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 握り締めた手から伝わる優しい熱が、冷え切った体を温めてくれる。

 それと同時に、頭の中に光が灯ったみたいで、わたしは意識を取り戻した。


「……ヴィー?」

「エリカさん! よかった……」


 わたしが呼びかけると、ヴィーは――殿下ははっと顔を上げて安堵の笑みを浮かべた。

 その疲れが滲んだ表情を見て、何があったのかをはっきりと思い出す。

 またわたしは心配をかけてしまったんだわ。

 ユリウスさんに盗魔石を握らされて、気を失ってしまったから。

 だけど今のわたしはどこかの部屋の長椅子に横たわって、殿下に手を握られている。


「殿下、わたしの手に何か……」

「ああ、ごめん。痛かったよね。増魔石なんだ」

「増魔石?」

「うん。盗魔石によって力を奪われたとき、手早く回復するには増魔石から力を得るのが一番だから。これも最近の研究でわかったことだけど。エリカさん、もう一つ新しいのを握ったほうがいいよ」

「い、いえ。もう大丈夫です。増魔石の力を借りなくても、そのうち力は回復するのでしょう?」


 サイドテーブルには増魔石がいくつかと、灰色の石が一つ置いてある。

 意識も戻って話もできるようになったのだから、貴重な増魔石をこれ以上消費したくない。

 そう思って遠慮したのに、殿下は新しい増魔石をハンカチ越しに掴んでわたしの手に握らせた。


「こうしてされるがまま、抵抗することさえできないくらい、まだ力が入らないのに?」


 私の手に手を重ねて問いかける殿下の声は優しいけれど、少し苛立っているみたい。

 それも当然よね。わたしはたくさんの迷惑をかけているんだから。

 今日だけのことじゃない。今までのことを思い出して沈んでしまうわたしの心とは違って、石から力を得た体は軽くなってくる。


「エリカさん、無理はしないで」

「……大丈夫です、殿下。ありがとうございます」


 起き上がろうとしたわたしを支えながらも、殿下は心配そうに眉をひそめた。

 もう何度目かもわからないこの状況に、自分で自分が情けなくて嫌になってしまう。


「あの、殿下……もう聞き飽きたと思いますが……このたびも、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」


 座ったままではあるけれど、殿下に向かって頭を下げると、深いため息が返ってくる。

 もちろんこれも当然よね。愛想を尽かされても仕方ないくらいだもの。


「確かに……攫われそうになったエリカさんを助けるのも、気を失ったエリカさんを介抱するのも、こうして謝罪の言葉を聞くのも、もう何度目かわからないよね。エリカさんを心配するのは、すっかり僕の日常になってしまったみたいだ」

「ご、ごめんなさい……」


 呆れが滲んだ言葉に謝ることしかできない。

 そんなわたしを、殿下はいきなり抱き締めた。

 その力は驚くほどに強くて苦しいほど。


「違う、謝らなければいけないのは僕のほうだ」

「……殿下?」


 状況に頭がついていかなくて、パニックになりそうなわたしの耳に聞こえたのは、後悔に滲んだ声。

 どうして殿下が謝る必要があるの?


「すまない、エリカさん。必ず守ると約束したのに……。あのときすぐに助けず時間を無駄にしてしまった。……最低だ」


 そんなことないのに。殿下はちっとも悪くなんてない。

 意地悪なふりをしながらも、いつもわたしを守ってくれるもの。


「いいえ。殿下が謝る必要なんてありません。全てわたしの軽率な行動のせいなんですから。警戒しなければいけないのに、ルイーゼさん相手にすっかり油断してしまったわたしが悪いんです。でも……殿下は絶対助けにきてくれるって、わかっていました。だから怖くはありませんでした」


 本当はちょっと怖かったけれど、それ以上に信じていたから。

 大丈夫、と伝えるように殿下の背中に腕をまわして一度ゆっくり撫でる。

 すると殿下はそっと体を離し、わたしを見つめた。

 その琥珀色の瞳に映る自分に気付いて、ふと現実に返る。


 殿下がすごく近い。


 一度意識してしまうとどうにもならなくて、かっと頬が熱くなって心臓が勢いよく打ち始めた。

 どうしよう? どうしたらいいの?

 こういう場合に何を言えばいいのかもわからない。

 ただ殿下を見つめることしかできなくて、殿下も見つめ返してくるだけ。


 これは、まさか、ひょとして……。

 いえいえいえ、だってわたしたち結婚もしていないのに?

 でも婚約しているし、両想いだし!


 頭の中では色々迷走していたけれど、それもおそらくほんの一瞬。

 殿下はわたしから目を逸らしていきなり立ち上がった。

 そこでようやく詰めていた息を吐き出し、そっと深呼吸をする。


 わたし、また何か失敗してしまったのかしら。

 お化粧が崩れてたとか? ……って、そうよ。わたし泣いてしまったもの!


 わたしから足早に離れていく殿下の背中を見つめながら、間違いない答えに焦ってしまう。

 要するに、今のはわたしの勘違い。

 キスされると思うなんて!


 あまりの恥ずかしさに火がついたのではないかと思うくらい顔が熱くなった。

 それは先ほどの比じゃないほど。


 鏡で確認したいけれど、悲しいことに手元にはない。

 とりあえず指先で目尻や目の下をそっとぬぐっていると、思いがけずお母様の声が聞こえた。


「まあ、エリカ! 顔が赤いわ! 熱が出たのではなくて?」

「お母様……。い、いえ、わたしは大丈夫です」


 お母様が入ってきたことに全く気が付かなくて驚いたものの、どうにか返事をして微笑んだ。

 急ぎ歩み寄ったお母様は心配そうにわたしの額に手を当てる。


「お母様、本当に大丈夫よ。心配かけてごめんなさい」


 殿下にこれ以上注目されたくなくて、お母様に視線を合わせたまま首を横に振った。

 お母様が何も言われないってことは、どうやらお化粧は大丈夫みたい。

 わたしに熱はないと判断したのか、お母様はふうっと大きく安堵の息を吐く。


「侯爵夫人、このたびは王宮の庭でエリカさんを危険な目に遭わせてしまい、申し訳ありませんでした」

「いいえ、殿下が謝罪なされる必要はございません。レオンスから事情は聴きましたし、エリカも不注意だったのですから。こちらはもう大丈夫ですので、どうか殿下はなさるべきことをなさってください」


 殿下の謝罪を受けて、お母様は振り返り頭を下げた。

 わたしも呼吸を整えて立ち上がり、大丈夫だと見せるように軽く膝を折る。


「殿下、ありがとうございました」

「……うん。ではお言葉に甘えて失礼するよ。エリカさん、くれぐれも無理はしないようにね。侯爵夫人、失礼します」

「失礼いたします、殿下」


 出ていく殿下をただ見送ることしかできない自分がもどかしい。

 だけどこれ以上足手まといにならないように、わたしはわたしにできることを頑張るしかないわ。

 今はとにかく体力、魔力の回復をしないと。




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