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最終話 夜の中

 イデアはしばらくの間放心したようにその場に立ち尽くしていたが、イリスは魔女がいなくなったとわかるとすぐにラルバ達の元へ向かった。


 二人は怪我はないものの何が起こったのか全くわかっていないようで、光の結界の中で座り込んだままきょとんとした顔でイリスを見ていた。


「二人共! 大丈夫ですか?」

「イリス様……! イリス様こそお怪我はありませんか!?」


 フォルテはすぐに思い出したようで彼女に駆け寄ってくる。


「はい、大丈夫でしたよ。ラルバさんは?」


 ラルバは一瞬目を丸くした。


「……え? 平気。多分だけど……」

「多分ってなんですか?」

「いや、なんでもない。怪我はしてないよ」


 そう言ってすぐに彼は目を逸らした。


「……? あまり無理はしないで何かあったら言ってくださいね?」

「うん」


 少しラルバの様子がおかしい気がする。ちょっと呆けているような……でも、実際怪我はしていないのだから何とも言いようがない。

 もしかしたら蔓に絡め取られたときに流れ込んできた魔女の思念の塊のせいで、思考が少し停止しているのかもしれない。


 だが、魔女は倒された。皆がもう危険に晒されることはないのだ。だから────


「とにかく、これでやっと安心して旅ができますね♪」

「……だといいんだけど」


 なのにイデアはまだつれない顔だ。


「お姉様、どういう意味ですか?」

「あの魔女が本人だとしたらたしかにそうなんだけど、凄まじい魔力を持つとされる魔女があんなにあっさり倒されるかしら? それに私は昔彼女と戦った事があるけどあんなのよりももっと強大だったし、最後にあんな風になって襲ってくるなんてことなかったわ」

「じゃああれは偽者だって言いたいんですか」


 イデアは静かに頷く。


「偽者というよりは……自らの魔力で作り出した影ってところかしら」


 そう呟いた彼女の若葉のような美しい瞳は、今はしおれたように色褪せてすっかり輝きを失ってしまっている。


「そういえば、お姉様は過去に魔女と戦ったことがあるんですね。初めて知りました」


 イリスがそう言うとイデアは少し黙った後、決心したように語りだした。


「昔、魔女の力はとても弱かった。だから昔からイリスを狙っていたのはたしかだけど、側にいる私に逆らえないから大人しくしていたの。でも────」


 彼女は苦渋に満ちた表情を浮かべる。


「十年前だから、イリスが七歳くらいの頃ね。貴方はその頃にはもう教会に引き篭もっていたから何も知らないだろうけれど、何かのきっかけで魔女が突然力をつけ始めた。そうしてある新月の夜、イリスを、いえイリスの力を自分の物にしてしまおうと教会目がけて襲い掛かってきた。あの日、私はフォルテにイリスを頼んで彼女を鎮めに行ったの。戦いは一晩続いてなんとか倒すまではいかないまでも再び大人しくさせることができた。それでしばらくは平和だった。なのに、どうしてまた……?」


 最後は誰かに答えを問いかけているような口ぶりだった。


「……ジルエット」


 ぼそりとラルバが呟いた。


「アイツが現れてからだよ。アイツが現れてなかったら、こんなことにはなってなかった……」

「そうね。でもジルエットだって魔女の手先よ。だからその前に魔女が暴れ出すきっかけがあったはずなの。でも、前回のも含めてそれがなんなのかわからないの」


 きっと魔女が暴走したきっかけは、彼女の正体にも関連しているのではないか。何の手がかりもないが、直感的にイリスはそう思った。

「手がかりが少なすぎるから考えても無駄」そう言って肩をすくめたルークを思い出す。

 そう、考えてみれば何もかもが謎なのだ。フォルテと魔女の正体、神の生まれ変わりの力、そしてイデアにラルバ────全てはまだ何も見えない夜の中。


 あれきり皆は押し黙ったままだ。寝ようにも今夜はもう目が冴えて眠れそうにない。

 と、イリスは唐突に言った。


「……行きましょうか?」

「行くってどこへ行くの?」

「次の町へですよ。もうすぐだし、眠れないのなら歩いた方がいいと思うんですけど、皆さんは大丈夫ですか?」


 イリスは三人の顔を見た。イデアはじっと彼女の方を見つめ、ラルバは俯いて、フォルテは既に外套についた砂埃を払って出発する準備をしている。


「私はいいけど。ちょっと休めたし」


 イデアが立ち上がった。


「イリス様がそうおっしゃるのならば」

「オレは嫌だ。動くのが面倒くさい」


 ラルバだけは動こうとしなかった。代わりにわざとその場に寝転がって、ふくれっ面をこちらへ向ける。

 イリスはそのとき気づいた。ラルバの瞳は翡翠のような深い緑色だったはずだが、今の彼の瞳もイデアと同じように茶色がかって少しくすんで見えたのだ。もしかしたら、ただの我が儘ではないのかもしれなかった。


 昔、イデアから聞いたことがある。自分達の瞳が緑色なのは瞳に魔力が宿っているからだと。だから例えばこの目の持ち主が弱ったり、能力を使って魔力を激しく消耗すると瞳の色は段々葉っぱがしおれていくみたいに色褪せていく。そして、所持者が死亡したりなんらかの理由で完全に魔力を失うと────黒ずんだ茶色になるそうだ。


「わかりました。夜が明けてからにしましょう」


 だが、そう言った途端ラルバは「あっ、いや待て」といきなり飛び起きる。


「やっぱいいや。気が変わった。行くなら行こうぜ」

「え、無理はしなくても……」

「気が変わったっつってんだよ!!」


 いきなり怒鳴られて面食らったイリスに、彼ははっと我に返る。バツが悪そうに目線を逸らして「だって、早く月光花を見つけなきゃ……」と小さな声で続けたが、その先はイリスには聞き取れなかった。


 イデアが作り出した小さくて頼りない、けれどたしかな光を携えて彼らはまた歩き出す。まるで何かに突き動かされているように。こうして進み続けていれば、いつか夜が明けるように何も見えない闇の中からも光が差し込んでくると信じて疑わなかったのだ。





 少年は、誰かの背を追って、息を切らしながら走っていた。


 上から籠が降ってきて閉じ込められても、落とし穴に嵌って土埃にまみれても、どこからか大量の子蜘蛛が飛んできたとしても、構わなかった。だってつやつやとした光沢のある黒いマントを首に巻いた彼はとても恰好よかったから。彼がマントをなびかせて、森や村を飛ぶように縦横無尽に駆け巡るその姿が。


「僕にもそれちょうだい」


 少年は彼にそう言ったことがある。彼の答えは、


「十年はえーよ、ガキが」


 そう言って彼は鮮やかな緑の目を細めて、ちょっと小馬鹿にするように笑った。隣にいた彼の友人である白マントの少年が「こんな子供相手に意地悪言わなくたっていいじゃないか。ねえ?」と穏やかにたしなめても「出直してきな」の一点張り。だから少年も意地になって、彼が自分を認めてくれるまでずっと追いかけていた。


 彼らがいつしか兄弟のように仲良くなって少年が彼を追いかけまわすことがなくなっても、そして彼が友人と共に突然行方をくらましてしまった後でさえも、少年は実はずっとずっとその背に憧れ、後を追いかけていたのかもしれない。


 彼がいなくなってから随分経つが、その存在を忘れた事はない。

 かつて兄貴と呼んで慕っていた、そしてもう見えなくなってしまった彼の後ろ姿を、かつての少年は今も追いかけている。

第二章終了です。ここまでお付き合い頂いた方、ありがとうございました。

最後のは、第三章のプロローグ的なものになります。

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