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あの夜会の日から二日。
舞踏会を途中で抜けた言い訳に体調不良を使ったために、学院は欠席。
そしてユリウスさんたちがどうなったのかは知らないまま。
お母様には「エリカは気にしないで、ゆっくり休みなさい」なんて言葉で誤魔化されている。
酷いわ。わたしだっていつまでも子供じゃないのに。
お父様たちもお忙しいらしくて帰っていらっしゃらないし、手紙で訊ける内容でもないのにね。
「ああ、もどかしい……」
リザベルには手紙で元気なことは伝えたから、今日の放課後には遊びに来てくれる約束だけれど、それまでまだまだ時間はある。
体もすっかり回復して、気分転換に中庭の東屋で本を読もうと思ったのに、ちっとも集中できない。
ユリウスさんがあのとき口にした〝彼女〟のことがどうにも引っかかってもやもやしてしまうのよね。
殿下ときちんと話したいけれど、政務の邪魔はできないし……。
よし、わたしも部屋に戻って勉強しよう。
自分の怠けぶりを自覚して、本を持って立ち上がろうとしたところで、トムがこちらに向かって歩いてきているのが見えた。
「ご機嫌いかがですか、エリカお嬢様」
「とてもいいわ。ありがとう、トム」
懐かしいやり取りに思わず声を出して笑ってしまった。
体が弱かった幼い頃、暇を持て余してこうして東屋でぼうっとしていたら、トムは仕事の合間にやって来ては楽しいお話を聞かせてくれたのよね。
まるでレディ・ジューンのようなおばあ様の冒険譚に、遠い異国の珍しい動物や植物のお話。
だけど今日はちょっと違うみたい。
笑顔の中の真剣な眼差しに、なんとなく悟った。
「どうぞ座って、トム。お茶を淹れるわ」
「これは恐縮です、お嬢様」
昔はおばあ様の護衛騎士だったトムの所作はやっぱり騎士らしい。
きびきびとした動きで席に着くと、静かにお茶を飲む。
「トム、何か大切なお話?」
「はい。さようでございます」
一息ついたところでわたしが口火を切ると、トムは少しほっとしたように頷いた。
「実は……私の個人的見解も含みますので話すべきか悩んだのですが、お嬢様は知っておかれたほうがよろしいかと思いまして……。ですが、どうか口外なさらぬようお願いいたします」
「……わかったわ。もちろん、誰にも話さないって約束する」
覚悟はしていたけれど、口外無用の前置きにはちょっと驚いてしまった。
わたしが改めて姿勢を正すと、トムはゆっくり話し始める。
「もう二十年ほど前の話になるのですが……旦那様が陛下の特使としてバルエイセンへ派遣され、私も同行させて頂いたときの話でございます」
「特使って……当時、バルエイセンの王女様だったサビーネ様のお輿入れに際して、お父様がお迎えにいらっしゃったときのこと?」
「はい。さようでございます。ですが、補足させて頂きますと、お輿入れのお迎えだけでなく、打診の段階から幾度となくバルエイセンに旦那様はいらっしゃっておりました。その内の一度は、王太子殿下ご自身もバルエイセンにいらっしゃったのです」
「それはそうね。いくら政略であっても、結婚前に一度はちゃんと相手にお会いしたいものね」
わたしが納得して頷くと、トムは逆に首を横に振った。
どういうこと?
「結婚前、ではなく婚約前でございます。そして王太子殿下はバルエイセンの王宮で、とある伯爵令嬢を見初められました」
「伯爵令嬢? でもサビーネ様は……」
「もちろん、陛下としてはバルエイセンの王女様をと望まれておられましたが、まだ正式に打診したわけではなく、伯爵令嬢ならば多少の問題はあってもお認めになったでしょう。当時、このケインスタイン王国では王太子殿下と一般女性との親密な仲が取りざたされ、高貴な方たちの反感を買っておられましたから。そのため、陛下も他国からお妃さまをと望まれたのです。王太子殿下が旦那様に同行されたのも、身分を隠しておられましたし、いわゆる傷心旅行のようなものでした」
「傷心旅行?」
「はい。王太子殿下と女性との仲を危惧した方たちの反発はあまりに強く、王宮内にかなりの混乱を招かれてしまわれたので……お二人はお別れになったのです」
「まあ……」
一般女性って、ノエル先輩のお母様のことよね?
身分の差に引き裂かれた恋だなんて、本物の物語のようだわ。
当時のお二人のことを思うと胸が苦しい。
だけど、ヴィクトル殿下のことを思うとすごく複雑な心境。
殿下が生まれてきてくれたことはとても嬉しいもの。
でも……って、あら?
「伯爵令嬢は?」
「あの方は、デイジー様に――ノエル様のお母君のデイジー様によく似ていらっしゃいました。ご容姿は可憐で儚げで……ですが、芯はとても強くご自分の意志をしっかり持っていらっしゃったので、王太子殿下がお心を惹かれたのも当然なのかもしれません。ただ残念ながら、あの方は王太子殿下のお申し出をお受けするわけにはいかないと……」
「王太子殿下は伯爵令嬢にプロポーズされたの?」
「正確には旦那様が内密にお話を持ち掛けられたのです。しかし、あの方は旦那様を慕っておられた。……旦那様は全く気付いておられませんでしたがね」
それってすごくどこかで聞いた話。ええ、ごく最近。
これがトムの個人的見解なのね。
「ねえ、トム。その伯爵令嬢って、クラウゼン伯爵家の方?」
「はい。後にベッソン氏の奥方となられた方でございます。しかし、残念ながら早くに亡くなられ、ベッソン氏も早々に再婚されてバルエイセンに居を構えられたので、お二人の間にお生まれになったお嬢さんは、十歳からお一人で暮らされていたようです」
「十歳から一人で!?」
「さようでございます。もちろん使用人は多くいたようですが……」
「そのお嬢さんって、フェリシテ・ベッソンさんよね?」
「はい」
まさかフェリシテさんがずっと一人で暮らしていたなんて……。
お母様を亡くして、お父様も傍にいらっしゃらなかったなんて、どれだけ寂しかったのかしら。
フェリシテさんのお母様がベッソン氏と結婚なされたからこそ、フェリシテさんは生まれた。――それはもちろんわかっているけれど、寂しさの中でわたしだったら夢見ていたと思うわ。
もしお母様が王太子殿下のお申し出を受けていたなら……って。
フェリシテさんがどこまで知っていたのかはわからないけれど、わたしのお父様のお役目もあって、わたしに
反感を持ったのかも。
「お嬢様、私がお伝えしたかったのは、私から見た過去の出来事です。そして現在は過去があってこそなのです。〝もし〟など存在しません。ましてや、お生まれになっていないお嬢様には、どうしようもないことなのです」
「トム……」
トムの明瞭な声がわたしの沈む思いを打ち破った。
顔を上げれば、わたしの考えなんてお見通しですよと言わんばかりの優しい顔。
「たとえ自分が選んだ人生ではなくとも、他人に責任をなすりつけることは間違っています。過去がどうあれ、未来は自分の力で切り開いていくものなのですから」
昔と変わらないトムの優しい笑顔に励まされて、わたしも自然と微笑んでいた。
トムとフェリシテさんは何度か馬車寄せで顔を合わせた程度のはずで、わたしもトムに何があったかは言っていない。
だけど、鋭いトムは色々と察したのかも。
「――ありがとう、トム。なんだかすっきりしたわ」
「それはようございました」
今聞いたことは、誰にも――ヴィクトル殿下にも言えない内容ではあるけれど、知ることができてよかった。
そうよね。わたしはわたし。誰にもなれないし、わたしも誰かにはなれない。
だからわたしは自分のために、そして大切な人たちが幸せになれるよう頑張るわ。
皆さま、いつもありがとうございます。
明日2月26日(金)は2巻の発売日です!
詳しくは活動報告 http://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/1345364/
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よろしくお願いいたします。




