11. たのしい武闘会
気のせいだろうか、このところなんだか弟が冷たい気がする。
わたしがいじめようとしているときには近づいてくるのに、なにもしていないときに限って避けられるのはいったいなんなんだろう……。
「そういうところだよ。きみは深く考えずに素のままでいるほうがいい仕事ができる」
「……今度は屋上から飛びたい?」
「ほら。いまナチュラルにSな発言が……わーわーわーわーごめんなさいもう言いませんっ!!」
期末試験が終わり、一学期の最後は武術大会だった。
体育祭を意識したイベントで、クラスメイトや先輩後輩との交流を目的に設定されているものと思われるが、わたしはあいかわらずのぼっち。
学級委員の義務として点呼を取ったあとは、校庭のすみっこにロキとふたり並んで座りこみ、グラウンドではしゃぎまわっている生徒たちをながめながらまったりくつろいでいた。
一応は体操服にスニーカーという格好だけど、自慢の銀髪は縦ロールだしペットの黒猫は連れているしで体育祭らしさはあまりない。
というか、この世界観にこの体操服ってどうなの。
ゲームにつっこんじゃダメなんだろうけど……。
競技内容はもうちょっと考慮されていて、弓だの槍だのの試合がメインだ。ビジュアルもそれなりにかっこいい。
よかった。これで仮装リレーとかやられたら目も当てられない。
「むしろふつうに走ってるだけで仮装リレーじゃない?」
「どこが」
「きみの縦ロールとか……」
わたしはロキのしっぽをむんずとつかんだ。
こいつの辞書に反省の文字はないらしい。
「どうしてきみはこれを自分の弟にできないかなぁ」
つかまれたしっぽを取り返し、花壇にひらりと飛び乗ってぺろぺろと毛繕いをしながらロキはぼやいた。
「だって推しだもん」
あんなにもかわいくて尊いアルトゥールをほんきでいじめられたら苦労はない。
グラウンドのまんなかでは本日のメインであるフリースタイルのトーナメントが行われていた。
得物は基本的に自由。木製であること、規定の重量に収まっていることなど大惨事にならないための条件はいくつかあるが、そもそもの競技ルールが剣を前提として設定されているため剣を選ぶ生徒が多い。
たまに斧とか出てくると目新しさもあって盛り上がる。
いまはちょうど斧VS剣の試合をやっていて、斧のほうが振りが手になじんでいるようにみえたけれど、相手に怪我をさせないようにするのに気を遣うのか、どうにも踏みこみが難しそうだ。距離があるときの動きはいいかんじなのに。
勝負あったな、と思ってみると名前を呼ばれたのは殿下だった。
……それはたしかに気を遣う。
わたしは斧の遣い手に同情した。
敗者はひざをついて礼を取ったが、殿下の態度はそっけないものだった。
遠すぎて声までは聞こえないけれど、視線がすぐによそを向いてしまったのはみてわかった。殿下は観客席のなかの、それも高等部の生徒がかたまっているあたりを気にしていた。今日は高等部も授業がない日なのだ。
中学生の体育祭なんかみたところでおもしろくないと思うんだけど、王太子殿下を堂々と鑑賞できる機会とあって観客席には女子が鈴なりになっていた。
なんだかなぁ。
殿下は腐っても王太子なので、年下だろうが俺様だろうがかまわないという女子は多い。なんならそれがいいと言い切る猛者まで存在する。
殿下もあのなかから選んでくれたらみんなが平和になれるのに……。
そしてその子がわたしのかわりに悪役令嬢をやってくれたらわたしも思い残すことはないのに……。
わたしがロキと無駄話に興じているあいだにも勝ち抜き戦は進み、次は一年生の部の最終戦。
最終戦は三回勝負で行われる。
トランペットが鳴り、出てきたのはアルトゥールだった。
「さすが……」
思わずこぼすと、ロキはぴょんと降りてきてわたしのひざに収まった。
「きみの弟は強くなったよね。このあいだの授業をみてたけど、クラスで二番目か三番目ってところかな」
アルトゥールはほんとうに強くなった。最後に対戦したのは春休みだけど、わたしとほとんど互角くらいになっていた。……そう、わたしはこれでも強いのだ。
中学一年生なら男女の体格差はギリギリ。男子のなかでも成長の早い子は女子ではとても相手にならないくらいガタイがいいけれど、わたしの技術は紙一重の差でそれを上回っている。
授業のたびに畏怖の目でみられるのはいい気分ではないけれど、わたしは強くならないといけないのだ。……いくつかのルートで必要とされる能力なので。
さすがに来年あたりには男子には勝てなくなってるだろうから、いいかげん取り巻きを作る努力をするべきかもしれないんだけど。
「さて、相手は……って、あれ?」
殿下だった。
「うわぁ……だれも殿下のこと負かせられなかったんだね」
先程の試合を観戦した感想としては、殿下の実力はせいぜい中の上。というか、護衛が警護対象よりも弱いとお話にならないので、少なくともケヴィンは殿下より強いはず。
……本編では最強だったんだけどなぁ。
あの描写はたんなる演出だったか、あるいは貴族社会の深い闇を抉りだすものだったのか……。
「やっぱり出場したくない子が多かったんじゃない?」
「ああ……じゃんけんで負けた子とかくじ引きで負けた子とかが泣きながら出るはめになったわけね」
「くじすら引かなかったきみにはいわれたくないと思う」
引かなかったんじゃない。人数が足りないところは話し合いで決めるのでくじ引きはしなくていいですと言われたのだ。うちのクラスの体育委員はたいへんよくできた子だ。
ロキの嫌みを華麗にスルーして、わたしはアルトゥールをみた。
クラスで二番目か三番目なら余裕で勝てるだろうけど。
動きをみていると、たしかに以前と比較して格段にうまくなっている。
見直すと同時に、かえって不安になってくる。
……だいじょうぶかな、あの子。勝っちゃダメってことくらいはさすがにわかってると思うんだけど。
うまいといっても中学生。さりげなく手加減するなんて小細工は難しい。かといって、あからさまに手を抜くとかえって殿下の機嫌を損ねることになるのは序盤でうちのクラスの男子が証明してしまっている。
不安は的中した。
思いきりふりかぶって突っこんできたきた殿下から反射で身を護ろうとし、アルトゥールはとっさの一撃で一本取ってしまった。
「どうしよう……」
このままだと姉弟そろって殿下にマークされてしまう。
とっさに殿下の視線を追いかけたわたしは、観客席のなかにギゼラさまの顔をみつけて卒倒しそうになった。
これはまずい。
絶対にまずい。
いますぐ棄権するべきだ。
ギゼラさまの目の前で勝ってしまったら殿下はきっと許してくれない。
アルトゥールもおなじことを思っていたらしい。
打ちこんでくる殿下の剣をせいいっぱい流しているようにみせかけて、さりげなくリングのはしへと後退していくが、最初に一本取られてしまった殿下は平和的に勝ちを譲られることを許してはくれなかった。
淡々と受けるだけのアルトゥールに苛立ったように、ほとんどやみくもに突いてくる。
殿下がひときわ大きくふりかぶった。
ここで打ち返さなければ怪我をする……けれど打ち返したら相手に怪我をさせてしまう。
アルトゥールは自分から剣を離した。
キン、と木製とも思えない鋭い音がして、アルトゥールの手から剣が弾けとんだ。
青ざめた表情と立ち上がろうとして左足をかばうようすでわかった。
……いま、足を痛めた。
わたしはとっさに立ち上がっていた。
「手を出さないほうがいいと思うよ」
「無理。わたし、やっぱり、あの子のことを放っておけない」
「いじわるな姉はどうなったのさ。いじめることはできなくても、助けに行かないくらいはできるでしょ」
「できないよ」
靴紐をしっかりと結びなおし、わたしは走り出した。
グラウンドに着いたとき、アルトゥールはクラスメイトに肩を借りてどうにかシートに腰をおろすところだった。
「だいじょうぶ!?」
「姉上……」
わたしは屈みこんでジャージの裾をめくった。足首が腫れあがって熱をもっている。手を触れると弟ははっとしたように払った。
「だいじょうぶですから」
「そんなわけないでしょう。すぐに冷やさないと」
「でも、まだあと一戦残っていますから」
「なに莫迦なこといってるの」
わたしはピシャリと叱りつけた。
「いくら殿下だって、この状態で続けようとはおっしゃらないでしょう」
リングの反対側をみれば殿下がクラスメイトに囲まれてなにかもめている。クラウスがなにか言い募っているようだが、表情をみればいい流れでないのはわかった。どうやら要領がよさそうにみえる彼も殿下には手を焼いているらしい。
ほどなくしてクラウスがやってきた。
「怪我の状態はいかがですか」
わたしはクラウスをにらみつけた。
「どういう意味でしょうか」
彼は肩をすくめた。
「殿下は手当が終わるまでお待ちになるとおっしゃっておられます」
……なにを言っているのかわからない。
「続けるおつもりなのですか? この状態で?」
「このようなお願いをするのはたいへん恐縮なのですが、代役を立てていただけると助かります。そのほうが説得しやすいので。棄権されると引き分けになりますから」
最初に一本取ってしまったからだ。殿下はどうしても自分の勝ちで終わらないと納得できないらしい。
プツンと、なにかが切れる音がした。
「クラウスさまが出られたらよろしいのではないでしょうか」
「さすがにそれは」
わたしはアルトゥールに付いていた男の子をみたが、気の毒な彼は青ざめた顔でぶんぶんと首を横にふった。
「いいんです、俺が出ますから。すぐに決着がつくでしょうし」
「莫迦なことをいわないで」
わたしは男の子にアルトゥールを医務室に連れて行くよういいつけ、弟が握ったままだった剣を取り上げた。思ったより軽い。競技規定に木製であること、規定の重量に収まっていることという項目があったことに感謝する。これならわたしでも扱える。
「代役はだれでもかまわないのですね?」
「ええ、まあ、こちらとしては殿下さえ納得していただけるならどなたでも」
「クラスがちがっていても?」
「先生方は、本音では『棄権のため引き分け』で終わりにするべきとお考えのようですから……まるく収まるなら、なんでも、と」
責任放棄じゃないの……。
「わかりました」
「あの、姉上……」
「だいじょうぶ。お姉さまを信じなさい」
わたしはいつもの無表情がいっそう冷たくみえる声で淡々と宣言した。
「わたくしが代わりに出ます」
……あの殿下、絶対に許さない。




