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第十話 ジルエットの狂気

緑目狩りの件、終了です。長くなってすみません。

「あっ、来ましたよ!」


 イリスの一言で壁にもたれかかっていたフォルテが顔を上げた。


 大きな屋敷からぞろぞろと人が出てくる。ルークと何やら言い合っているジルエット、ラルバに引っ張られているのは全身縄でぐるぐるに(ついでにボコボコに)された親分、更にイデアと痩せ細った《ゲムマ族》数人。二人はアジトと思われる屋敷の前で彼らをを待っていたのだ。


 迷路のようなこの街でアジトを見つけることができたのは、ジルエットのおかげだった。二人が夕闇の街を彷徨い歩いているとき、突如頭上から舞い降りてきてこう言ったのだ。


 ────ボク、空から見てたから知ってるよ。案内してやろうか。


 手がかりが一切ない状態だったから、さすがのフォルテも彼を頼るしかなかった。

 そして着いた途端、フォルテがジルエットにお前が行って来いと言い出した。曰くイリス様を危険な目には遭わせられないが、おれが行ってしまっては誰もイリス様を守る者がいなくなる、と。何故かジルエットも快諾、口の端を不気味に歪ませて単身突入していったというわけだ。


 そんな彼は思う存分暴れたらしく、暗褐色の髪もどこかの民族のような変わった服も血みどろになっていた。


「いやぁ~、ごめんごめん。入ったはいいけど、じめじめした狭い廊下にいっぱい人がいてさ、そん中にいるうちになんか動悸が止まらなくなって気持ち悪くなって冷や汗出てきて頭が真っ白になって……気づいたらこうなってたの★」

「軽々しく言うけど、お前自分が何したかわかってるの?」

「大量殺戮」

「さらっと言うな! 相手も罪人とはいえ重罪だぞ! しかも中には捕まった人達も混ざってたんだ!!」

「ああそう? ゴメンネー」

「てめえ……こいつと一緒に絞首台送りにしてやろうかっ!?」


 お互い凄まじい事を口走っているのには気づいていないようだ。彼ら以外は喋る気力がないのか、誰も指摘しようとはしなかったが。

 ふと、ラルバがこちらに気づいた。


「あ……イリス」

「ラルバさん!」


 よかった。色々あったみたいだけど、とりあえずお姉様やラルバさんやルークさんも無事で本当よかった!

 だがイリスは近づいて初めて気づく。


「あら? ラルバさんそれ……」


 指差したのはラルバの右腕。治療後らしく包帯が巻かれているが、広範囲にわたって赤く染まった包帯が傷の深さを物語っている。


「ああ、これ? クソデブに斬られたんだよ。変な魔法使いやがってさ」


 さるぐつわを噛んだ親分が何か言っているが、敢えて無視することにした。


「変な魔法、ですか?」

「ああ。色々あったんだ────魔女とか関連してるみたいだし、明日にでも話してやるよ。脱出したらなんか疲れた」


 彼らしくもなく溜め息をつくと、早くしてくれと言いたげにルークの方を見る。ルークは未だジルエットと口論中だ。しかも白熱してしまい、仲裁に入る隙などなくなってしまっている。


「ホウリツゥ? ケンポウ~? なんでボクがそんなのに縛られなきゃいけないわけー? ボクは縛られる事が一番嫌いなんだよ?」

「好き嫌いの問題じゃない! とりあえず、お前も来てもらうからな」

「やれるもんならやってみな! ボクは虫けらごときに捕まる馬鹿じゃないよ」

「! な、なら……力づくで捕まえるまでだ……!!」


 震えながら呟くと、いきなりルークはジルエットに飛びかかった。と、ジルエットは畳んだ翼を広げてふわりと空へ舞い上がる。ルークは夜空に炎を放射するが、挑発するように一回転してそれをかわす。


「待て、逃げるなこの野郎!!」

「虫けら君の言う事なんて聞いてやらないもんね!! とっとと死んじまえバーカ!」


 ジルエットが罵詈雑言をルークに浴びせながら夜空へ消えるその前に。


「待ってください、ジルエット!!」


 イリスの呼び声に彼がゆっくりと振り向いた。


「何、まだ何かあんの? あんたがいるから、皆殺しにしたいのを我慢してるんですけどぉー?」


 今日のジルエットはご機嫌斜めだ。境の村で終始無邪気な笑みを見せていた彼は、コーラムバインではイリス達の前に現れて案内してくれたときすら無表情だった。強いて言うなら、突入するときだけ少し笑っているようだったけれど。


「あなたは魔女の手先のはずでしょう。それなのに何故私達を助けてくれたんですか? 単身突入までして……まさか魔女の命令?」

「これは魔女の命令じゃない。そもそもボクは簡単には命令に従わない。やりたいからやった。それだけ」

「……」


 何も言わないでいると、「ああもう、その理由を説明しろって言いたいんだろ。わかったよ」と苛立たしげに翼を羽ばたかせた。


「じゃあ問題。ボクが一番嫌いな事ってなーんだ?」

「……さっき縛られることが嫌いって言ってましたよね」

「正解。じゃ、ボクが一番嫌いな人間はどんな人間だと思う?」


 視線が険しい顔のルークの方に行く。さっきの態度から見ると、恐らくルークのような人間が一番嫌いなのだろう。真面目で、間違った事が大嫌いで────


「答え、教えてあげようか」


 イリスが頷く。と同時に、ジルエットは何かが弾け飛んだように叫んだ。


「支配欲と独占欲にまみれた人間だよ!! ああいうカス共がこの世で一番大嫌いなんだ! 見てるだけで虫唾が走る!! 緑目狩りも《ゲムマ族》を拘束していい気になってたでしょ? だからもうズタズタに切り裂きたくてさあ! クケケ、殺戮していたことを覚えてないのが残念だよ。見たかったなぁー、調子に乗ってた虫けら共が泣き叫びながら命乞いする光景をさ!!」


 キヒャハハハ……!! ジルエットは怒りと喜びが混ざり合ったおかしな笑い声をあげる。と、誰かの姿を見つけた彼は真顔に戻って更に苛立ちを募らせたように声を荒げた。


「ねえ、他人事だと思ってんだろうけどあんただってホントは殺したくて殺したくて仕方ないんだよ。ねえ、聞いてんの。てめえに言ってんだよフォ・ル・テ!!!!」


 名を呼ばれ初めてフォルテがそちらを見た。


「……おれが貴様に何かした覚えはない」

「ハッ、罪を犯した自覚がないなんてかわいそーな奴……ボクの事じゃねーよ。イリス様に免じて時間をやるから、よく思い出してみてごらん。もし、次会うまでにその罪に気づけなかったら────八つ裂きにしてやるから覚悟しとけ!」


 そう吐き捨てるとジルエットは今度こそ闇に消えていった。


 後に残ったのは沈黙。

 誰も何も言えなかった。前回会ったときと比べてあまりの豹変ぶりに戸惑っていたのだ。


「これではっきりした。ジルエットは自分の気に入らないものは排除しようとする極めて自己中心的な、そしてある意味魔女よりも危険な人物。同情の余地もない、倒すべき敵だ」


 やがて、ルークは低い声で呟いた。

 ジルエットは一見友好的だが、あくまで魔女の手先であり、平気で人を殺せるような残忍な怪物だ。決して心を許してはいけない。でも────


 言いようのないもやもやがイリスを包んでいた。

 彼はたしかに敵ではあるが、警告をしたり案内をしてくれたりと助けてくれたのも事実だから。





 親分の身柄を自警団に引き渡した後、宿まで案内したルークは連れてきた《ゲムマ族》の人々とあれこれ話し始めた。

 それに対して彼らの反応は様々だ。何度も礼を述べる者、安心して泣き崩れる者、始終呆けたようになっている者。前者は本人の意思に任せることにしたが、暴走したジルエットや緑目狩りに精神をやられてしまった後者は考えた挙句────とりあえずラルバの金を拝借して泊めてあげることにしたらしい。


 ルークから鍵を受け取って部屋に向かう途中、イリスはその様子をずっと眺めていた。そしてふいに災厄の日直後のラルバを思い出した。


 一切喋らず、食べ物も口にしようとせず、ただ呆然と抜け殻のように窓際で灰と化した森を見ていたラルバ。それを救ったのは誰だっただろうか。やはり魔女の話をもちかけたジルエット?

 ────いや、たしかにあれでラルバが少し立ち直ったのはたしかだが、それ以上にイデアの存在が大きいような気がする。積極的に話しかけていたし。


 ラルバさん、絶対お姉様の事好きなんだろうなぁ……お姉様もずっとラルバさんにくっついてるし。これが両想いっていうのかな?


 少しお姉様が羨ましい。でも、どうせなら私はラルバさんより頼もしくて全力で守ってくれるような人が……とここまで考えたところで何故かフォルテが頭をよぎった。

 ない。フォルテだけは、絶対ない。首を振り、理想像に新たな条件を付け加える。


 優しくて、どこまでも連れて行ってくれそうな人がいいな……そして私を遠くへ


「イリス……何ボーっとしてるの」

「……あっ、すみません! すぐ行きます!!」


 扉の前で待つイデアに呼ばれ、我に返ったイリスは慌てて廊下を走り抜けた。





 深夜。


 ベッドが寝返りに合わせてギシギシと軋む。まるで届かない悲鳴を上げているかのように苦しげな呻き声が星の見えぬ夜に悲しげにしみ込んでいく。


 眠ってみようとはしたものの、自分が眠れるはずもなく仕方なしに目蓋を開けた。その嗚咽にも似た悲愴な声に耐えかねてのことだ。


 まったくあなたは。何故あの怪鳥に行かせたのですか。ルーク・ソーリスも殺されていたかもしれないのに。


 また声が響いてくる。

 イリス様の安全よりもそのルーク・ソーリスとやらの方が大事なのか。理解できない。

 だが、口答えはせずに申し訳ありませんとだけ言っておいた。そうすると声は消え、部屋には呻き声だけが残る。


 フォルテは青い瞳を隣のベッドへ向けた。


 何故よりにもよってこいつと二人部屋だったのかと思わなくもないが、そう命じられたのだから仕方あるまい。

 そういえばこいつはその事に文句一つ言おうとしなかった。絶対抗議するものだと思っていたのに、無言で部屋に入るとそのまま寝てしまった。


 この場合、どうすればいいのかよくわからない。よくわからないし、やかましいから────この際叩き起こしてやろうかと腕を振り上げて、気づく。

 ラルバの頬に細く筋ができていたことに。

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