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第四話 魔女の影

「……契約者ってどういうことよ? 意味わかんないんだけど」


 あの子の言っていた女の人って、まさか……いやまさか、そんなはずは。

 ミカエラは内心の動揺を隠しつつ目の前のイデアを見つめる。イリスだったときには絶対見せなかった、険しい顔。


「本当はわかってるんでしょう? 魔女の事」

「ええ、魔女の事なら知ってる。でもあたしのは違うわよ」

「……違う?」


 ミカエラが頷いた。

 イデアなら真実を見抜いてくれるかもしれないと信じて、彼女が言っていたままの話を紡ぐ。


「そう。一人は、最近噂でよく聞く黒の魔女の事。そして、もう一人はあたしの愚痴を聞いてくれる優しい女の人」

「……ミカエラっていったかしら。その話、詳しく聞かせてくれる?」

「あたしが知ってる限りの事、全部話すわ。でも、ここで立ち話もなんだから……あなた達旅人でしょ? 泊まってる宿屋に案内してくれない? きっと人はいない方がいいと思うから」


 イデアが背後のフォルテに目配せして、何事かを囁いた。それに彼は首を傾げてまた何かを言う。


「いいわよ。こっち……」


 ミカエラを案内するイデアはどこか不敵に微笑んでいるようだった。ミカエラの横に並んで、一緒に歩き出す。




 イデアの部屋に着くと、彼女が素早く扉を閉めていきなり小声でこう切り出してきた。


「イリス」

「え?」


 ミカエラは目を丸くした。


「な……何を言ってるかあたしにはさっぱりなんだけど」


 嘘下手だな、私。と思う。

 懸命に否定しようとしても、どうしても動揺は完全には隠しきれない。


「私が嘘嫌いって知ってるわよね? どうして嘘をつくの?」

「逆に言うけど、どうしてあたしがイリスだって思うの?」


 彼女はふふっと僅かに笑った。まるで図星だとでもいうように。


「だって宿屋に向かうとき、わざと案内しなかったけど貴方に全く迷いがなかったもの」

「あたしローズマリーズに住んでるんだから当然でしょ?」

「でも、私の部屋も迷わず進むってのはさすがにおかしくない? 普通はどの部屋って尋ねるんじゃないかしら」

「え……」


 それもそうだ。宿はわかったとしても、赤の他人がどの部屋に泊まってるかなんてわかるはずがない。


「それにね、私がイリスって呼んだときの反応がもう私がイリスですよって顔してたわよ!」


 限界だ。しばらくして、ふう、とイリスは息をつく。


「……その通りです。入れ替わったんです」

「イデアの言った通りだった……」


 フォルテは僅かに驚いた様だった。


「名演技だったでしょう? フォルテ?」

「それより、どうしてこうなったのかを順番に聞かせて頂戴」

「はい。とはいっても単純な話ですけどね……」


 イリスは全てを包み隠さず説明した。

 ミカエラが出会った女の人の正体もたしかめたかったし、なによりこのままだと彼女がラルバに本当に手を出しかねないから一刻も早くこの魔法を解きたいのだ。

 イデアは深刻な顔でじっと聞いていた。ただの個人的な感情から身勝手な行動に出て絶対に怒られるだろうと覚悟していたのに、話を聞き終えた彼女は至って冷静だった。


「そう。彼女もああ見えて相当参ってたのかしらね」

「……というと?」

「イリス! ミカエラが言っていた魔女は私達が思ってる魔女と同一人物よ。あの子、貴方を嵌めるつもりはなくて本当に何も知らなかっただけだと思うわ……」

「待ってください。では何故ミカエラちゃんが呼んだら必ず魔女が来たんですか?」

「ラルバ君にも以前言ったことがあるけど、魔女は人の弱みや闇に付け込んで利用するの。ミカエラは前から既に彼女に標的にされていたのかも……洗脳、というか無意識に操られていたのかもしれない……」


 たしかにミカエラは魔女の事を悪く思っていない様子だった。洗脳まではいかないまでも、利用するために魔女から綺麗事だけを吹き込まれている可能性は十分あり得る。


「……ッ!!」


 突然、イデアの顔が青ざめていった。


「……お姉様?!」

「早く二人を捜しに行きましょう!! 今、イリスの姿になったあの子が何の気なしに魔女に近づいたら……襲われてとんでもない事になる!!」


 とてつもなく嫌な予感がした。

 窓から差し込むのは西日。日が沈むまでもう少しだ。そしてラルバはまだ帰ってくる気配がない。魔女が現れるのは夜────もう時間がない。


 イリス達は、オレンジ色に光る町の中をを走り出した。





 広い空は薄紫に染まり、月は細長く俄かに黄金の光を帯び始める。


「なあ、イリス……そろそろ帰らないか? またイデアさんに怒られるぜ」

「待ってください。最後に行きたい場所があるんです……大丈夫です、すぐ終わりますから」


 ラルバはイリスの姿をしたミカエラに手を引かれ、町の外の方へ向かって走っていた。


「でもさ、一体どこに向かってんだよ? オレらだけで宿の部屋でも借りる気? それか、駆け落ち?」

「…………ひーみーつ、です」


 ラルバの冗談を受け流し、彼女は人差し指を口にあててクスクスと笑った。





 一体どれくらい捜して回ったことだろう。

 星が瞬く中、イデアの光が導くままに歩いているといつの間にか町から大きく外れてしまっていた。もっと行けば、また丘がありそして雑木林が待っている。


 この間に考えた事がある。

 本当は私はあの女性が魔女だって事に薄々気づいていたんじゃないかと。けれど、そんなのどうでもよかったんだ。


 自分は最低だ。早い話、イリスという人間にうんざりしていたのだ。

 自らが持つ正体不明の力も、それ故に生まれる束縛やしがらみにも、魔女達にも、その立場を誰かに押し付けたくなる程心底嫌になっていたのだ。いくら外見を変えたところで、自分は自分でしかないのに。


 ふいに、イデアが立ち止まってイリスは我に返った。


「確実に近くにいるわね……あら?」

「お姉様? どうしたんですか」

「ごく僅かだけど魔女の反応があちらこちらに……!」


 イデアは目を閉じて強く念じると、音もなくぼんやりと輝く光の結界が現れて三人を包み込んだ。


 結界の向こうを見てイリス達は言葉を失った。

 外から結界の壁を叩くのは、大量のうねうねとした黒い人型のような何か。しかも植物が地面から生えてくるが如くその数を増やしていく。

 以前見た魔女の影の濁流以上におぞましい光景だ。


「お姉様!! あれも、あれも……魔女の影なんですか!? ラルバさん達は!?」

「手遅れ……かもしれない。ミカエラは魔女に憑りつかれ、そこにいたラルバ君も巻き添えになって……フォルテ。ためしにあの中の一人を攻撃してみてくれないかしら」


 フォルテが適当に岩を結界の向こうの影の一体にぶつけてみると、ガン、と物質同士がぶつかり合う音を立てて同時に砕けた。前のように霧散した影が再び集まって元の形に戻るようなことはなかった。


「物理攻撃が効いている……これはただの魔女の影じゃない、ジルエットと同じ怪物よ。やっぱりミカエラはもう魔女に襲われた後なんだわ……魔女はイリスの力も手に入れてしまった!!」

「じゃ……じゃあどうすればいいですか!?」

「決まってるじゃない、奪い返すのよ。お願いフォルテ、イリス、力を貸して」

「もちろんです!」


 フォルテも黙って頷いたのを見て、ほんの少しだけイデアの表情も和らいだような気がした。

 と、次の瞬間、バリリとめり込んだような嫌な音が結界内部に鳴り響いた。影達が結界を破ろうとしているのだ。次々と腕が伸びてきて、あっという間に結界は薄いガラスのように壊れていく。


「イリス様、これを」


 さりげなくフォルテが渡してきたのは短剣。イリスには少し大きめだ。


「短剣……」

「護身用です。私は滅多に使う事がないので今まで忘れていましたが、よろしければお使いください」


 言うなりフォルテは、振り向きざまに大量の影を岩で押し潰した。辺りに岩の破片が散らばり、黒い霧のようなものと共に砂塵が巻き上がった。

 イリスも覚悟を決める。短剣を握りしめ、襲い掛からんとする影に斬りかかった。


 肉が斬れる嫌な感覚と頬に軽い痛み。影が倒れる間際、イリスを殴ったのだ。

 今のはごく軽いものだったけれど、油断していれば殺される事もあるかもしれない。手が震えるのを無視して次の相手に突進する。


 イデアは手から放たれた光線は直線上にいた影達を貫き、黒い花びらのように一斉に散らしていった。


「二人共、こっちよ!」


 イデアが光で切り開いた道を進み、導かれるように二人も続く。

 が、ついイリスは足を止めそうになった。


 ────向こうから誰かの声が聞こえる。


「……何か聞こえる」


 フォルテも同じ風に思っていたようだった。

 と、同時にイリスの前に突然空からどさっと影が落ちてくる。


「きゃっ!!」


 ついでにどこからかもう一体が頭上を吹っ飛んでいって近くに落っこちた。

 瞬間、イリスは声の正体を察した。何故だか少しだけ泣きそうになった。


 絶対、もう駄目だと思っていたのに。


「うぜえ、死ね邪魔だっ!!!」

「本当だね。これは厄介だ」


 段々声は近づいていき、やがて見えたのは夕日とよく似た温かい光を灯すランタン。それに照らされる二人の男。

 敵を倒すのに夢中になっていたイデアも振り向く。


「ラルバ君……無事だったのね!! でもあの人は……?」


 一人は息を弾ませたラルバ。そしてもう一人、ランタンを持っていたのは頭から生えた兎の耳から肌と髪に至るまで、穢れない純白と浮世離れした雰囲気を身に纏う美青年だった。

 ラルバはミカエラ……の姿をしたイリスを認めた瞬間、とてつもなく渋い顔をした。


「ラルバさん、私はイリスです!! 信じてもらえないかもしれませんが」

「え……えぇ?」

「入れ替わったんですよ、魔女の魔法で!」


 どうやらそれで腑に落ちたらしく、呆れ顔で彼女の側に近づいてきた。


「あぁ……あのイリス、なんか変だと思ってたんだよ。さっさと逃げてきてよかったぜ」

「えっ」

「!!」

「へ?」


 イリスやイデア、彼の後ろの白い青年もびっくりしたようにラルバを見る。が、当の本人は何故そんな目で見られるのか全くわかっていないようできょとんとしている。


「……ラルバ・ウォラーレ。それがもしイリス本人だったら、大変な事になっていたよ!」

「私じゃなくても大変です! 魔女がミカエラちゃんに憑依して力を手に入れてしまうんですから!! 私が入れ替わってしまったがために……」

「ラルバ君。あの子、捕まったの?!」


 三人の剣幕に萎縮しながらラルバは小さく頷いた。


「あ……うん、なんというか。アイツが町外れに向かってる地点でおかしいと思ってたんだけど、自分から魔女に向かっていったんだよ! オレは悪くねえよ、一応止めたんだからな。でもそれ無視してアイツが近寄ったらやっぱ捕まってさ、それで助けを求めてたけど口調がイリスじゃねーから逃げて、そうしてるうちに黒い人みたいなのがわさわさ出てきてヤバいと思ってたらこの人が助けてくれて……」


 ラルバは青年に助けを求めるかのように視線を投げかける。


「私が助けてなかったら、彼はあなた方が来るまでがんじがらめにされたまま待っているつもりだったみたいだよ。でも、私はあなた方を逆に助けに行くよう諭したんだ」


「待っていたんじゃなくて動けな……」と異論を唱えようとするラルバを青年が「静かに」と制する。一瞬女性と見まごう程の美しい顔立ちに似合わぬ、深く落ち着いた声だった。


「貴方……何の目的か知らないけどこの際時間が無いからどうでもいいわ。ミカエラ奪還を手伝ってくれるのかしら?」

「もちろん。そのつもりだよ」


 青年は笑ってみせたが、どこか翳りを帯びた寂しい微笑みだった。

 と、ずっと影から彼らを守ってくれていたフォルテの言葉で一同は我に返る。


「このままではきりがない。やはり親玉を叩かなければ……」

「……そうね。こっちよ、来て!」


 閃光の如くイデアが先陣を切った。蠢く影達のせいで右も左も北も南もわからない。信じられるのは、お互いに惹かれあう光と闇だけ。それこそが彼らを魔女の元へ導く。

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