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悪役令嬢、時々本気、のち聖女。  作者: もり


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 晩餐会に続き始まった舞踏会では、最初の曲を殿下と踊り、次の曲は不満顔のマティアスと踊った。

 ちょっと。普通は嘘でも楽しそうにするのが礼儀じゃない?

 まあ、いいけど。


 ダンスの合間には妃殿下派の方たちが何かと嫌味を言ってきたけれど、上手くあしらうこともできてひと安心。

 ちょっと疲れたので目立たないように壁際に立って会場内を眺める。

 すると、そこへルイーゼさんが近づいてきた。


「ねえ、エリカさん。見てるだけじゃなくて、会場内をゆっくりお散歩しませんかぁ?」

「お誘いありがとう、ルイーゼさん。だけど、わたしはここでゆっくりしたいから――」

「まあ、そう言わずぅ」


 面倒なので断ろうとしたのに、ルイーゼさんは強引にわたしの腕を掴んで歩き始めた。

 まるで仲良く腕を組んでいるようだわ。

 それでも、どこかの夫人とダンスを踊る殿下はわたしたちに気付いて、心配そうに顔を曇らせた。

 だから大丈夫と笑ってみせる。


「……それで、何かお話があるのかしら?」

「んーお話っていうかぁ、お願いかなぁ?」

「お願い?」

「ええ。でもぉ……わたしぃ、ちょっと気分がよくないかもぉ」

「まあ、大丈夫? どこか座って休めるところが……」


 ついさっきまで元気だったのに、ルイーゼさんの顔は真っ赤になって目は潤んでいる。

 会場内の熱気にあてられたのかも。

 どこか椅子でもないかと会場内を見回していると、ルイーゼさんにくいっと腕を引かれた。


「あそこからテラスに出れば、少しは気分もよくなると思うのぉ。たぶんここが暑いせいだからぁ」

「でも、誰かに助けを――」

「やめて、目立ちたくない……」

「わかったわ」


 俯いたルイーゼさんは首まで赤く、らしくないほど頼りなげに見える。

 テラスにもベンチはあるはずだし、そこにルイーゼさんを座らせて誰かこっそり呼べば目立たないわよね。


「ここに座って、ルイーゼさん。わたしは誰かを呼んで――」

「待って、エリカさん。一人にしないで」


 誰もいないテラスに出てルイーゼさんを座らせると、助けを呼びに行こうとした。

 だけどルイーゼさんにすがるように引き止められて困ってしまう。

 確かに薄暗いテラスで一人になるのは不安かもしれないけど、このまま二人でいても仕方ないもの。


「ルイーゼさん、すぐに戻ってくるから待っていて」

「いいえ、違うの。待つのは、エリカさんのほうだからぁ」

「え?」


 何がなんだかわからずにいると、ルイーゼさんはすっと立ち上がり、わたしはどんと押されてしまった。

 よろめいたわたしを、後ろにいた誰かが支えてくれる。


「す、すみませ――」

「よくやったね、ルイーゼ」

「どういたしましてぇ、殿下」


 淑女らしくスカートを掴んで膝を折るルイーゼさんには、先ほどまでの具合の悪さは見られない。

 唖然とするわたしに向けて、ルイーゼさんはふんっと鼻を鳴らした。


「嫌だわぁ、エリカさん。そんな驚いた顔してぇ。殿下と二人きりになりたかったんでしょう?」

「――いいえ、それはルイーゼさんの勘違いよ。放してください、ユリウス殿下」

「やっぱり冷たいな、エリカさんは。危険は冒さないって言うから、こうしてルイーゼに頼んで連れ出してもらったのに」


 ユリウスさんはまるでお天気の話でもするようにのんびりとしている。

 その腕を振りほどいて室内へ戻ろうとしたけれど、一足先に入ったルイーゼさんが扉を閉めて中から鍵をかけてしまった。

 ここで扉を叩くと目立ってしまう。

 そのためらいから、扉に背を預けて近づいてくるユリウスさんを睨み付けた。


「大声を出しますよ」

「でも、それで傷付くのはエリカさんだ。しかもヴィクトル殿下までね」


 力ない威嚇をあっさりとかわされて、追い詰められてしまったわたしは庭へと駆け出した。

 わたしの名誉なんてどうでもいいけれど、殿下に恥をかかせたくない。

 その思いからどうにか穏便にすませたくて、もう一つのテラスに向かって走る。

 あの扉から中に入れば――。


「捕まえた」

「放し――っ!?」


 あと少しというところで腕をつかまれ、何かを手に握らされた。

 その途端に体から力が抜けていく。

 立っていることもできなくて、がくりと膝を折ったわたしはユリウスさんに抱きとめられてしまった。


「僕の本当の目的はエリカさん自身だ。エリカさんには協力してほしいことがたくさんあるのに、あれから警護が厳しくてなかなか近づけなかったからね。こんないい機会をくれた妃殿下にはとても感謝しているよ」

「なに、を……」


 体がだるくてちゃんと話すこともできない。

 ただぼんやりとした視界に革手袋をはめたユリウスさんの手が映った。

 その手には大きな翠色の石が握られている。


「すごいな。これほどの盗魔石をこんなに美しく輝かせるなんて。やはり彼女が言った通り、大きめのものを用意していて正解だったよ」


 どうしてわたしはこんなに馬鹿なのかしら。

 恥なんて気にせず、大声を出せばよかったのに。

 もう二度と、舞踏会でテラスに出たりなんてしないわ。


「エリカさん?」


 後悔でいっぱいのわたしの耳に、ためらいがちな声が聞こえた。

 顔を向けることはできなくても、それが誰かはちゃんとわかる。

 やっぱり殿下は来てくれた。

 思わずほっとして涙が込み上げてきたけれど、押し戻すだけの力もない。


「ユリウス、エリカさんに何をしたんだ?」

「すまない、ヴィクトル。エリカさんは僕を選んでくれたんだ。だから黙って身を引いてくれないか?」

「ふざけるな。今すぐ彼女を放せ」

「なんだ、引っかからないか。でも、僕が手を放すとエリカさんは倒れてしまうよ。だから無理だね」


 声を出せず動くこともできないけれど、張りつめた空気の中で交わされる二人の会話だけはちゃんと聞こえる。

 悔しくて恥ずかしくて申し訳なくて、涙が止まらない。

 妃殿下主催の夜会で騒ぎを起こすはずがないと考えていたわたしが完全に甘かった。

 だけどたぶん、これ以上の危害は加えられない。だからどうか、殿下に無茶をしないでほしい。

 そのことをどうにか伝えたくて頭の中であがいていたとき、トスッと耳慣れない音が聞こえた。


「……仲間か」

「もちろん。僕一人でエリカさんを連れ出せるわけないからね。それ以上近づくと、今度は脅しじゃなく心臓に矢が突き刺さるよ?」


 さっきの音は矢が地面に刺さった音?

 殿下はユリウスさんの仲間に狙われているの?

 どうしよう。どうしたらいいの?

 消えそうになる意識を必死にとどめているだけで精いっぱいで、ちゃんと考えられない。


「やれやれ。そもそもこんなに早く見つかる予定じゃなかったんだけどな。君は本当にエリカさんのことが好きなんだね。エリカさんから目を離さず、僕との愛の逃避行を邪魔するなんて」

「……目的は魔法石か?」

「まあ、一応はね。エリカさんには教えてほしいことがたくさんあるんだ。それに、ここ最近のアンドール侯爵令嬢の人気はすごいから、それも利用させてもらおうと思って。他国の王子と駆け落ちしたとしても、民衆はきっと喜んで応援してくれるよ」

「――では、バルエイセンはこのままケインスタインと戦を始めるつもりなんだな?」

「さあ、どうだろう?」

「なるほどね。どんな国も組織も一枚岩とはいかないものだからな。どこにでも異分子は存在する」

「……そんなにペラペラしゃべって、時間稼ぎのつもり? 無駄だよ。彼らは身を潜めるのも移動しながら矢を射るのも得意なんだ。君の近衛が僕の仲間を見つけようとしても簡単にはいかないよ」

「別にそんなことはどうでもいいさ。できるだけ情報を得たかっただけだが、それこそ無駄だったな。だからいい加減、エリカさんは返してもらう」

「はは。それは――っ!?」


 余裕ぶったユリウスさんの言葉が突然途切れ、わたしの体に大きな力が加わった。

 そして不快な拘束から解放されて、ふわりと体が宙に浮く。

 再びぐっと引き寄せられたときには目がかすんでよく見えなかったけれど、その腕がヴィクトル殿下だと確信できた。

 涙に濡れて冷えた頬に温かな手が触れる。


「エリカさん!? まさか、これほど大きな盗魔石を――」

「何だよ! どうやって――っ!」


 焦ったような殿下の声は、ユリウスさんの驚愕した声に遮られてしまった。

 だけどすぐに大きな振動がわたしの体に伝わり、ユリウスさんが呻く。


「レオンス、急ぎ増魔石を持ってきてくれ」

「待てよ、ヴィクトル! このままだと――」


 くぐもったユリウスさんの声がだんだんと遠くなっていって、何を言っているのか聞き取れない。

 だけどもう、それもどうでもいい。

 こうして殿下と一緒にいられるんだもの。

 すぐ近くでレオンスお兄様の声もするけれど、とにかく今は眠りたい。

 ああ、それにしても王宮で気を失うのもいったい何度目かしら。

 そう考えたのを最後に、わたしの頭の中は真っ暗になった。




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