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第三話 歪む感情

※これはダークファンタジーです。多分。

「イリス……機嫌いいな。なんかあった?」

「いえ、なーんもないですよ!」


 戸惑い気味のラルバの手を引きつつ、イリスとなったミカエラは意気揚々と歩いていた。

 だって、別人の身体とはいえ男と遊ぶなんて人生初だ。客引きをしながら周りを見ていると若い人は皆当たり前のように遊んだり、下手すれば結婚までしているというのに自分だけ十九にもなって恋愛経験皆無というのはあまりにも恥ずかしかった。どれもこれも全部、あのクソ親父のせいだ。


 すらっとしてはいるけどやや猫背で、三白眼は半開きで、寝不足なのかうっすら隈ができている。気だるげだったり子どものようにふざけたり、そんな気分屋なところも良いと思った。自由奔放で、自分に嘘がないような気がして。

 そんな彼の名は……


「ラルバさん。どこに行きた……」

「甘いのが食いたい」


 あまりに予想通りの回答に思わずイリスは苦笑した。

 彼はハチミツをそのまま食べたがるくらいの甘党らしい。だから遊びに行くならそういうお店に行くといいと入れ替わった後、ご丁寧にイリス……いやミカエラは教えてくれたのだ。


「はい、いいですよ。私、実はあなたがそう言うと思って昨日のうちに色々調べてきたんです!」

「マジで? あ、それで昨日宿から抜け出してイデアさんにめっちゃ怒られてたの?」

「まあ、そういうとこです!」

「馬鹿だろお前」


 そう言いつつも彼は満更もなさそうな顔をしている。


 それにしても昨夜は本当に驚きの連続だった。


 あの人に相談したとき、面白い魔法を貰ってまず一回。想像以上に取引にイリスが乗り気で二回。宿に戻ろうとしたとき、いきなり大柄の男に取り押さえられて三回。更にそのあとイリスとそっくりだけどとても美人な女が鬼のような剣幕で怒りだして四回。正直、頬をぶってくる親父以上に怖かった。

 最後にその整った顔が突然崩れて「お願いだから、無茶だけはやめて。貴方に何かあったら……」と消え入りそうな声で言ってきて五回。


 イリスは一言で言うなら箱入り娘のお嬢様みたいだ。今までお屋敷から出られなかった反動で、人並み以上に好奇心旺盛でおてんばなのに違いない。


 ────イデアもフォルテとかいう護衛も大変だね。大人しい表の顔と素顔は大違いだもの。女って怖い。

 そうだ、ラルバに悟られないようにイリスとの関係を聞きだしておかなきゃ。会話から考えて付き合ってはないけど、そして彼には別の相手がいる……それが誰なのかも知らなきゃいけない。もしも、付き合ってないのならあわよくば……


 わざと今の状態で冷たくしてイリスの好感度を下げる? 今のうちにミカエラの方に興味が向くように仕向ける?


 ラルバとお喋りしつつ策を練る。

 彼女は会ったばかりのラルバの外見で全て好意的に受け止めてしまったのだ。


 ホントあの人には感謝しなきゃ。あ、そうだ。元の姿に戻る魔法を教えるからもう一度会いに来てほしいって言われてるんだった。そのときにお礼しなきゃ。ラルバと仲良くなりたいという願いを間接的にでも叶えてくれた魔女様に────


 彼の素顔も知らないで。





「……ラルバさん、単刀直入に言いますが」

「んー?」

「好きな人は誰ですか?」

「ブフッ!!!」


 ラルバが飲んでいた紅茶を盛大に噴き出す。

 無理もない。今まで雑談していたのに喫茶店に入った後はお互い沈黙で、そのどこか気まずい雰囲気の中で唐突にこんな事言われたら。


「ゲホッ、ゲホッ……変な事言うなよ。どうしたんだよマジで……」

「いえ、昨日ミカエラちゃんに言われた事が引っかかってまして。それでいっそ関係をはっきりさせておいた方がいいかなと」

「ミカエラ? 誰だそいつ?」


 四杯目の砂糖を紅茶に投入しつつ、ラルバが訝しげに聞く。

 そうだ。ラルバはミカエラの名前を知るはずがない……が、二人で話しているところを彼は見ているはず。だから問題なし!


「あの、帽子屋の客引きしてた女の子ですよ。私、彼女かって聞かれたでしょ」


 イリスも紅茶を口に運ぶ。


「ああ、アイツ」

「!!」


 目の前でのアイツ呼ばわりに今度はこちらが噴き出しそうになる。しかも心なしか面倒くさそうな顔している。これは……脈なしどころではない!


「イリス。あのな、ああいう女の言うことなんか気にしなくていいよ。どーせうわべだけだろうからさ。オレ、昔たくさん言われてきたからすぐわかるんだ。お世辞言っときゃいいだろみたいな考えが見え見えで、正直キモいよな」

「…………」


 スプーンを手に持ったままくっくと笑うラルバを前にイリスは俯いたまま、何も言う言葉がない。

 そこまでボロクソに叩かれるとさすがに傷つく。ズタズタのボロボロだ。


「あれ、何黙ってんだ? お前がそういう奴だとは思わねーよ? ただそういう事言う奴はあんまあてにすんなって言いたいんだよ」

「……あの、実際」

「へ?」

「あなたの好きな人は誰なんですか?」



 ようやく絞り出した言葉に、ラルバの手からスプーンが落ちた。

 知りたい────いや、絶対に突き止めてやる。本物のイリスが言っていた「別の相手」とは誰なのかを。

 

「おい、まさか……本当にオレの事好きだって言うんじゃないだろうなっ?!」


 ラルバが動揺して声が上ずってくる。

 空いた店内に彼の声が響いて、何人かの人が野次馬のようにこちらを見つめている。


 イリスは心の中で、一人叫ぶ。


 そうだよ、あたしはあんたが好きだったんだよ。でも嫌われてんなら、せめて心を奪った女が誰なのか突き止めてやる! 本当はイリスの事が好きだったとしても決して渡さない。そんなの許さないから!!


「今は私の事はどうでもいいです! ……あ、わかりました! お姉様が好きなんですよね? そうでしょ!?」


 そうだ、また魔女様に頼めばいい。今度はその女を魔法で不幸にしてあげようか。

 あれ、あたしってこんな性格悪かったっけ?

 でもそんなのどうでもいい。そのお姉様とやらを……!!


 瞬間、軽い音が響いた。


「落ち着けよイリス! お前頭でも打った?」

「……!」


 ラルバに頭を叩かれて、自分が興奮しすぎていたことに初めて気づいた。

 嫌われたからって彼が好きな女を妬むなんてもっと嫌われるだけだとわかっているのに。


「すみません……私……本当に頭打ったかもしれませんね」

「あ、いや、別にいいんだけど……」


 それから、とても重い沈黙が流れた。

 もしかしたら好感度を下げる事はできただろうけど……なんてまた考えている。ラルバは居心地が悪そうに拾ったスプーンを握ったまま窓を見ていた。


 話題を変えなければならない。そう思ってなんとか重苦しい空気を突き破ってみる。


「あの、そういえば知ってますか。謎の切り裂き魔の事」

「……切り裂き魔?」


 いい感じでラルバが食いついてきた。

 話の流れを変えるチャンスだとイリスは顔を近づける。


「そうです。今まで何十人もの人が何者かに殺害されてるんです。で、死体には必ず切り裂かれたような傷があるので切り裂き魔と呼ばれてるんですが、あまりに無差別なのと範囲が広すぎて犯人が全く掴めないそうです」

「……ふーん? また魔女の仕業じゃねーの……って、まさかお前!」


 急にラルバが席を立って、焦ったようにスプーンでイリスを差した。


「ど、どうしました?」

「お前、まさか昨日の夜……魔女と会ってそそのかされたんじゃないだろうな!? 魔女が近かったから、イデアさんの具合が悪かったんじゃないのか?」

「そんなわけ……ないじゃないですか」

「……だよな。まさか姉貴の敵にお前が惑わされるはずないよな」


 彼は溜め息をついてまた席に着いた。

 ラルバの目が今までと全然違ってあまりにも真剣だったから、一瞬言葉を詰まらせてしまった。でも、それにしても一体魔女がなんだというのだろう。正直、そんなに悪い奴だろうかと思わないでもない。


 願いを叶えてくれる、というか願いを叶えるための魔法をくれる辺りあの人が魔女だって事くらい薄々気がついてはいたのだけれど、本物のイリスには黙っておいた方がよさそうだ。


 にしても、ラルバはなんでそんなに真剣なんだろう。なんでそれでイデアの具合が悪くなる?


「気をつけてくれよ……オレだって願い事くらいあるけど、どうせ弄ばれて終わりなんだから」


 すっかり冷めてしまった紅茶を飲み干して、彼は何か考え込むように俯いた。それから、憂いを帯びた表情で深い溜め息をつく。


「……? ラルバさん?」


 イリスが声をかけてもぼーっとしていて返事がなかったのに、ふいに「あ」とラルバが顔をあげた。


「あ?」


 その直後、彼女は自分の心配は一瞬で杞憂だったのだと知る。


「甘い物食いたいって言ったのに食えてねー!! イリス、野いちごのタルト食いたいんだけど!」





 一気に肩の荷が下りたような感じがする。

 ミカエラはこれまでにない経験に胸を躍らせていた。

 

 だって知らない人とも自由に話せて、誰も変に自分を崇めたりなんかしない! お店の手伝いもやったことがないし、何よりフォルテの監視の目なんてのも存在しないのだ! ようやく自由の身になれたと思った。

 ただ、帽子職人の父親とは思ったよりも喋られなくて、それどころか怒鳴られてばっかりでそれだけ少しがっかりしたけれど……


 前に、森でラルバにお母さんはどんな人かと尋ねた事がある。それの答えは「デブで不細工でうざいよ」の一言だけだった。多分、親子ってそういうものなのかもしれない。でも、自分は両親の顔を覚えていないからそれでも羨ましかった。


 ミカエラになって、いつもより少しだけ景色が高く見えるようになった。だからって太陽や月が近くなったようには見えないけれど、もし自分がもっと大きな生き物になったとしたらどう見えるだろうと考えた。星に手が届くと思い込んで手を伸ばしてみたりもするのかな。


 ミカエラになっても相変わらず仕事の合間にふと空想に耽る日々が続いた、そんなある日。


 それはミカエラがいつものように店前に立っているときの事だった。

 ふとラルバと共に歩くイリスの姿を見つけたのだ。いつも以上にお喋りなイリスと、困惑しながらも笑って相槌を打つラルバ。

 声をかけようとして、やめる。彼と近づきたいというのが彼女の願いだったのだから。どうせ、そろそろ期限は近づいてるのだし……


 と、イリスがこちらに気がついた。そして彼女が次にとった行動がミカエラの感情に火をつけた。


 突然イリスがラルバの腕に飛びついたのだ! おまけに「あなたはあくまで彼の友達だったんだからいいでしょ?」と言わんばかりにウインクまでして。


 挑発だ、と思った。この姿じゃどうせラルバに手が届かないと思って。


 目を見開いたまま、ミカエラの顔から感情が消え失せる。

 あの子は調子に乗っている。よく見れば顔を真っ赤にして慌てふためくラルバの腕に、胸まで押し当てて────自分の事だけど、胸なんてろくに無いくせに!


 その気になれば、ラルバの前で真実なんて簡単に白日の下に晒せるのだ。自分達しか知りえない事を彼の前で語れば良いだけ。こんなだからラルバもイリスの様子がおかしい事はさすがに気づくはず。だからいくら彼女が猫を被ったって無駄。


 追い詰めてやる。


 決して嫉妬なんかではない。自分の姿で好き放題やってるあの子を少し懲らしめたくなったのだ。


 仕事を放り出してイリス達を追おうとした、そのときだった。


「やっ?!」


 後ろから何者かに強く腕を引っ張られる。


「やっと見つけた……契約者は、貴方でしょう?」


 そこにいたのは、イデアとフォルテだった。

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