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14. 武闘会の後日談

 一年後、おれは王立学院附属中学校に入学した。

 入学式で総代としてあいさつしたのはあいつだった。入学試験で主席だったらしい。おれはその他大勢として着席したまま壇上のあいつをにらみつけ雪辱を誓った。

 式が終わったあとでとなりにいたクラウスがいった。


「驚きました。殿下があの長いあいさつをちゃんと最後まで聞いていらっしゃるようでしたので。ふだんからそうしてくださったら、私の胃痛も減ると思うのですが」

「おまえ、ディートリヒと入れ替えるぞ」


 クラウスが一見神妙ながらうれしそうな顔をしたので、おれは人事異動を断念した。


 そして迎えた中間試験、主席はまたもあいつだった。

 おれは紙人形にあいつの名前を書いて釘で打った。クラウスがいうには東方に伝わるまじないの一種らしい。

 真偽のほどはさだかではないが、何十本も打ちつけた結果、おれは最小限の労力で紙人形が原型をとどめなくなるまでびっしりとすきまなく釘を打ちつける方法を習得した。なんの役に立つのかはこれから考えることにしよう。


 クラスの女子を言いくるめて偵察にやったが、あいつは昼休みも放課後もひとり図書館で勉強していることが多いらしい。ギゼラとも親しくしているようだったので、熟考のすえクラウスを投入することにした。


「と、いうわけで。クラウス、おまえはしばらくあいつを張っていろ」

「……そういうの、犯罪っていいませんか」

「いちいち気にしてたら間諜なんて務まらないだろ」

「間諜は侍従長からおうかがいした業務内容には含まれないのですが」

「そうか、それならしかたない。おれが行ってくるからおまえは代わりにおれの宿題をやっておけ」

「……私が行きます」


 クラウスはケヴィンにおれから目を離すなときつく言いつけて出て行った。やっぱり入れ替えてやろうかと思ったが、クラウス以上のパフォーマンスを期待できそうなやつが思いあたらなかったので断念した。


 期末試験は中間試験のとき以上に限界まで勉強量を増やして臨んだ。

 まあ悪くなかったかなと思いながら、次にやってきた武術大会でおれはあいつによってボコボコに叩きのめされることになる。




 初戦であからさまに手を抜かれ、おれが一度キレてからは試合は平穏に、かつ順調に進んでいった。


 手加減されてるんだろうなとは思っていた。

 周囲がどう思ってるのか知らないが、そのくらいのこともわからないほど莫迦ではないつもりだ。おれの実力はせいぜいクラウスよりはまし程度だろう。おれが手を抜くとキレるのを知っていてあれなので、たぶんクラウスはほんきで弱い。つまり、あれよりましでも誇れない。


 不自然なほど順調に勝ち進み、出てきたのはあいつの弟だった。


 相対してすぐに?と思った。


 一年前と印象がちがう。なんというか、おどおどしたところがなくなって静かに凪いだ目をしていた。これは期待できるかと思ったのに、こいつもあっさり勝負を放棄しようとした。

 最初の一本を取ってしまったのは計算違いだったのだろう。表情でわかる。


 ……どいつもこいつも人を莫迦にしやがって!


 無性に腹が立った。

 それでも、二試合目で倒れるのをみたときは、さすがにまずかったなとは思ったのだ。ああいう歩き方は以前にもみたことがある。たぶん折れている。


「悪い……」


 近づこうとすると目だけで拒否された。

 だから、怪我をしたあとも続けろといったのは完全な八つ当たりだ。まさかそのあとにあいつが出てくるとは思っていなかったのだ。……あまつさえ、全校生徒のまえで公開処刑されるとは。


 あいつが帰ったあとで医務室を訪ねると、案の定アルトゥールの左足は折れていた。

 謝罪するおれのことばを淡々と受けて、むしろ彼は姉の非礼のほうをしきりに詫びていた。


「大変もうしわけありませんでした。姉はあくまでも俺の代役です。結果はすべて俺に責任があります」

「責任というか……あいつに問題はないだろう」


 強いほうが勝った。それだけだ。


「あいつが出ることになった経緯だって、客観的にみておれのほうに非があるのは明らかだからな。悪かった」

「いえ」


 アルトゥールはもともと口数が多くないらしく、会話はあっさりと途切れた。

 おれも話すのが得意なほうじゃない。

 結局、共通の話題を求めるとあいつのことしか浮かばなかった。


「あいつは……ほんとうに強いんだな」

「そうですね」


 姉の話になると、かたくなだったアルトゥールの雰囲気が少しだけやわらかくなった。


「俺に剣を教えてくれたのも姉上ですから」


 わずかに目を細める。


 このときの会話からわかったことがあるとすれば、この姉弟はふたりそろって周囲はおろか自分のことにすら無関心で、お互いのことにしか興味がないらしいということだった。






「その……なんだ。このまえは悪かったな」


 おれはあいつの目を見ずに切り出した。

 あいつが顔をあげておれを視た。

 おれは目をそらした。


「お心にもないことをおっしゃるのはおやめください。かえって失礼かと存じます」

「おーまーえーはああぁぁ……っ」


 咄嗟に叫びそうになったが、それでも理性を総動員して押さえこんだ。

 どうしてこいつはいつもこうなんだ。


「マルガレーテ殿下ですか? それとも……ギゼラさまですか?」


 ……悔しいことに図星だった。

 おれはくちびるをきつく噛みこぶしを握りしめた。

 姉に物理でやられたのはともかくとして、ギゼラのはきつかった。わかってやっているのだろう。中学生にもなって小さなこどもにするようにやさしくていねいに噛み砕いて諭される精神的ダメージは計り知れない。


「おまえ、ほんとうにあいつに気に入られてるんだな……」

「ご心配なさらずとも、わたくしは殿下の数々の失礼な発言をいちいちギゼラさまに言いつけたりはいたしません。そこまでひまでもありませんし」


 今日も今日とてゼラフィーネ・シュヴァルツヘルツは平常運転だ。

 このおれが謝っているというのに。表情ひとつ変えやしない。こいつ、氷かなにかでできてるんじゃないだろうか。


「……調子にのるんじゃない」

「事実を端的に申し上げただけです。いまの発言からして典型的な悪役のせりふですし、殿下はもう少し語彙を増やされたほうがよろしいかと」


 まったく、ああ言えばこう言う。


「……不敬罪だぞ」

「僭越ながら、そのようなところがギゼラさまのお気に召さないのではないでしょうか」


 おれはテーブルにつっぷした。


 どうしてこう、こいつにはなにをいっても響かないんだろう。

 これまでおれの周囲にいたやつは、良かれ悪しかれおれに対してなんらかの感情を持っていた。純粋に好意を寄せてくれる者もいれば、うらやむ者、ねたむ者、なかにはわざと聞こえるように陰口を叩く者までいた。

 けれど、ここまでおれに無関心なやつはいなかった。


 おれは無力感に苛まれた。


「……悪かった、と、思ってはいるんだ。…………謝罪する」


 おれは頭を下げた。ひたいがテーブルにつくくらいまで深く。


「それは謝罪をするという宣言であって謝罪のことばではありません」


 ……もうやだこいつ。


 なにかが限界を超えた。


「だから悪かったと言ってるだろう! おまえはほんっとうに嫌なやつだな!!」


 こぶしをふりまわしわめくおれの大声に離れたテーブルに座っていた生徒たちがそそくさと席を立ちはじめる。

 ぶちまけるだけぶちまけて手付かずだったケーキを口に運びはじめると、それまで無表情だったシュヴァルツヘルツがわずかに表情らしきものを浮かべていた。なんだろう。微笑……と、とれなくもなくもなくもないような。

 ことばは無意識にこぼれていた。


「おまえ、そういう顔もできるんだな」

「……?」

「ふつうにみえる」


 …………微笑らしきものは一瞬で消えた。











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