表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/35

第二話 面影

一話の最初にプロローグ的な何かも付け加えておきました。ご覧になっていただけると嬉しいです。

 イリスとラルバ、そしてフォルテは帽子屋を後にして宿屋に向かって歩いていた。


「もう……誤解を招くような発言はやめてくださいよ、ラルバさん」

「えー? オレのせいじゃないよ。イリスが反応したから悪いんだよ」


 ラルバは全く悪びれた様子もない。ラルバはイデアの事が好きなのだとして、もし自分までが本当に彼の事を好きだったのだとしたら、この人は一体どうするつもりだったのだろう。

 それにしても、あんな満面の笑顔は久しぶりじゃないだろうか。多分、あの森でお話したとき以来だ。


「────まあ、いいですけど」


 横を向いたとき、彼の姿はどこにもなかった。


「あら? ラルバさん? どこ行ったんですか?」

「ラルバなら、あそこに」


 フォルテの目線の先には、大きな看板のようなものへ吸い寄せられるように近寄っていくラルバがいた。


 それは日々の出来事などが伝えられる掲示板だった。小さな広場の中心にあって、ラルバの他にも数人の中年女性が眺めながらぺちゃくちゃと世間話に花を咲かせている。


「ラルバさん!」

「あ、なんだイリスか。どうしたの?」

「それはこっちの台詞です。いきなり消えたかと思いました」

「んなわけねーだろ。オレはちゃんとあっち見てくるって言ったんだからな」


 いつか「聞こえるように言えや」と文句を言ったのはどこの誰だったか……がそれはいつもの事なのでイリスは黙っておくことにした。フォルテでさえももう彼の口の利き方について何も言わない。どうせ死んでも治らないだろうから。


「ところで、何を見てたんです?」

「……ん? ああ、なんか知り合いによく似た絵があるって思ってさ」


 イリスとフォルテも一緒になって掲示板の記事を眺めてみる。占星術師の占い、他は大抵小難しい文字がびっしり書いてある記事ばかりで、人生の中で絵本しか読んだ事のないイリスには難しくていまいちよくわからなかった。単語だけ見ればいくつかわかるものはあるのだが……。


「四十、斬られた、謎、ジャック……? うーん……フォルテは字って読めましたっけ」

「申し訳ありませんがこの文字はわかりかねます」

「ですよね……」


 イリスは溜め息をついた。村では字など読めなくても生きていくことはできたから、完璧に読める人間の方が珍しかったに違いない。それでも、彼は以前絵と記号と文字が混ざったような奇妙な字を書いていたところを見たことがあるから期待していたのだが。

 そこで、イリス達の目に留まったのがラルバの言っていた絵だ。


 イリス達よりも年上に見えるその男は短い灰色の髪を持っていて、黒ずんだ茶色の瞳には誰も寄せ付けまいとする強く攻撃的な光を宿している。そしてなにより特徴的なのは────右目の真っ黒な眼帯だ。


「……怖そうな人ですね」

「他の奴らがどう思ってたかは知らねーけど、少なくともオレにとっちゃ良い兄貴だったよ。小さいときよく遊んだんだ。ほら、あの境の村で」

「ラルバさん、お兄さんがいたんですか?」

「いや、血は繋がってねえけど……兄弟みたいなもんだったよ」


 ラルバの目はもう絵など見てなかった。とうに過ぎ去って失われかけた思い出を探るような目つきをしていた。


「縄抜けを教えてくれたのも、バレないように盗みの技術を教えてくれたのも兄貴なんだぜ」

「……」


 ラルバは小悪党のような笑みで怪しく目を光らせる。

 どうやら彼はこの兄貴という人に強く影響されているらしい。そう考えるとお世辞にもあまり善人とは言えないのだろうが、ラルバが慕っている以上あまり悪くも言えない。


「で、その方は今何されているんです?」

「わかんない」

「え?」

「え? ってそのまんまだよ。ある日突然、友達と一緒にいなくなっちゃったんだ。親と大喧嘩して家出したんだっておふくろは言ってたけど……もう十年ぐらい帰ってきてねーし、今どうしてんだろ? 元気にしてるかな?」


 ラルバはそうしみじみと語った。


「あー、この字が読めれば少しは違う気がするんですけどね! 掲示板に載ってるってことはそれなりに有名なんでしょうし」

「字なんか読めたって意味ねーし。コイツ似てるけど、多分兄貴じゃない」


 彼を慰めるつもりで言ったのに、何故だか逆にムッとされる。というよりもいじけられる。

 ラルバはそういうところがある。我が儘で、注意をすれば逆ギレする。褒められれば喜んで、図に乗るときはとことん図に乗る。それはまるで────


「どうして違うってわかるんです?」

「まず、眼帯なんかしてない。目の色だってオレらと同じ緑だよ」

「……そうですか」

「あ? 何かあんの?」

「いえ、私達の目の色は変わる事があるんですよ。何か理由があったはずですけど……お姉様の方がこういうのは詳しいです」


 ラルバがはっと目を丸くした。


「あ、そうだイデアさん大丈夫かな。店にいたときすっごくふらふらしてたんだ……そろそろ帰ろうぜ、イリス」

「そうですね……お姉様はああ言っていたけど、あまりこの町に長居はできませんよね」


 言いながら、自分の中に仄暗い感情が宿っていることをイリス自身も感じていた。


 ────お姉様がこの状態なら、夜に抜け出す事も容易い。見張りが一人減るようなものだから……そう思ってしまうのは、不謹慎だろうか?


「……イリス?」


 気づくと、ラルバは既に先を行ってしまっていた。フォルテの方はイリスが動き出すのを後ろで律儀に待っていてくれていたようだが、やはり彼もどこか不思議そうにイリスを見つめていた。


「いえ、なんでもないですよ。行きましょう」


 今の思考を振り払って、彼女は慌ててラルバを追いかけた。





 そして夜。同室のイデアが寝込んでいる隙を狙ってイリスは宿の部屋を抜け出してきた。余計な心配をされないように、「外の空気を吸いに行ってくる」と宿屋の主人に伝言を任せて。

 それなのに、店の裏で待っていてもなかなかミカエラは来なかった。


「遅れたら承知しない」と自分から言ってきたくせに。

 そう思わなくもないけれど、店の後片付けでもしているのかもしれないし、昼間イリスとお喋りしていたせいで父親に叱られているのかもしれない。彼女の父親は聞いた所大分厳しそうな人間みたいだから────


 夏だからか、夜とはいってもまだ日は完全に落ちていない。群青の空を夕日の残光が僅かに照らし、影に塗りつぶされた鳥達が巣へ帰っていく。良い子はもう家へ帰っているはずの時間だ。


 だったら私は悪い子か……でも、そもそも帰る家なんてなかったな。


 ぼんやりと考えながら一人ぼっちの星を見つめていたとき、ようやくミカエラは現れた。


「ミカエラちゃん! 遅かったじゃないですか」

「ごめんごめん! 色々あって遅れちゃったぁー」


 顔の前で両手を合わせて彼女は言った。


「いいですけど……何かあったんですか?」

「ふふ、聞きたい?」


 さあ早く聞いてとでも言わんばかりに、ミカエラは目をキラキラさせてイリスの次の言葉を待っている。


「は、はい。聞きたいです」

「あのねあのね、優しい女の人に相談に乗ってもらってたんだ!」

「…………女の人?」

「そう。ある所であたしが呼んだらどこにいてもすぐ飛んで来てくれるんだ!!」


 イリスは聞きながら、まさか魔女の事ではなかろうかと頭で考えていた。

 魔女は神出鬼没。ミカエラの語るこの女性はそういうわけではなさそうだが……?


「……ある所ですか」

「そう。ちょっと前かな、仕事で失敗してお父さんにこっぴどく怒られて、あたしが町はずれの丘でぼーっとしてたら後ろから話しかけられてね。それから悩んでいるときその丘で呼んだら来てくれるようになったの。今じゃあなたに次ぐ良い愚痴相手よ」

「ぐ、愚痴相手ですか……相談相手じゃなく」

「相談相手にもなるけど、主に愚痴相手ね!」


 夕日もすっかり沈んで、ミカエラの表情は見えない。でも彼女がクスクス笑っているのがわかった。


「ところで、何に悩んでいるのか聞いてもいいですか?」


 ミカエラが笑うのをやめた。少し間を置いて「……今から言うつもりだったんだけどね」と、声をやや低くして切り出した。


「イリスって、旅人でしょ? 見かけない顔だったもの。あのね、ぶっちゃけあたしあなたがすごく羨ましかったの。あのイリスと仲良くしてた男の子もかっこいいって思ったし、イリスは女のあたしから見ても可愛い顔してるし」


 あたし女にしては背高いから同じ背高い男が好きなのよねー、と彼女は冗談めかして笑った。


 だが、ミカエラは何が言いたいのだろう?

 まだ彼女の意図が全くわからないままだった。


「ねえ……単刀直入に言うけど、数日だけでいいの。数日だけ……あたしと入れ替わってくれない!?」

「えぇ?」


 入れ替わるということは、イリスがミカエラとなってミカエラがイリスになるということだ。それはわかるけれど、目の色も背も性格もまるで違うのに入れ替わるとは……


「そんなこと……できるんですか?」

「うっふっふ。イリス、実はあたし女の人に一個だけ面白い魔法を教えてもらったの」


 きょとんとするイリスに彼女はわざとらしく怪しげに笑ってみせた。


「魔法……?」

「まあ、見てなさいよ」


 ちちんぷいぷいー、と絵本にも出てきたありがちな呪文を唱えながらミカエラがその場でやたら動いている気配がする。そしていきなりイリスの手を掴んで叫んだ。


「メタモルフォーゼッ!!!」


 刹那、一瞬視界が何も見えなくなってそしてあっという間に元通りに……いや、何かがおかしかった。


 気づけばイリスは、目の前で微笑むイリスを見つめていた。


「ほら、ね?」


 目の前のイリスはそう言った。


「こ、これは」


 そう口に出して気づく。この声は、ミカエラの声だった。つまりそのままイリスとミカエラの心と身体が入れ替わってしまったようなのだ。


「これがあたしの魔法。面白いでしょ? 数日このままじゃ駄目かな? いえ、駄目ですか……?」


 上目使いにイリスとなったミカエラがじりじりと迫ってくる。


 駄目に決まってるじゃないですか、と言おうとして口をつぐんだ。


 彼女は毎日店の手伝いばかりしてると退屈そうな顔で語ったが、それでもまだ閉店後にはある程度自由時間がありそうだった。それに比べて私はどうだろう、と考えてみる。

 あの森でラルバと出会うまで人間の友達もおらず、今も毎日毎日フォルテに監視され、おまけに神の生まれ変わりだといわれているせいで得体も知れない連中に狙われたり、次々と厄介事に巻き込まれたり散々ではないだろうか。

 ミカエラちゃんは幸せ者だ、と思っていた。こんなきれいな町に住んで、毎日かわいい服を着て、家族も健在で、程よい自由があるのなら。


 でも、そんなミカエラはイリスがとても羨ましいと思っていたらしい。よく考えてみれば、お互いがお互いを羨ましいと思っていたならこの選択は間違ってはいないのではないか。それに、他人になるなんて機会は後にも先にもこれだけだろう。彼女の言うとおり、とても面白そうだと思った。数日だけだし、町のど真ん中だから怪物も多少手は出しにくいだろう。


 そして────ミカエラとなったイリスは言った。


「いいわ……たしかに面白そうだし。こんな調子で話せばいいんでしょ……?」


 こうしてイリスとミカエラの奇妙な数日間が始まったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ