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第八・五話 十六年前の異邦人

物語はあまり進みません。そのため短めです。

しかし、ちょっと大切な情報が紛れてるかもしれません。

 ラルバが抜けた後は、三人は無言で歩いていた。危険動物も出るようだからずっとフォルテは注意を払っている。何しろ、まともな物理攻撃ができるのは彼一人だ。ただの野生動物でも油断はできない。


 葉っぱが擦れあう音、小動物の気配、木の実が腐り落ちる音まで警戒するのはやり過ぎではないかと思うのだが……


 イデアの方は何かそわそわとしながらずっと腕を組んで物思いに耽っている。


 だからイリスは退屈だった。仕方がないから今まで考えた事をまた考え直すしかなかった。

 例えば、イデアの事。

 彼女は、魔力が尽きると消滅してしまうという。現に彼女の身体は一度半透明になった事がある。


 という事は、イデアは魔力から構成されていて人間ではない?


 更にそこから導き出される答えは、イリスはとイデアは血が繋がっていないということ。そうなれば、自分の肉親を誰も知らないことになる。


「……ねえ、お姉様。私の両親ってどんな人だったんですか?」


 イデアが目を丸くした。


「どうしたの、いきなり」

「だって私の記憶にあるのはお姉様とフォルテだけです。これっておかしくないですか?」

「まあね。私も貴方の両親の事は詳しく知らないの。でも、何故貴方が両親の記憶が無いかくらいはわかるわ」


 イリスの沈黙を見て、イデアは低い声で答えた。


「……物心がつく前に、貴方は両親から引き離されたのよ。突如現れたフォルテによって」

「お姉様。それってどういう……」


 そこから、十六年前の話になった。


 イリスも赤子の頃は何にも縛られる事なく、普通の子どものように村人や両親にとても愛されていたという。彼女より数ヶ月前に生まれていたラルバは少し陰に隠れてしまったが……それでも村で貴重な子どもだった事もあり、昔は彼も可愛がられていたのだとか。


「信じられないかもしれないけど……あの子四歳くらいまではとっても人懐こい性格で可愛かったのよ。人の真似をして遊ぶのが大好きだったわ」


 まるでお母さんのような口ぶりで、イデアはクスクスと笑う。


「あら? じゃあお姉様はラルバさんの事を昔から知ってたんですか?」

「ええ。ま、あっちは境の村で友達と遊んで、成長してひねくれた後は寝てるかステラちゃんと遊んでるかだったから、私の存在なんて知らなかったみたいだけど?」


 最後の方はいじけたような言い方だったので思わずイリスは噴き出す。

 イデアは恥ずかしそうに顔を背け、咳払いをした。


「ま、まあ、とにかく平和だったのよ────十六年前までは」


 十六年前のある日、村に見知らぬ男が現れた。正確には、森で倒れていたのを村人に発見されたのだ。


 イデアいわく、その男は言葉を全く話せず、当時の長老しか読めなかった謎の文字でしか意思疎通ができなかったそうだ。書物を使いながら長老が読み上げた内容は、自らの名前と神の生まれ変わりであるイリスを捜しているといったものだった。


「彼の名は……」

「フォルテ」


 イデアとイリスが同時に彼の方を見た。前にいたフォルテが振り向いて自ら答えたのだ。


「今のはおれの事だろう?」

「……ちょうどよかったわ、フォルテ。貴方に聞きたい事があったの」


 彼が首を僅かに傾げたのを確認し、彼女は次の言葉を紡ぐ。


「あの村の長老は何故イリスに会う許可を出したの。それどころか、貴方がイリスを取り上げて古い教会に閉じ込めても村人はおろか両親すら何も言わなかった。貴方は喋れもしない状態で一体どうやって村人達を丸め込んだの?」

「……覚えてない」

「覚えてないわけないでしょ!」


 この期に及んでしらを切るフォルテに、とうとうイデアの堪忍袋の尾が切れた。


 覚えていたら、おれだって苦労しない。

 何の苦労よ!!

 お前らが変な詮索をしてくる苦労だ。


 二人の押し問答はすっかりイリスを置いてけぼりにしてしまう。


 それから先は覚えている。とても苦い思い出だった。

 寂れた教会に閉じ込められた後は、あの日に至るまで一切の外出を許可されなかったし、誰かと会うなどもってのほかだった。幼い頃、脱走がバレた日には埃だらけの真っ暗闇の地下室に一晩中閉じ込められたし、ご飯を抜きにされた事もある。頬だって何度か叩かれた。


 それでも懲りず、フォルテに睡眠薬を盛ったり逆に部屋に閉じ込めたり、二階の窓から飛び降りたりあらゆる手段を使って脱走してたけどね……イリスは心の中で苦笑する。


 だってピッコロが退屈なら森においでって窓の奥から誘って来たんだもん。鳥と喋れた事を信じてくれたのはラルバが初めてだったけど。


 だが時間が経つにつれ、フォルテは言葉を覚えるようになった。お仕置きもなくなったし、まだ苦手には変わりないけれどまだ彼は優しくなった方なのだ。その証拠に。

 きりのない押し問答を続ける彼らを止めるために、イリスは落ち着いた風を装って呟いた。


「でも、お姉様とだけは一緒にいる事を許してくれたんですね、フォルテ」


 ふん、とイデアは鼻を鳴らした。


「どうかしてる事に変わりはないわ。だって私は所詮、魔女から守るために近づく事を許されただけだし。今だから言うけど、脱走するからってこの人全ての窓を板で塞ごうとしていたのよ」

「どうかしているだろうか」


 フォルテはまるで気にしていないように、見張りもしながら受け答えをしている。

 そんな彼にイデアは疑惑の視線を投げかける。


「ねえ……まさか貴方イリスを陰から支配しようとしてるんじゃないでしょうね? 魔女の命令かなんかで」

「何故そう思う?」

「貴方は両親から子どもであるイリスを奪ったのよ。もちろんそれだけだったら村人達が許すはずないのに、彼らもどうしてか何も言わない。わかってるでしょ? 長老はいたけど、最終的にあの村で一番力を持っていたのはよそ者の貴方だったって事」


 イリスの名を使えば村人達を操れるのはたしかだろう。全てお告げだとか適当な事言っておけばいいのだから。どうせ本人は鳥籠の中なのだからその事実を知る由もない。


「……何が言いたいんだ」

「貴方は強いから、今まで頼らざるを得なくて何度も頼ってきたけど、私は貴方を心から信用出来てないの。正体がわかるまでは」

「信用できないのならば、それでいい。賢明だ」

「そういう問題じゃない!」


 虚をつかれたようにフォルテが言葉を止めた。イデアが苛立たしげに叫んだのをイリスがなだめる。

 ふと、イリスは気づいてしまった。イデアが今更フォルテに対し疑惑を露わにした理由に。


「お姉様────もう時間がないんですか」

「違う。違うけど……もし私の身に何かあったらどうするの? フォルテが裏切ったら、誰が太刀打ちできるの?」


 クックと、笑い声が聞こえて二人はびっくりして顔を見合わせた。

 イリスはフォルテの笑みを生まれて初めて見た。口角を歪め、嘲笑うような笑みだった。


「ラルバは力を使いこなせば強力だと思う。残念な事に本人の頭が弱いから、すぐくたばるだろうがな」


 イデアはしばらく唖然としていたが、すぐに我に返った。


「まあ、貴方に勝てる程の実力はまだないでしょうね……だから貴方が厄介なの!」


 フォルテはいつもの仏頂面に戻り、イデア達から目を離す。また森を見張りだしたのだ。


「……これだけは誓おう。このおれがイリス様と、あのルーク・ソーリスに危害を加える事は決して無い────たとえ、他の奴に危害が及んだとしても」


 フォルテは嘘は言わない。言う必要が無いからだ。だが本当の事さえ、今必要じゃない事は言わない主義らしい。


「……本当に得体の知れない人ね」


 呆れたのか疲れたのか、イデアはもう溜息をつくだけだった。

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