもひとりでいるよね」

「話が合わないんでしょ」


 はっきり聞こえなくても内容はなんとなくわかるものだ。わたしは無になって歩いた。こういうとき、感情が顔に出ないほうでよかったと思う。

 行き先はみんないっしょだから、このまま食堂まで、なんなら食堂でもごいっしょすることになるんだし。


「あ、殿下だ」

「こんにちは」

「こんにちは」


 みんなの話題はいっきにそちらに移った。


「殿下は今回も二位だったんですね。すごいですね」


 そんな声が聞こえた。わたしはひやりとした。中間試験で首席になって逆恨みされたのは忘れない。


「ありがとう。結構がんばったと思うだろ」

「もちろんです!」

「あはは。おれもそう思う。でも、まだまだなんだよなぁ」


 明るい調子で返す声が聞こえて、わたしはやっぱりまだちょっとびっくりした。あの夏の夜以来殿下はずっとこんなかんじだけど、まだまだ慣れないし落ち着かない。いつか癇癪を起こすんじゃないかと見ていてひやひやする。


「やっぱあいつはすごいよな」

「あいつ……ですか?」

「そう。あいつ。……フィーネ!」


 聞こえなかったふりをするべきか、真剣に迷った。迷っているあいだに殿下は小走りに追いついてわたしの肩をたたいた。


「お疲れ。また首席だったんだな」

「……ごきげんよう」


 迷惑ですと顔に書いてやったがそれを読んでくれる人なら苦労はない。殿下はうんざりするわたしのとなりに並んで歩きはじめた。ちょっと気味が悪いくらいにこにこしている。


「いつまでやるおつもりなんですか、これ」


 わたしは殿下の斜め後ろを歩いていたクラウスにたずねた。クラウスは苦笑してわたしのとなりに来ると耳打ちした。


「まあまあ、そう気を削がないで差し上げてください。せっかくやるきになってるんですから」

「やるきって……」

「たいせつなことだと思いますよ。協調性を身に着けるというのは」

「それはだれに向けておっしゃってるんですか」

「だれだと思いますか」


 クラウスはわずかに目を細めた。


「おい、おまえらなに話してるんだよ」

「「とくになにも」」


 声が重なった。わたしはとっさに口もとを押さえた。


「……なんか、なかよくなってないか」

「あなたのご指示でしょう」


 クラウスが呆れたようにいった。


 今日の献立はバゲットにシチューだった。ソーセージにポテトも添えてある。

 まだまだ暑いけど暦のうえでは秋になったのだなぁとシチューのキノコをすくいながら考えていると、カウンターの列のなかに見慣れた姿をみつけてしまった。どれだけ混雑していても、みないようにしようと意識していても、わたしの目は無意識に推しをみつけてしまうらしい。


「どうかしたのか」


 となりに座っていた殿下がわたしの視線に気がついた。ちなみにわたしの向かいにはクラウスが、殿下の向かいにはケヴィンが座っている。殿下はわたしの視線をたどって理解したらしい。


「アルト!」


 弟は殿下をみて、それから殿下のとなりに座っているわたしをみつけて微妙な顔になって、しかたなさそうにトレイを持ってやってきた。


「ジーク、声が大きい」

「あれくらい出さないと聞こえないだろ。混んでるし」

「混んでるんだからわざわざ声をかけなくていいんだよ」


 弟が殿下にタメ口をきいている。


 嘘……。


 いつのまにそんな進展したの!?

 ずるい! わたしは口もきいてもらえないのに!!


「座られますか」

「いえ、ほかを探しますから。ありがとうございます」


 衝撃を受けるわたしには一言もなく、弟はトレイを持って去って行った。声をかけてもらうどころか、目すら合わなかった。うーん、徹底している。

 心なしかまとう雰囲気が以前よりも硬質になって、ちょっと近づきがたいというか、まなざしの冷めたかんじが……。


 わたしは胸を押さえた。


 どうしよう。動悸がする。尊みがすぎて昇天しそうなんですけど。


「食べないのか?」


 語彙をなくしたわたしがうなずくと、殿下はわたしのまえから食べかけの皿を取って食べはじめた。キノコのシチューがみるみる減っていく。グリーンピースも残ってない。


 ああ、そっか、殿下は好き嫌いとかないんだ。


 わたしは胸もとをつかむ手に力をこめた。

 なんだろう。心のおくにすきまかぜが吹いて、虫歯みたいにしみている。


「フィーネ。……フィーネ?」


 呼ぶ声に顔をあげると、深紅の瞳がわたしをのぞきこんでいた。


「どうしたんだ、おまえいつもよりおかしいぞ」

「いつもよりは余計です」


 反射で返すと殿下は目をみはった。


「おかしいのはみとめるのか!?」


 ほんっとうに失礼な人だなぁ。

 わたしが無言でにらみつけると殿下はいいわけがましくぼやいた。


「あー……いやー……その、なんだ。なにかなやんでることがあるなら話を聞くくらいはできるぞ」

「弱みをにぎろうとしてもむだです」

「かわいくないやつだな。べつに言いふらしたりしない。おまえには借りがあるからな」


 わたしはポケットに入れっぱなしのタイピンを思い出してためいきをついた。この人は思っていたよりもずいぶんと義理堅い。


「お気遣いも無用です」

「そういうわけじゃない。おれたちは友達だろう」

「友達……」

「なんなんだその反応は」


 不満そうな殿下を無視してわたしはクラウスにたずねた。


「すみません、辞書をお持ちではありませんか」

「もうしわけありません。教室に置いてきました」

「いえ、いいんです。わたくしも置いてきてしまいましたから」

「辞書なんかなんに使うんだ」

「いえ、わたくし友達という単語の意味を誤解していたようなきがして……」


 殿下の顔が赤くなった。すかさずクラウスが口をはさむ。


「殿下、女性に友達というのはあまりうまいことばの選び方ではありませんよ」


 ちがう、そうじゃない。


「そうだ。いまので思い出した、話があるんだ。今夜あいてるか?」

「いまお聞きしますが」

「できれば人に聞かれないほうがいい」


 ……それ、絶対にろくな話じゃないですよね?




 講堂の屋上は生徒たちのあいだで『星のテラス』と呼ばれる天体観測にはうってつけのスポットだ。もっとも、ここが人気なのは天体観測のためではなく、告白のシチュエーションとしてなんだけど。いくつかのイベントがここを舞台に発生することになっている。


 空にはいちばん星がひかっていた。


 三百六十度さえぎるもののない空は藍色からすみれ色、淡いなでしこ色へとグラデーションを描いている。こうして見上げているあいだにも刻一刻と深さをましていく青。みるみる群青の夜空へと色をかえていく。

 星のテラスの名にしおう幻想的な光景だ。


「王都でもそれなりにみえるものなんだな」


 それはどことくらべて?

 あちこちにあるという離宮だろうか。

 いつのまにか空はすっかり夜の色をまとっていて、満天の星空のしたに立つ殿下はさすがに絵になっている。

 こうやっていつも黙ってたらいいのに。


「あのな、婚約の件なんだけど」


 ……黙ってたらいいのに。


 ……黙ってたらいいのに。


 重要なことだから何度でもくりかえします。




_人人人人人人人人人人人人_

> 黙ってたらいいのに。 <

 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄




「嫌だったらおれから断ったことにするからいってくれ」


 わたしは思わず殿下の顔を二度見した。


「いいんですか?」


 上が決めたってことは、ひっくりかえせばこの人にもそれなりのペナルティが発生するはずだ。


「よくはないけどな。おまえは権力には興味がなさそうだから、巻きこむのはよくないと思って。不自由なく暮らさせてもらっておいて言うことじゃないけど、そんなにいいもんじゃない。何回か死にかけたし」


 それ、じゅうぶん不自由だと思うんですけど。


「だから性格が歪んでるんですね」


 皮肉だったけど殿下は真顔でうなずいた。


「ああ。おまえみたいになんでもかんでも涼しい顔でやってのけて、他人の評価なんてどうでもいいって思ってるようなやつは大嫌いだ」


 わたしは殿下の手をみた。考えてみれば、わたしが転生チートとして持って生まれたものをこの人は努力で手に入れてきたわけだから、そりゃあおもしろくないだろう。当然だ。


「表向き王子はおれひとりってことになってるけど、実際は何人かいるからな。おれについたらおまえはそいつらをみんな敵に回すことになる」


 それから殿下はなにか続けようとして逡巡したあと、結局は黙りこんでしまった。

 すこし考える。


「いいですよ、べつに」

「え?」

「権力に興味があるわけじゃないですけど、殿下に泥を被ってもらおうとは思いません。それだと例の貸しの代償としては大きすぎますから」

「……どうしたんだ? 十一を主張してたやつのことばとも思えないが」


 どうしてだろう。でも、わたしはこの人のことが以前ほど嫌いじゃない。好きでもないけど。


「破棄するのは自分でやります。そうですね……高等部を卒業するあたりに」

「まあ、どうせ次を押し付けられるだろうから、時間を稼いでくれるのはありがたいんだが。……ほんとうにどうしたんだ? なにかの罠じゃないだろうな」

「罠ですよ」


 深紅の瞳がまじまじとわたしをみる。


「冗談です」

「じょっ……」

「というかんじで、殿下の遊び方がわかってきたので、もうしばらく遊んでみるのも悪くないかな、と」

「…………」


 うん。やっぱり黙ってたら悪くないんだよね。アルトとちょっと似ているし。

 個人的な趣味からは微妙にずれているけれど完璧であることは否定しようもないビジュアルをまえに苦笑する。


「そのかわり、条件がふたつあります」


 殿下はいっきに警戒するかおになった。


「ひとつ。先程ももうしあげたように、この婚約は高等部を卒業するときに破棄すること」

「それはかまわないが、理由はどうするんだ。へたを打つとおまえはこのさき一生結婚できなくなるぞ」

「わたくしはかまいません。実家で弟のかおをながめながら暮らすことができればそれがいちばんのしあわせです」

「やめてやれ。アルトまで結婚できなくなるから」


 うーん……。これ以上ない理想的な状況なんだけど、わたしとしても最愛の弟の負担になってしまうのは本意ではない。


「それでは近親婚ということにしましょう」

「ماذا تقول بحق الأرض……!?」


 何語だよ。


「お、おまえまさか……あいつと結婚するつもりなのか!?」

「おっしゃっている意味がわかりかねるのですが」

「えーっと、おまえが知ってて冗談でいってるならいいんだが、いちおう……あのな、教会法で禁止されている十六親等までの婚姻のうち、三親等までなら特別許可証でなんとかなるが、姉弟は二親等なんだぞ」

「ええ、ですからわたくしと殿下は十五親等の近親婚に相当します。これを理由に婚約破棄することにしましょう」

「…………」


 国教会のおしえは信徒の近親婚を禁じており、十六親等以内の婚姻がそれに相当する。

 しかし、王侯貴族というものはたいていおなじ階級の者同士で婚姻したがるものである。

 すくなからぬ数の結婚が十六親等以内にあたるため、これを指摘された場合、教会に申し出て特別許可証を手に入れるという抜け道が用意されている。

 これを逆手にとってあえて親等を確認せずに結婚し、「確認してみたら教会法が禁じる近親婚だったから」というのは、結婚したあとでうまくいかなかった夫婦が穏便に離縁するときの常套句だった。


「十五親等とか、ほとんど他人じゃないか」


 貴族にとって家系図は幼少期から叩きこまれる重要な知識だが、さすがの殿下もそこまで細かいところは把握できていなかったらしい。


「侯爵が特別許可証を申請して終わりだろ」

「わたくしは敬虔な国教会の信徒でございます。おしえで禁じられている婚姻を結ぶくらいでしたら修道院に入って生涯を祈りにささげます」

「夏至の日に肉食する敬虔な信徒がいてたまるか」


 なんで知ってるの!?

 ……弟か。弟だな。


「とにかく、わたくしは敬虔な信徒なのです。お疑いとあらば証を立てるため修道院に入ることも辞しません」

「まあいい。ふたつめをいってみろ」


 わたしはひとつまたたきしていった。


「ふたつ。婚約破棄したあと、わたくしを絞首刑にしたり首縊りにしたりギロチンにかけたりしないこと」

「ぜんぶいっしょじゃないか!?」

「ちがいます」

「いやいい、そこのちがいは説明してくれなくていい」

「追放くらいならかまいませんが、暗殺はかんべん願いたいものですね」

「おまえはこれからなにをやるつもりなんだ!?」


 そんな恐れおののかなくても。

 ジークルートのバッドエンドみたいなことするつもりはないですよ? 皆殺しってやるほうもそれなりの熱意が必要になるわけだし。


「わかった。その条件でいい」


 そういって、殿下はひざまずいてわたしの手を取った。不意打ちに反応できないでいるうちに、指先にくちびるが落とされる。


「この星に誓って」


 決まり文句をくちびるにのせる。

 待って、待って、これってジークルートのグッドエンド直前のワンシーンでは。

 なんでここで……!?


 ……落ち着こう。落ち着いて素数を数えるんだ。


 深呼吸して素数を数えていると、動揺は徐々におさまってきた。


「指輪はこちらで作らせようと思ってるんだが、かまわないか。このみがあったら教えてほしい」

「必要ありません」


 いってから、さすがに素気なさすぎるかと思い補足する。


「これからサイズもかわると思いますし、手形はすでにいただしておりますから」

「おまえがそれでいいなら無理にとはいわないが……せめてみえるようにしておけ」


 わたしが取り出してみせたタイピンを、殿下はわたしの胸ポケットにつけた。

 小さな柘榴石はみつめるまなざしとおなじ深紅の色。


 見上げれば空に月はなく、満天の星だけがわたしたちをみていた。














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