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暴落

カップラーメンを食べ終わり、ミナトやオレがいるというのに大股開きでストレッチをして、ももしおは12時半に備えていた。午後の取引時間が始まると、即、ももしおは言った。


「**産業、500株買えっちゃった。きっと上がるよ。CNPさんが仕掛けてるんだと思う。前もそうだったの。お昼にどどどって下がって、1時半にかけてどーんと上がる」


そんな時だった。


ぶぶー


ももしおのスマホがLINEのメッセージを着信した。


「あ、CNPさんからだ! きゃー初めて」

「よかったね、シオリン。なんて?」

「『うさぎちゃん大丈夫?』って。なんのことだろ。聞いてみる」


ももしおはスマホにメッセージを入力した。


ぶぶー


「あれ? 今度は『逃げろ』だって」

「え?」

「シオリン、さっきはなんて送ったの?」

「『**産業に仕掛けてますよね?』って」


そのときミナトが怪訝な声を出した。


「なあ、その板、どんどん下がってってない?」

「一旦は下がったとこで買ったんだけど、なんか今日はまだ下がってるなー、ん?」


ぶぶぶー ぶぶぶー


今度はももしおのスマホが電話を着信。


「はい。こんにちは。今、この間の友達と一緒にいて、トレードしてるんです。『逃げろ』ってなんですか? え?!」


ももしおの顔色が変わった。スマホを乱暴にテーブルに置き、パソコンにかぶりつく。


「ももしお、スマホはオレが話す。なんかヤバいんだろ? お前は、株をやれ」


オレはももしおのスマホを取り、CNPと話した。


「一緒にいた友達の米蔵です」

『今、アメリカから“円が公式通貨としての資格を失う”と連絡が入った。ニュースにはなってない。その前に逃げるようにうさぎちゃんに言ったんだよ』


CNPが言ったことはあまりに突飛で奇想天外だった。


「今、逃げてるみたいです」

『**産業を見てたら、ぴょんぴょんうさぎが遊びに来たみたいだったから、まずいと思って。それ、オレの昔のトレードに似てるけど、たぶんAIだから。それで、オレの耳に円の情報が入ったってことは、金融機関はとっくに知ってるってことだ。もうどの株も上がらない。何してる。うさぎちゃん! 早く売るんだ。今、行くから』


ぷっ


「なんか『今、行くから』って言ってた」

「へ? あのおっさん、オレの部屋が何号室かまでは知らないはず」


ミナトと2人で首を傾げていると、ももしおが「あ!」と大声を出した。


「……助けに来てくれた。売れた。よかった……。どーしよーかと思った」


ももしおが涙を浮かべながら声を震わせる。そして、ぱたぱたと数字を変える板をずっと見ていた。

心配そうにティッシュを差し出しながらねぎまが近づく。


「シオリン、大丈夫?」

「マイマイ。ほら、板がどんどん厚くなってく。CNPさん、私の500株も含めてたぶん、3万株くらい買注文入れてくれた。だから値段が上がって、どんどん買いが膨らんで」

「よかったね」

「だけど、だけど、このスピードで乱高下したら、CNPさん、買った株を高く売れないと思う」

「つまり、ももしおちゃんの代わりに損してくれてるってこと?」


ミナトのトドメの言葉に、ももしおは鼻水を垂らして大泣きした。

結局、ももしおが午後に1株1584円で買った500株は3時には1297円まで下がっていた。

1350円から一旦浮上し、5分くらい1400円代を挟んで上がったり下がったりしたかと思ったら、後は下がり始めた。2時からはどさっどさっと値を下げった。「投げてる」とももしおは言っていた。


ももしが売ったのは1390円近辺。一気に約10万円の損失を出した。1日でトータル、約マイナス5万円。

株、怖ぇぇぇぇ。


それから、1株1584円を500株って、ほぼ80万円じゃん。80万円を「買っちゃった」ってこともなげに言ってたよな、ももしお。怖っ。


「どーしよう。たぶん、CNPさんは100万くらい損してる」

「はあああああ? なんで?」

「落ちてるときに、すっごい買ってくれたから。途中で上がったり下がったりしてたけど、でも、基本、下がってる」


このときオレは、CNPの凄さに驚愕した。

ももしおは500株で10万円の損失。ももしおの推測に過ぎないが、CNPは3万株で100万円の損失。割合からいってCNPはももしおの6分の1しか損していないことになる。同じ銘柄で同じような状況でここまでの差が出るなんて。しかも、CNPは損をすると分かっていて飛び込んだ。

ももしおが『神』と崇めるのも当然。値段が上がっていく状況なら、CNPはとんでもない利益を生み出す。


冷静に考えると、CNPはBAKAだ。

だって、ももしおの損失は最大でも100万円になんてならない。もともと80万円分しか買っていないんだから。今日売れなかったとしても、一気に0円になるなんてことはないから、とんでもない損失にはならない。

仮にCNPが100株1390円平均で買ったのならば、3万株で4170万円をつぎ込んだことになる。

そこまでする?


「シオリン、CNPさんに電話したら?」

「うん」


べそべそと泣きながら、ももしおはスマホを耳に当てた。


「助けてくれてありがとうございました。

 はい。

 でも、CNPさんが損したんじゃないですか?

 え、そうですか?

 教えてくださって、ありがとうございます。円はどうなるんでるか?

 はい、

 はい、

 そうなんですか

 はい。

 本当にありがとうございました」


ぷっ


「どうだった? シオリン」

「『オレを誰だと思ってるんだ』って言ってた。マイマイー」


うえーんとももしおはねぎまに抱き付いて再び泣く。ねぎまはももしおの頭をいい子いい子していた。


「あのさ、おっさん『円が公式通貨としての資格をなくす』とかって。どーゆーこと?」

「なんじゃそれ」

「へ?」


初めて聞いたミナトとねぎまは鳩が豆鉄砲を食らったような顔。


「あのね、古希特需制度で円が今までのお金の概念とは違うものになったから、一旦、円を国際的な通貨から外すんだって。たぶん、国内で使う分には全く困らないだろうって言ってた」

「株だって国内じゃん。日本株だろ?」


ド素人のオレは質問してみた。


「日本株って、外国人投資家がいっぱい買ってるの。ほぼ市場はそれで動いてるの。だから、円の価値が国際的じゃなくなったら、外国人投資家は日本の相場に来ないの」

「ふーん」

「CNPさんは、輸出入がどうなるのかも想像できないって言ってた。輸入は円でドルを買って、それで買ってるから」

「それは輸出分で手に入れたドルで買えばいーじゃん?」

「そうなんだろうけど、いつもは一旦円にしてるだろうから。輸入してる企業が必ずしも輸出してるわけじゃないし」


「シオリン、あんまり食べてないじゃん。お腹空いてない?」


ねぎまは自分の肩でめそめそ泣くももしおに声をかけた。


「なんか食べたい」


元気をなくしているももしおの目の前にありったけの食べ物を並べる。ねぎまは昼食をもう一食分頼んでいた。こんな心配りがグッとくるポイント。


「シオリンが好きなステーキのせジャンバラヤがあるよ」

「食べる」


昼食を食べた他の3人はオレが持ってきたジュレを食べた。旨い。


「なー、円がどうのってニュース、どこでもやってねーし」


テレビを点けたミナトがチャンネルを変えながらぼやく。


「でも、日経平均が2時ごろからだんだん下がってる。アメリカは日曜日の真夜中。ニューヨーク時間で月曜の朝に発表することが、広まったって考えるとぴったり」

「ブラックマンデーかよ」

「宗哲クン、月曜日って危ないんだよ。悪いことって週末の政治経済のニュースをすっかり忘れてるときに起こるの。とんでもない発表は月曜。リーマンショックも」

「へー。そーなんだ」

「怖いね。私たちが知らないとこでいろんなことが動いてるってこと?」


ねぎまが能面みたいな顔で言った。


「なーんかオレ、株買おうと思ってたけど、出鼻くじかれたなー。ねぎまや宗哲の家族って、大丈夫なの? 株主優待の券持ってるってことは、株持ってるんじゃねーの?」

「あ、やばいかも」

「心配」

「家も。母に連絡する。マイマイも宗哲君も教えてあげなよ。まだ、PTSがあるじゃん」


ももしおに促されて母に電話をしてみた。ら、母は既に父から言われて、古希特需法案が出たときに日本株をほとんど手放したらしい。祖父は超長期保有で数十年前から持っているらしく、手放さないのだそうだ。


『お祖母ちゃんはね、日本株じゃなくてアメリカの株が好きなのよ。だから大丈夫』


へー、初めて聞いた。祖母までそんなことしてたなんて初耳。

ねぎまのとこは損切設定というのをしていたらしく、本日の午後の下落で株はほとんど残っていないとのこと。ももしおの母親はももしおに株を教えただけあって、無事逃げきったそうだ。

改めて、株怖ぇぇぇぇ。


気分転換に散歩することにした。

なんといっても観光地。地上に下りるだけでちょっと歩けば海あり、遊園地あり、展望台あり。

ぶらぶらと歩いて芝生に寝転ぶ。人は少ない。うだるような暑さだから。


「いつニュースやるんだろ」

「今夜じゃない? ニューヨークが朝になったら。日本の夜」

「意地悪だよなー。分かってる人は、断然有利じゃん」

「オレ、やっぱ株やめっかなー。ももしおちゃんはこれからどーすんの? アメリカ株?」

「ううん。パニックで日本株が底を打ったときに買う。しばらくはデイトレはむりかも。好きなんだけどなー。結果がすぐ出る感じが」

「シオリン、強い子だね」


夕方といっても十分日は高くて、ねぎまは白い肌に日焼け止めを塗っていた。


「あ、気になる? 日陰に行く?」


オレが聞くと「大丈夫。プロテクト50だから」と笑った。それからねぎまは、ももしおの首や腕にも日焼け止めを塗ってやっていた。面倒見いい。


「ますます好きになっちゃった」


ぎくっとするオレ。一瞬、ねぎまへの気持ちを代弁されたのかと思った。


「「「え?」」」

「CNPさん」


もちろんももしおの言葉。分からんでもない。窮地に現れて助けてくれるなんて女心はもってかれる。たぶん、オレだってそんなことをされたら舎弟になるかも。危ねー。


「おっさんだぞ」

「指輪してなかったよ」

「40くらいだろ?」

「大人のオトコ」

「シオリン、CNPさんを犯罪者にしちゃダメだよ」

「合意ならいいんでしょ?」

「おいおい、ももしおちゃん、どこまで行くつもり? 越えちゃう?」

「こうなったら愛でぜーんぶ越えちゃう!」


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