10. 中学生になりました
「もうしわけありません、遅くなりました」
教室のドアを開けると委員はまだ半分くらいしか集まっていなかった。
「遅くなんてないわよ。あいかわらずまじめね」
おくのほうに座っていたギゼラさまが出迎えて席に案内してくれる。
彼女も学級委員だったらしい。今日の集まりは秋に行われる学園祭のための打ち合わせで、このあとも何度か集まることになっていたから、ギゼラさまがいっしょなのは心強い。
「あなたが学級委員だなんて意外……でもないかしらね。なにしろ主席だもの」
「お察しのとおり成績順でのご指名です。性格的に向いているとは思えないのですが」
「そう? やってみなくてはわからないのではなくて」
ギゼラさまはころころと笑って近くにいた男の子を呼びよせた。
「この子も中等部の一年生なの。クラウスよ」
背が高くおとなびた雰囲気で、理知的な顔立ちに縁なし眼鏡をかけている。
暗い灰色の髪に緑の瞳。
目立つタイプではないが秀麗に整った顔をみてすぐにわかった。昼に食堂で殿下といっしょにいたご学友のひとりだ。
『エルフリーデ』攻略対象のひとり。殿下のおさななじみにして側近だ。
彼のクラスは殿下のクラスだ。
うちのクラスが暮らしやすいかはさておき、殿下がいるクラスの学級委員ってめちゃくちゃやりづらいだろうなと同情する。
というか、やりづらいからこそご学友である彼が引き受ける羽目になったんだろう。
「はじめまして」
差し出された手をにぎるとクラウスは薄くほほえんだ。
「あなたが話題のゼラさまですね」
「話題の……とはどういう意味でしょうか」
「今日の昼休みはみんなあなたのうわさでもちきりでした。先程もギゼラさまとその話をしていたところです。……ご存じありませんでしたか?」
「うちのクラスは殿下のこと一色だったもので」
「ああ、なるほど。ご本人のまえではうわさにしづらいでしょうね」
わたしは軽く眉を寄せた。
前世の記憶が告げている。こいつは油断ならない。
しかし残念なことに、こいつが腹黒だとわかっていることとそれに対応できることとは別だった。
「新入生代表としてあいさつもされていましたし、昨年のお誕生日会に招待されていた子たちもいますから。あなたのことを知らない生徒はいないでしょう」
「……クラウスさまも来ていらしたんですか」
クラウスはにっこりした。
「たいへんすばらしい演奏でした。また拝聴する機会があることを願ってやみません」
うわぁ、黒い笑み……。
しかも外面を取り繕うということを知っているぶん殿下よりめんどくさい香りがする。
「そろそろはじめましょうか」
ギゼラさまが前に出てプリントを配りはじめた。
わたしは席についてプリントに目を落とす。
クラウスは当然のようにわたしのとなりに腰をおろした。いや、一年生どうしなんだからそれが当然ではあるんだけど。
あんまりお近づきになりたくないな……。なにしろあの殿下のご学友なわけだから。
「それでは手元の資料を確認してください」
議長の男子生徒が学園祭の説明をしているあいだ、わたしはプリントにメモを取りながらふと気配を感じてとなりを盗み見た。
クラウスはさらさらときれいな字でなにか書きつけながら、ときおり教室の後ろのドアを気にしている。
何気なく視線を追いかけたわたしは凍りついた。
ドアを出てすぐのところに殿下が立っていた。
なんでいるの……!?
まさかとは思うがお友達を迎えに来てやったんだろうか。
わざわざ高等部校舎まで?
クラウスはあなたのご学友兼護衛なわけだから本末転倒だと思うんだけど。
よくみれば殿下のとなりにはもうひとりのご学友が立っている。
名前は……たしかケヴィン。そうか、彼が護衛役なのか。
たしかに体型ががっしりしているし眼光鋭く周囲に目を配っている。これなら安心……じゃなくて。
そういうことするような性格だったっけ……?
どうしたの殿下。キャラがぶれまくってますけど。
そこからのわたしは上の空で議長の説明もほとんど頭に入ってこなかった。
幸いなことにガリ勉の習性で聞き流していてもメモだけはちゃんと取れるので後からもう一度読み直そう。
わからないところがあったらギゼラさまにあまえるという手もあるし。
会議がお開きになったところでわたしはプリントを手にギゼラさまのところに飛んでいった。
ギゼラさまのポイントをきちんと書きつけてから並んで教室を出ると、先に出たはずのクラウスが殿下とケヴィンといっしょに待っていた。
……待っていた!?
クラウスを待ってたんじゃないの?
早く帰ってくださいよ……。
「あら、ジークさま。おひさしぶりね」
ギゼラさまは俺様殿下にタメ口をきける猛者だった。
先日の愛称呼びで薄々そうじゃないかとは思ってたけど、実際にまのあたりにすると結構な破壊力だ。
「……ひさしぶりだな、ギゼラ」
なんか、いまちょっと間があった?
わたしは思わず殿下をみて、ギゼラさまをみて、それからクラウスのほうをみた。
心なしか生温かいまなざしをしてる気がする。えーっと……?
「クラウスに用事があってちょっと寄ってみたんだ」
嘘つけ。ちょっと寄ってみるような距離じゃないし終わったら寮に帰ってくるんだからおとなしく待ってればいいでしょうが。
「もう遅いからな。ついでだし寮まで送っていく」
殿下の後ろでケヴィンが一礼した。
うん。うん……。
身分を考えたらわたしたちふたりより殿下のほうがよっぽど危ないと思うんだけど。
ここは一応貴族の子女が通う学校なので、セキュリテイレベルが高くてそこらの不届き者では入りこめないのだ。
紛れこめるとしたら結構な玄人で、玄人はたんなるお嬢さまよりも王族を狙うと思う。
このくらいわからないはずないと思うんだけど、……わざわざ来たんだな。
わたしは選択肢をミスったことを悟った。
こんなことならギゼラさまに話しかけたりせずまっすぐ帰っていればよかった。
翌日の放課後。
図書館で勉強していたわたしはとなりの席に荷物が置かれる気配で手を止めた。
こんなにガラガラなのにわざわざとなりに来るってどういう神経してるんだろう。
顔をあげるとわたしの破滅フラグこと王太子ジークフリート殿下のご学友、クラウスだった。
うわぁ……。
「さすがですね。中間試験が終わったばかりなのに」
「……いけませんか?」
「まさか。すばらしいことだと思います」
にっこり。あいかわらず黒い笑み……。
「ご用件をおうかがいしてもよろしいですか?」
「いま話題のゼラさまとお近づきになりたいと思いまして」
「ご用件をおうかがいしてもよろしいですか?」
「ギゼラさまのおきにいりであるゼラさまとお近づきになってくるように、とのご下命をいただきまして」
「…………」
わたしは深呼吸して息をととのえた。
「その……いくつか確認したいことがあるんですが、よろしいでしょうか」
「なんでしょう?」
問いを受けてクラウスはとなりの席に腰をおろした。
お近づきになりたくないのは山々なんだけどしかたない。
敵を知り己を知れば百戦危うからず。
ここは情報収集から入ることにしよう。これは作戦だ。けっして野次馬根性に由来するものではない。
「ギゼラさまと殿下は、その……どのようなご関係なのでしょう?」
「ギゼラさまはマルガレーテ殿下の親友でいらっしゃいます」
殿下の姉上だ。ここまではわたしも知っている。
「ほかには?」
「とくになにも」
「……とくになにも」
クラウスは少し間を取った。
なにか考えているようにみえるけどたぶんわざとだ。
手札をどこまで開示するかくらいあらかじめ決めてあるだろう。
この間はわたしをあちら側に引きずりこむための間だ。
「少なくとも、ギゼラさまにとってはとくになにもないかと」
「……よくわかりました」
冷静にここまでの流れをおさらいしてみよう。
王宮で王家によって選別された家庭教師とご学友たちに囲まれて育った「年齢の近い子と対等な関係を築くことができない」王太子殿下は、お姉さまのご学友で五歳年上のギゼラさまがおきにいり。
まあ、あの殿下をうまく扱えるとしたらそのくらい年上になるのだろう。
だけど五歳年上のギゼラさまにとって、殿下はあくまでも親友の弟であってそれ以上ではない。
おとなになってからならいざ知らず、十二歳と十七歳にとって五歳の差は大きい。
おまけにもっと小さいころからお互いを知っているわけだから、ギゼラさまが殿下のことを弟としかみれないのも無理はない。
そんなギゼラさまが殿下に向かって「殿下のピアノは二番目でゼラフィーネのほうがうまい」といい、わたしはわたしで殿下に「わたしはギゼラさまにはかわいがっていただいている」といってしまった。
なんか順調に破滅フラグ積みあがってない……?
「殿下はわたくしになにを期待してあなたを寄こされたのでしょうか」
「いまのところは、なにも」
「……いまのところは」
「はい。ひとまずはお友達からはじめたいと思いまして」
「それは殿下じゃなくてあなたのご希望でしょう」
あの殿下がわたしとお友達になりたいわけがない。
クラウスはにっこりした。
「あなたにはギゼラさまのおきにいりという以外にもいろいろと付加価値がおありですから」
もうなにも言うまい。
「……姉上?」
声にふりかえると弟が立っていた。
「どうしたんですか?」
それはわたしのほうが訊きたい。
弟がクラウスのほうをみると、彼はすっと目をそらして荷物を取り上げ肩にかけた。
「ナイトがいらしたようなので、今日はこのくらいにしておきます」
「……そうですか。ごきげんよう」
もう来るなと言いたいところだけど、わたしがなにを言ったところでこいつは来たいときには来るだろう。
クラウスが図書館を完全に出て行ったのを見送ったところで、弟がわたしをみた。
心なしか視線が冷たい。
……もしかして、腹黒鬼畜眼鏡は同級生からも恐れられてるんだろうか。
ふつうにありそうで怖い。
「姉上、男とふたりきりで話をするのはやめたほうがいいです。もう少しご自分のことに気を配ってください」
「……え?」
「閲覧室にふたりきりになっていたでしょう。気づいていらっしゃらなかったんですか」
「途中で司書の先生が書庫に降りて行ったのはみえたけど」
「ですからそれが」
アルトゥールはなにか続きを言いかけ、それから疲れた顔で「もういいです」といった。




