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第十話 堕落 / 憤怒の種火

わけあって、短いのを二本仕立てとなっております。

久しぶりにあの人を出します。

 時は少し遡る。


 ラルバは彼の事を物心ついたときから知っていた。いつも自作の罠に嵌めて、その隙に逃げていくジェイドが自分を認めてくれるまで、しつこくつきまとったっけ。

 とうとうジェイドが折れて一緒に遊ぶようになり、一人っ子だった自分に兄ができたと思った矢先、彼は友人と共にこつ然と姿を消したのだった。




 それから十年の月日が経った昨夜、二人はジェイドの家にいた。


「あの……兄貴、ずっと気になってる事があるんですけど」


 果たして聞いていいものか、でもどうしても気になってぼそぼそとラルバは切り出す。


「お前が気になってる事、ぜーんぶ当ててやろうか?」


 不安げなラルバをよそに、ジェイドはきらりと目を光らせた。


「一つ目、どうしてオレが眼帯なのか。二つ目、オレの目の色が変わってる。三つ目、なんでオレ達が村を出たか。四つ目、なんでここに行き着いたのか。五つ目、オニキスはどこ行った。どうだ、当たってるか?」

「……!」 


 やっぱ、さすが兄貴だ。全部お見通しなんだ。


 心の中で喝采を送りつつも、全てを的中させたジェイドにラルバは目を丸くするしかできなかった。だが、彼はその感情さえも読んでしまっているのだ。「オレすげえ」と冗談めかしてくつくつと笑っていた。


 オニキスとはジェイドの友人で、ひねくれた性格で悪戯好きなジェイドとは対照的に穏やかな性格、そして病弱な少年だった。同じく病弱な祖母との二人暮らしで介護をしつつ、いつもジェイドの隣で行き過ぎる彼をたしなめるような存在だった。村人の評判も悪くなかったのだが、彼もまたジェイドと共に姿を眩ましたのだ。


 遊んでいても時々発作を起こしていた彼の事だ。何故いないのか、ラルバは悪い予感しかなかった。


「で……いいんですか、こんな事聞いて」

「ああ、お前だけには話しといてやる────少し長くなるがな、一つずつ説明してやろう。まず、どうしてオレが眼帯なのか。一言で言うなら盗賊に襲われて、目を奪われたからだ」

「まさか……緑目狩り?」

「よく知ってるな。で、オレは────オレは、オニキスに騙されて目を奪われたんだ」

「え……?」


 柔和そうなオニキスの顔を思い出す。感情的になる事は一度もなく、いつも静かに微笑んでいただけだったのに。

 騙す、という言葉と一番縁のなさそうな人間だった。


「ああ。一緒に村を出たアイツのために薬草を探していたんだが、そのときに緑目狩りに襲われたんだ。で、拉致される寸前に見たんだ……木の上で、金貨を手にほくそ笑んでる奴の姿をな!」

「オニキスさんは襲われなかったんですか?」

「アイツは目が灰色っぽくて薄いから、緑目狩りにもわからなかったんだろうな……とにかく報酬と引き換えにオレを売ったんだ!」

「でも、そんな事する風には……」

「大体、オレが村を出る羽目になったのだってアイツの祖母の毒殺を疑われたからなのに……オレの村は《ゲムマ族》が少ないから殺めたら目の色が変わるって誰も知らなかったんだ。オレが言っても信じてくれないし、オニキスは退屈から開放されるからいいじゃんとかわけわかんねー事言ってくるし。祖母が死んだってのに笑顔で────その地点でどこかおかしいと思っていたんだ……!」


 魔力の失せた瞳に殺意を滾らせ、彼の身体は憎しみを抑えきれぬように震える。


 オニキスも発作に倒れたとき、代わりに祖母の介護をジェイドに任せる事があった。薬を飲ませるだけだし、友人の頼みだからと彼も応じていたのだが────あるとき祖母に薬を飲ませた直後、急死してしまった。それであらぬ疑いをかけられ、村にいられなくなったのだという。


 それが突如行方をくらました事の真相だった。


「オニキスだけはオレを信じてくれた。薬は自分が用意したものだからって……申し訳ないからついて行くって言われてそれを真に受けたらこのザマだ」


 舞い上がっていた心が急激に沈んでいくのを、ラルバは感じていた。親しかった人間の醜いところなんてこれ以上見たくない、知りたくない。だが、負の連鎖はこれで終わりはしなかった。


「オレは山の向こうにある隣国に奴隷として送られた後、主が酷すぎてうっかり殺しちまったのさ。目の色が変わったのはそのせいだ。偉大なるハルモニア様にとっちゃ、どんな輩だろうと愛するべき命らしいな。アホくさ、オレの事は見放したくせに」


 ジェイドは嘲るような笑みを浮かべる。

 

 彼を買った主に動けなくなるまで働かされ続けた挙句、もう片方の目も取られそうになり、抵抗したら殺してしまったのだという。すると、緑の目は一瞬で色褪せ魔力も消え失せてしまった。


 女神ハルモニアは生きとし生けるもの全てを愛するという言い伝えがある。だからそのハルモニアの使いである《ゲムマ族》が命を殺めると女神に嫌われ、せっかく女神から貰った力を奪われてしまうのだとか。


「主が表の世界でもそこそこ有名だっただけに大事になって、オレは指名手配。ここまで逃げてきたが人里にはもう戻れねえってわけさ。旅人や動物を襲う事でしか生きていけない」

「じゃあ、掲示板の……あれは」

「指名手配だろう。お前が字を読めていたら、あの地点で殺していたかもな」


 雲が隣国からやってきて、森はラルバの心と共に闇の中に沈み込んでいく。湿った風が二人の間を通り抜けていった。


 ────こんな事、知りたくなかった。


 十年の間でこれだけ変わってしまうのだ。ただのひねくれた少年の歯車は、もはや手遅れなほどに狂ってしまっていた。

 綺麗な思い出が色褪せていく。今ここにあるのは残酷な現実だけ。そしてその先に光はない。


 人間の奥底に息を潜む醜いさがはふとした瞬間牙を剥く。その牙はオニキスもジェイドも、ひょっとするとイリスやルークでさえ持っているのかもしれない。

 多分、その事をジェイドは知っていたのだ。彼なら変装で人の目を欺いて暮らす事くらい容易い事だろう。それを敢えて旅人を襲う賊の道を選んだのは……


「他人を信じられないなら、オレの事も信じられないですか……?」


 友の本性を知り、人間の醜いところばかり見てきたジェイドは疑心暗鬼に陥り、昔から嫌いだった人間を更に嫌うようになったのだろう。

 ジェイドが置いてあったランタンに火を灯すと、苦渋に歪んだ彼の表情が照らし出される。


「お前はなんだかんだ素直な奴だ。本当は信じたい、が……もうわかっただろ。人は信用するだけ損だと。それはラルバ、お前だって決して例外ではない」


 彼は何も言えなかった。


「けど、考えてみろよ。全く信用してない人間にこんな事を話すはずがないだろう? 一つ確認するが、オレが殺人鬼だとしても、世界中の敵だとしてもお前はオレの味方か?」


 試されてるんだと思った。事情を知っても味方でいられるのか、手の平返すのか。

 答えは最初から決まっていた。

 ラルバはようやく少し笑顔を取り戻す。


「裏切るわけないじゃないですか。人殺しでも世界中の敵だとしても、自分はそんなのどうだっていい」


 そうか、とジェイドは小さく呟いた。表情の一つも変えずに。


「だったら、オレの言う事聞いてくれるよな?」

「もちろんです」

「お前の仲間だった奴らを、女神を除いて皆殺せ」


 その言葉に、一瞬にして血の気が引いていった。


「……嘘だ、そんな……無理です、自分には」

「なんだったら、オレが手伝ってやるぜ? お前は止めを刺すだけでいい」


 ラルバは夢中で首を横に振った。

 そんな事できるものか。もう逃げないと誓ったばかりなのに。そんな馬鹿な事。


「……やっぱりな。口で言うだけならガキでもホラ吹きでもできるんだよ」


 言うなり、錆びた剣を手に取ってラルバに突きつける。


「!」

「純粋だったお前も十年も経てば穢れるよな。オレとしたことが、後少しで騙されるところだった」

「騙してなんか……」

「だったら、それを行動で証明してみせろよ。せっかくオレがその機会を与えてやってんだぜ?」

「もしも無理だったら」

「女神を除いて、お前含めてまとめて餌付けにでも使うかな。まだ悩んでるけど」


 さすがのオレも人間は食いたくねーからな。お前らも神の力も有効活用させてもらうぜ、ハハハハ……


 その笑い声がとてもとても遠く聞こえた。

 ジェイドの顔をした鬼だと思った。でも、彼は紛れもないジェイド本人だった。


 見開かれたままの目から溢れた一滴の涙が、黒いマントに落ちてしみを作った。

 力が抜けて、項垂れた顔を上げる事も、涙を拭うために腕を上げる事すらできなかった。


 オニキスが恨めしかった。そして同時にジェイドには自分しか残っていないのだと悟った────彼を裏切れるわけがなかったのだ。





 同時刻。首都、ブバリアにて。


 ルーク・ソーリスは、城下町の巡回も兼ねて久々に散歩をしていた。

 酒場やカジノがあるから城下町は他の町と違って深夜を回っても賑わっている。星の光さえ霞むくらいに、地上は街灯と窓から漏れる明るい光で溢れていた。


 たしかに他の地域では切り裂き魔が猛威を振るっているけど、ここじゃ切り裂き魔も目立つから動けないだろうな、と千鳥足で歩く傭兵達を横目に苦笑する。平和なのは良い事だ。


 ────ラルバ達はきっと、順調に進んでいれば山の麓まで来た辺りかな。あいつが足を引っ張ってなきゃいいけど。


 こんな感情も久しぶりだ。なにせ、城にいる間はそんな事を考える暇もないのだから。


 天からの声は僕が選ばれた人間だと言った、あれは幻聴ではなかった。

 王様に会いに行き、騎士団に入る事を志願したり────頭がおかしい人扱いされてもおかしくないのに、導かれていると疑う程すんなりと事が運んだからだ。それからは、一般的には見習い騎士だという名目で剣術、格闘術から馬術まで慣れない事を頭に詰め込む毎日だった……


 巡回も任務とはいえ、開放感に晴れ晴れとした気持ちを覚えながらルークは軽い足取りで町を闊歩していた。

 と、目の前を通り過ぎた女性にふと目を留める。


 足元を完全に隠す藤色のドレスを身に纏い、色とりどりの豪華な花飾りがついた帽子を被った貴婦人は、急いでいる様子でどこかへ向かっていた。木でできた車椅子をぎこちなく操りながら────


「すみません……ええと、そこの車椅子の奥方」


 彼女はぼんやりとルークを振り返った。眼鏡の奥から、どこか虚ろな瞳が彼を見つめている。


「……どうなさいました?」

「いえ、お急ぎのように見えましたので。よろしければその車椅子、私が後ろから押しましょうか?」

「あたくしは、種火を探しているのです」

「え? た、種火? 何の?」


 予想の斜め上を行く返事に思わず聞き返す。我ながら間抜けた質問だが、貴婦人は平然とした様子だ。


「憤怒の種火です」

「は?」

「ジルエット=ルサンチマンという方はご存知でしょうか」

「じ、じる? ……え、ジルエット?」


 何を言っているんだこの人と思ったのも束の間、話は更に斜め上の方向へ飛んでいく。


「ジルエットって……もしや半人半鳥の」

「そう、彼の事です。彼にその種火を盗まれてしまったのです。あれは世界を破滅させる程の恐ろしい力を秘めているというのに……」

「えっ、ええ?! 破滅!?」

「誇張表現なんかではありませんわ。あの種火は、この世に本来存在してはいけないモノなのです。それをジルエットが……」


 あいつに姓があったんだ……なんて思ってる場合じゃない。

 最近多発している謎の辻斬り事件。民衆は切り裂きジャックだなんて言っているが、その現場で度々人とも鳥ともいえぬ謎の怪鳥が目撃されているというのだ。


 彼はジルエットによる殺戮を目の当たりにしている。敵味方の区別もなく真空波のようなもので切り裂いていった狂人。切り裂き魔の正体はあいつに違いなかった。そんな殺人狂に力が渡ってしまったとするならば────


「……すぐにでも彼を討伐する必要がありますね。奥方……」

「あたくしの事はハンナとお呼びくださる?」

「ハンナさん、ジルエットはどちらに」

「遥か西の山脈ですわ」


 彼女の示す方を見て、ルークは愕然とした。


 ラルバ達がいる方向だ…………!!


 とりあえずルークはある人物に連絡するために城に戻る事にした。種火の正体が気になるところだが、それは話さないでおこうと決めた。ジルエットは神出鬼没の要注意人物だったから、行き先がわかったとあの人に知らせればすぐに討伐部隊を派遣してくれるだろう。


 夜闇に包まれた城へ去っていくルーク。その姿をハンナはうっとりと見つめていた。


「まるで……勇者様のようですわ……」

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