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12. たのしい武闘会

 わたしが剣を持ってリングに上がると観客席がざわめいた。

 反対側から殿下が出てきたが、とまどうというよりは不機嫌そうな顔をしている。


「おまえが代役なのか」


 暗に女では勝負にならないと言いたいらしい。たしかに、女の子に勝ったところであまり自慢にはならないだろうけど。


「ご不満がおありでしたらどうぞご遠慮なくおっしゃってください。ここまで勝ちあがっていらした殿下となんの競技にも出場していないわたくしとでは不公平ですから」


 親切心から疲労のないわたしのほうが有利だと教えてあげたのだが、殿下は挑発と取ったらしい。当然だ。女にハンデをやろうと言われたわけだから。


「後悔するなよ」

「心得ております」


 手のなかの重みを確かめる。

 軽くふってなじませてから基本の構えを取った。


 太陽がまぶしい。

 さわやかな、というには少々日差しの強い初夏の青空のした。

 すっと身体を沈みこませると簡単にしばっただけの銀の髪がゆれてサラサラと散った。


 試合開始のトランペットと同時にあざやかな緑色の風がいきおいよく通りぬけていく。

 その風に乗るようにして跳びだした。


 だいじょうぶ。

 風はわたしに吹いている。

 そして……光も。


 最初の一歩で太陽を背中に位置をとった。

 風になびく銀の髪からキラキラと反射光があふれる。

 殿下がまぶしそうに目を細める。


 ただ力があるだけでは勝てない。

 自分をみつめ特性を理解すること。相手を観察し弱点をみつけること。それらを組み合わせて戦略を練ること。


 いける。


 斬りかかってきた剣の勢いを殺さぬまま軽く払い、返す刃で次の一撃を受け止める。

 流して、避けて、受けて払って。


「おまえ……少しは自分からかかってこい!」


 わたしは黙ってまた払った。

 殿下はあからさまにむっとした。

 こういう単純なところがそのまま弱点になっているのだが、自覚はまるでないらしい。

 剣戟をくりかえすうち、殿下のクセはほとんど読めた。


「いいかげんに……」


 ひときわ強い風がふいた、その瞬間にわたしは殿下の懐に跳びこんだ。


 トランペットが鳴った。


 殿下が地面にひざをついたそのとき、わたしの剣は殿下の首に触れていた。


 観客席で悲鳴があがる。

 数拍の後、グラウンドは阿鼻叫喚となっていた。


 なにが起こったのかわからない、という困惑の表情はみるみる色を失い凍りつく。

 殿下の顔が白くなっていくのにつれて、わたしの頭もだんだんと冷静になっていった。


 ……どうしよう。とんでもないことをしてしまったかもしれない。


 わたしが斬り捨てられるのはいいとして、アルトゥールにまで類が及んだらどうしよう。

 それにわたしが消えたら修正できなかったアルトゥールも消えて……そこまで乖離したら、たぶん世界ごとリセットされてロキはまた最初からやりなおしになってしまう。


 剣をおろしたわたしたちのもとに駆けてきたのはギゼラさまだった。

 教師も実行委員も押しのけてわたしの手を取ると、


「すごいわ、ゼラ! あなたが優勝よ!!」


 だれかが異を唱えるまえにと高らかに宣言する。


「そうよね、ジークさま?」

「ああ……」


 殿下は呆然とうなずいた。

 ギゼラさまの後ろから悠然と歩いてきたマルガレーテ殿下は、うなだれる弟をみてニヤリとしか表現しようのない愉快そうな笑みを浮かべた。髪に結んでいたロイヤルブルーのリボンを抜きとると、わたしの手首にしっかりと結ぶ。


「勝者ゼラフィーネ・シュヴァルツヘルツに栄光と祝福を」


 そのことばに、とまどっていた委員たちが動きだす。

 本来なら彼らが仕切らなければならないのだが、たかだか上級生というだけで殿下の敗北を宣告しろというのは酷だろう。

 すべて心得たマルガレーテ殿下とギゼラさまはにこやかな笑顔で殿下を引きずって退場していった。


 残されたわたしは形だけ景品を受け取って医務室に向かった。

 弟の左足にはギプスが装着されていた。一か月はこのままらしい。今日は保健医の先生も忙しいらしく、わたしと入れ替わりに出て行ってしまった。


「姉上、ご迷惑をおかけしてしまいもうしわけありません」

「べつに。たいした手間でもなかったし」


 小さくなる弟に剣を返し、椅子をひっぱってきて腰をおろす。


「まあ、負ける前提でいけばそうかもしれませんが、姉上の場合てきとうにやると勝ってしまうおそれがありますから……」

「勝ったけど」

「……はい?」


 アルトゥールの手から剣が落ちる。

 わたしはためいきをついて拾い上げた。いくら木製の練習用だからって、武器をそういう扱いしたらダメだってば。せっかく見直したところだったのに。


「勝ちました。もちろんうっかりじゃなくて、勝つつもりで挑んで、目標どおりに勝利しました」


 弟は目をみはった。


「あの、姉上……」

「ごめんね。太陽がまぶしかったから」


 弟は黙りこんだ。

 うつむいた瞳がゆれている。寄る辺ない青にはハッと胸を衝くものがあった。


「……知りませんよ、どうなっても」

「だいじょうぶ。責任はわたしが取るから。だいたいみんながそうやってあまやかすからつけあがるのよ。強いほうが勝った。それだけのことでしょう」


 わたしは青玉の瞳をのぞきこみほほえんだ。


「だいじょうぶ。絶対にだいじょうぶよ。殿下は単純だもの。女の子にこてんぱんにされたショックで最初に一本取られたことなんて忘れてるはずだから」

「姉上……」


 アルトゥールが顔を上げた。

 伸ばされた手を取ると、ぐいと強く引かれる。とっさにふり払おうとして、相手が怪我をしていることを思い出し、ためらったところでそのままバランスを崩して前のめりに倒れこんだ。やわらかい感触にあわててたずねる。


「ちょっ……だいじょうぶ?」


 下敷きにしてしまった……この子は骨折してるのに。


「そこで俺の心配をするところが姉上ですね」


 つぶやいて、弟はわたしを抱きしめた。


「どうしたの?」

「べつに」


 なんでもありません、と続けられたことばが空気に溶けていく。


 医務室の薬品の臭いに混じって汗と石鹸がほのかに香る。

 身じろぎするとベッドの軋む音がやけに大きく響いた。

 部屋のなかは薄暗く、太陽さえもカーテンの影に隠れている。


 わたしたちはふたりきりだった。


 距離、近くない……?


 間近にみる推しのアップに呼吸が止まりそうなんですけど。

 肌きれい……。

 まつげ長い……。

 しかもここまで拡大しても画像が粗くない! 画素数いくらですか!?


 語彙をなくしてただただ尊いをくりかえすわたしのまえで、弟はリネンに散らばった銀色の髪をすくい、くるくると指に絡めて遊んでいる。


 ……やっぱり気になるよね、この縦ロール。

 わたしも最初のころメイドさんが巻いてくれるのをみながら感心してたんだけど、最近ではすっかりくせがついちゃったのか、洗ったあと乾かしたら自然にくるくるになってるのだ。どういう仕組みなんだろう。

 そういえば、妹もわたしの髪で遊ぶのが好きだったな。将来は美容師さんになりたいのって言って、よく左右ばらばらの編み込みにしてくれた。結衣、いまごろなにしてるかな……。


 運動して疲れていたせいか、そんなことを考えているうちに眠ってしまっていた。




 それから、弟はまた少し冷たくなった。










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