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制裁

「さっき電話した時に聞いたら、CNPさんの部屋って、27階のミナト君とこと同じ場所だった」

「へー、オレんとこの2階下なのか」

「そーだ! 私、CNPさんとこにお礼に行く」

「シオリン、頑張れ。でも、いきなり越えちゃダメだよ」

「おいおいー」

「あーん、もっとオシャレしてこればよかった。せめてスカート。手ぇ抜いてたー」


オレらは手抜く相手なわけね。本音がダダ漏れだぞ、ももしお。


「今日もかわいいよ。シオリン」

「大丈夫かな、マイマイ」


女同士で見つめ合い、ねぎまはももしおの髪を整えている。なかなか麗しい光景。眼福。


「なにかお礼にお菓子持ってくー」


というわけで、ももしおがお菓子を選ぶのにつき合い、再びミナトのマンションへ戻った。

マンションのエントランスに入る前に、ももしおは27階のCNPの部屋の番号を押して呼び出しボタンを押した。


「出ない。お出かけ中かも」


オレは残念そうな顔をするももしおをつついた。エレベーターから男2人に両脇を抱えられたCNPが出てきたから。ガラス越しにCNPと目が合った。CNPは小さく顎を横に振った。「関わるな」という意味としか思えない。

どう見てもガラの悪い屈強な男2人。

オレはすかさず、背後を通る男達からねぎまとももしおが見えないポジションを取った。


「ったく。組の金ってこと忘れやがって」

「指示通りの商いしとけば安泰だったのに」

「あんたには相当稼いでもらったから。(かしら)にも仏心はあるだろ」

「ま、とにかく謝れ」


2人の男が後ろを通り過ぎるときに、そんな会話が聞こえた。

CNPはマンション正面に停められていた黒いワゴン車に乗せられて、どこかへ連れられて行った。

株のド素人のオレにすら分かった。組の金で指示通りの商いをしなかったCNPに罰が下る。

ももしおががくがくと震え始めた。


「私のせいだ」

「やったのは、あのおっさんだよ。ももしおのせいじゃねーって」

「私が少しでも高く売ろうとしたから。損切の基本は成り行きなのに」


ああ、こんなときですら分かんねー言葉。


「シオリン、もう今日は帰ろ」

「でも、でも、CNPさんが」

「ももしおちゃん、ここにいたって何もできないって」

「そうだけど」

「ねぎま、ももしおを送ってやって」

「うん」


ぽろぽろと涙を零すももしおを連れて、ねぎまが帰って行った。


後味が悪い。

それはミナトも同じだったようで「泊まってけよ」とカノジョだったら大喜びの言葉を言われた。

家具はあっても布団はない。が、タオルケットと毛布があった。園田さんと使ったんだろうなと思うとちょっともやもやする。想像するな、オレ。


6時のニュースでは円についての報道はなし。

黒塗りワゴンや暴力団の報道もなし。

ニューヨークとの時差は13時間。9時のニュースが異例の始まり方をした。オープニングの音楽がなく、ニュースキャスターが『緊急報道です』と言い、画面が外国に切り替わった。スーツ姿カカメラを持った報道陣が映った。ニューヨークは月曜日の朝8時頃のはず。

待っていたのは株や金融がらみのニュースだから、ニューヨーク発信だろうと思っていた。そしたら、画面はワシントン。アメリカ合衆国の首都、国際的な政治の中枢ともいえる場所からだった。


『重大な発表があります。ワシントンからお送りします。重大な発表です』


マイクを前に立つ1人の白髪のスーツ姿の白人が厳粛な面持ちで立っている。それに日本語の音声が入った。

しばらくすると、白人は英語で何かを語った。即座に日本語のテロップが流れる。


『日本の通貨である円を、当面の間、特別監視通貨にすると決定しました。円は等価交換という貨幣価値の真意を揺るがす可能性がある為です。当面の間、円は国際的な通貨としての資格を保留するため、日本国内以外での流通を停止します。期間は決定していません』


しばらくするとスタジオの映像になり、ゲストコメンテーターとして経済評論家やら大学教授やらが意見を述べていた。


「今ごろかよ」

「なーミナト、みんな知ってたんだな」

「え? みんな、ニュースで今知ったんじゃね?」

「発表がある前に『重大発表』ってオープニングもなして始まってさ、ゲストに経済評論家呼んであってさ、知ってなきゃできねーじゃん」


茶番だ。


「そっか。朝一に発表するのは、あっちの金融機関が開店する前って都合かな」

「事前に非公式の発表があったのかな。じゃなかったら、株だってあんなに下がらなかったんじゃね?」

「だな」

「せめて非公式の発表の段階で影響のある人には知らせて欲しいよ。そしたらももしおだって泣くことなかったのに」

「宗哲、それはまずいんじゃねーの? みんなが知ってたら、株を運用してる金融機関が大損するだろ。先に被害を小さくしておいて、個人投資家に損を押し付けるないと」

「ずりー」

「だってさ、年金を運用してるんだから。しゃーねーじゃん」


「明日からどーなるんだろな。横浜に来た観光客はドル、元、ウォンで支払うのかな」


謎。


「どーなるんだろな、円」


リビングの床に大の字で寝転んたミナトが呟いた。


「どーなるんだろな、日本」


オレも四肢を床に投げ出して呟いた。



翌朝、ジャンケンで負けたオレがコンビニに行くことになった。泊めてもらった身分なんだから、もともとオレがパシリにいくべきなんだけどさ。着替え持ってねーからパンツも買おう。歯ブラシはいつも持ち歩いてるから大丈夫。いつでもキスできるように。予定ねーけど。


「カノジョができたら海に行きたい」なんて平和で自然な一男子高校生の願いを心に思い描いていたのはたった10日ほど前だってーのに。はー。

取りあえず、これから行くコンビニでは円が普通に使えるはず。


マンションのガラスの自動ドアを出ると、視界の隅にみなとみらいとは異質のものが入った。

玄関脇。薄汚れたぼろ雑巾のような、おおよそタワーマンションには似つかわしくない塊。



その汚れは、泥とこびりついた血が変色したもので、塊はCNPだった。


「大丈夫ですか!」


思わず近寄ると、倒れたままのCNPがうっすらと目を開けた。

左瞼が異様に貼れてる。右の頬も。試合後のボクサーみたいな顔。腕にも痣がある。


「あ」

「米蔵です。救急車を」

「ダメ」

「でも」

「ダメ」

「部屋へ運びますか?」

「かたじけ、な、い」


急いでミナトを応援に呼び、CNPを27階の部屋に運んだ。

CNPの部屋はミナトの部屋と同じ間取りだった。ただ、驚くほど生活感がない。黒い革のソファに降ろすと「ありがとう。もういい」と言われた。

「もういい」と言われても放っておけるはずがない。このままにして、怪我で死亡とか、動けなくて餓死なんてことになったら、後悔でオレ、おかしくなりそうじゃん。


「取りあえず、怪我んとこ拭きます」

「……」


オレは勝手に洗面所へ行き、タオルを濡らして持って来た。


ぶぶぶー ぶぶぶー ぶぶぶー ゴトッ


リビングのチェストの上からスマホが落ちた。着信の振動で動いたんだろう。

ミナトはスマホを拾い「真理子さんからです」と告げた。


「頼む。出て。手、潰された」


続けてCNPは、ミナトに暗証番号を告げた。通話できる状態にして、ミナトはCNPの耳元でスマホを持つ。会話ははっきりと聞こえた。


『何度電話しても出ないんだから』

「昨夜、事務所で、やられた」

『えっ、ちょっと、大丈夫?!』

「大丈夫じゃ、ない。助けて」

『どこ』

「今、部屋。手が、たぶん、折れた」


ぞっと鳥肌が立った。体の傷の怪我してるところや汚れているところ、手も拭くつもりだった。触る前に聞いてよかった。


『すぐ行く』


CNPはそのまま意識を失った。真っ青な顔。

オレはどこを拭くのも怖くて、ただタオルを握りしめたままだった。時間は7時15分。

とりあえず、真理子さんという人が来るまで滞在しようと、ミナトと2人で待った。


ガチャ


30分ほどすると、玄関が開く音がして、たたたっと足音がリビングに近づいてきた。


バタン


「え? 誰?」


乱暴にリビングのドアを開けた女性は、ミナトとオレの顔を凝視した。


「外に倒れてたので運びました」


オレは最も手短に説明した。


「このマンションの者です。黒岩さんは電話の後、気を失って」


ミナトも相手に不信感を抱かせないように言った。


「じゃ、申し訳ないけど、下の車まで運んでほしいの」

「「はい」」


仰向けにして、ミナトが前でCNPの両膝を抱え、オレは後ろで両脇を抱えた。潰されたのはどっちの手なんだろう。ぶらぶらと揺れる手が心配でならない。

真理子さんはCNPと同じくらいの年齢だろうか。白いTシャツにブラックデニム。薄化粧の美人。


「救急車を呼ばないでほしいと言われて困ってたんです」

「病院へ行くんですか?」


ミナトとオレの問いかけに、真理子さんは言った。


「私の診療所。獣医なの」


言いようのない安心で大きく息が漏れた。CNPが助かる。


「あの、黒岩さんがこんな風になったの、オレ達のせいかもしれないんです」


オレの告白に、真理子さんが怪訝な顔をした。少しは株のことが分かるミナトが説明してくれた。


「昨日の後場に暴落があったとき、売れてない株を引き受けて、売り捌いてれたんです。その時にたぶん、黒岩さんが大きな損失を出したんだと思います」


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